フォーマルハウト
投稿しようとして修正を繰り返してました。ちょっと心が折れそうになりましたが次話です。
全力を使い果たし、剣を片手に倒れ付すアイリスを尻目に、全身を赤い毛皮に覆われた巨漢が歩み行く。
「よぉ先生、随分とお疲れじゃねぇか?」
「はぁ、はぁ……。バルクか……。なに、魔術制御に随分と神経を使ってしまってね。
ふむ、獣化に赤化まで使ってどうした? 仕返しでもしに来たのか?」
「……そんなんじゃねぇよ、あれは俺の意志が弱かっただけだ。逆恨みなんてダサい事しねぇって。」
例え魔術かなんかの影響があろうと、途中までは耐えれてた。最後倒れてるあいつを見て取り乱さなかったなら、こんな騒ぎにはならなかっただろう。
元々の原因がなんにせよこれは俺の招いた事だ。
「……なら、なんの用だ?」
「わかんねぇのか? ただ同級生が一人居なくなるのが嫌なだけだ。……それで悲しむやつがいるんでな。」
「そうか。」
ぱぁん、と乾いた音を立てて魔銃が火を吹く、だが、撃たれたバルクは小揺るぎもしない。
「……やはり効かんか。」
「はっ! そんなもんが魔獣に効くか、よ!!」
「……道理、だな!『風壁!!』」
拳を放つが、風の壁に阻まれる。
……詠唱を破棄してる割に随分と硬いな、何かからくりでもあるのか?
「随分と乱暴だな? 地よ威を示し 生命を吸い込め『窪地』」
「っ……!」
クリフが足踏みをすると、突如地面が消失する。詠唱に身構えてはいたが、足が浮いてはどうしようもない。
バルクは為す術なく地の底に落ちて行った。
「……まだまだ甘いやつだ。『整地』」
足で地を叩くと、地面が埋まり均されていく。ほんの数秒でバルクの存在ごと呑み込んで穴が消える――その寸前、とてつもない勢いで赤い巨体が飛び出てきた。
「生き埋めになんて、なってたまるかよ! ……たまるかよ!!」
「……何故、二度言ったんだ?」
「るせぇ! これでも喰らえや!!」
バルクは飛び出した勢いのまま宙返りをし、現れたばかりの地面を蹴り飛ばすと、弾丸の如き勢いでクリフに向かってすっ飛んだ。
激突する寸前、拳を突き出す。
「『風壁』」
――だが、それすらも風の障壁が阻む。
(これでもだめか……。)
拳を起点に身体を深く曲げると、障壁を蹴り飛ばし距離を離す。
「器用だな、流石猫科なだけはある。」
「……そこで魔獣云々じゃなく猫扱いかよ……。てかその魔術どうなってんだ? 硬いってもんじゃねぇよ、おかしくねぇか?」
いまの攻撃はほぼ全力だ。これで小揺るぎもしないのでは勝ち目など無い、からくりがあるなら解かなければここで終わる。
……カッコつけた手前それじゃカッコ悪いな。
「――左胸の校章だよね、先生?」
悩む彼の隣に、音もなく白い毛並みに覆われた少女が立ち、言い放つ。
「……アイシャ・シーミア、獣族の神童か。流石だな、何故わかった?」
「まさか、委員長か? ずいぶんと綺麗な格好だな。」
「うん、簡単にわかったよ。それはね―――ってぇ!? き、綺麗……? そ、そうかな……! 私としてはかっこいいっていうか、その……毛深くない?」
どこか大物感を醸し出しながらクリフの質問に答えようとした委員長だったが、バルクの何気ない一言を認識して言葉尻を跳ね上がらせた。
「いや? むしろ白く透き通っていて清潔感があるし、顔の模様もアクセントになってっかんな。イカしてるぜ? 何て言うか、まるで人が想像する天使みたいだ。」
「い、いやそんな! 天使だなんて……。そ、その……バルク君も赤いのがカッコいいよ!」
「いやそれはねぇだろ。」
「ええ……?」
カッコいいよか怖い感じだと思う、こいつはおそらく魔獣の血の影響だろうからな……。
それ抜きにしても最初クズハに見せた時の反応からして委員長のはお世辞だろう………。なんだよ唐辛子漬けみたいで辛臭そうって……よく分からんけど泣くぞ? てかあとで泣いたぞ……?
「随分と余裕だな……。というか二人ともその姿は長くは持たないだろう? ……私が言うのも変だが好奇心だ。何故、そんな無駄話を?」
あぁ……。そう、だな、なんかつい……。
「いや……そのだな。なんか思いの外楽で……。すまねえ委員長! 茶々入れちまって。」
「う、うん……! 私もなんか思いの外楽だったから……! つい……。」
「楽か……。」
クリフはちらりと何処かを見ると、話を続けた。
「まあいい。二度目になるが何故わかった?この校章が魔道具だと?」
「ぇ……。そ、それはね! 先生は魔術を何個も、それも複数の属性のものを使ってました。触媒の性質上反発するため、通常その様なことは出来ない。」
「そうだな、そこまでは授業で教えた通りだ。魔術の初期段階で触媒を通して、属性を付与するが、その際に触媒が複数あると付与が上手く行かず、魔力を消費するだけに終わる。
これは付与する際に、少量の属性魔力が体内に混ざるために起こる現象だ。」
なるほど、俺は一属性しか使えないし、クズハのやつもそうだから気にして無かったが、そう考えっと変だな。てか委員長の口調が変わったぞ?
「――ええ、だから貴方は魔力を切り分けたのです。両腕、足、胴体、頭といった風に。」
「ほう?」
「魔力は全身から引き出す事が出来る。なら、あえて一部を引き出さないで置くことで、魔力を独立させてるのでしょう。
そこまで分かればあとは推理です。足を地属性、先ほどの授業から右手を火属性、空いた左手は火と相性の悪い水、召喚する際に眼鏡を整える癖がある。おそらく頭は闇でしょう。残りは――」
「――胴体、消去法でそこに風があると。その中で胸の校章が怪しいと踏んだか、実際に心臓近くなら魔力が多いしあながち間違いではないだろうと。」
「……そうです。重ねて言えば詠唱と威力が比例しないのは特殊な魔道具のせいでしょう、それなら手はあります……!」
途中で台詞を奪われたからかすこし気落ちするが、気を取り直して凛然と言い放った。
「………そんで、どうしたら良いんだ委員長?」
「魔道具には耐久に限界があります。壊れるまで殴って下さい。」
流石委員長、説明上手だ。
「おっし!分かりやすいぜ! ……ところで、なんでそんな口調なんだ?」
「……クズハさんからそんな感じの本を借りて、その……。」
「あぁ……。」
確かにあいつが好きなやつだな、それ……。
「……違和感あるから止めときな?」
「うん……。」
*
火炎、洪水、地割れ。どだい同じ場所で起きえない大災害が一度に襲いくる。それを――
「《仙術“天地一変”》」
――委員長が蹴りで一蹴した。
そうして空いた空間にバルクが滑り込むと、その勢いのままこちらも鋭い蹴りを叩き付ける。
「水よ隠せ『水面影』」
だが、それは霧をすこし散らすだけで終わった。それどころか、蹴り散らした空間ごと身体の周りを霧が包み込んでいく。
「ちっ! 厄介だな!!」
バルクは魔力を噴き上げて自分の周囲だけでも押し退けた。
「こちらとしても面倒だ。こうも詠唱する度消されては物悲しくもなる。何か私に恨みでもあるのかね? 再詠唱『劣・終焉の火』」
「だから、ねえ、よ!!!」
先程の太陽の如き火球に比べると大きく目劣りする。だが、それでも人ひとり呑み込んで余りある火の玉がバルクの眼前に浮かび上がる。
――それに即座に反応し、バルクは地を割る程の踏み込みをすると、思いっきり蹴り上げた!
すこし毛が焦げたが、問題なく火の玉を上空に吹き飛ばす。
火の玉は勢いのまま魔道場の天井にぶつかると、弾け飛び、周囲を火の粉で覆った。
「私は恨みあるよ、よくもみんなを傷付けてくれたね?」
火の粉に紛れて、今度は委員長がクリフに蹴り付け、またしても風の壁に阻まれる。
――だが、何かが軋んだ音がした。
「っち……!魔術変転『飛風』」
風の壁が突如変化して、追撃を加えようとする委員長を空高く吹き飛ばす。
「『水面影』!再詠唱『劣・窪地』」
「ああ……!? また霧かよ鬱陶しい!!」
霧に呑まれてクリフの姿が掻き消える。こうなれば見つけるのは困難だ。
適当に腕を振り回すが案の定見失ってしまう。
「邪魔されたくは無いのでな……! 火よ灯れ! 火は創造の根源 繁栄と破滅の象徴なり……!!」
飄々とした態度を脱ぎ捨てたクリフが、力強く詠唱をする。その声には魂から絞り出すような鬼気とした感情が籠っていた。
「ならば!火こそが破壊を彩り 世界の終わりを示すだろう! 我は火の繰り手 創造の終焉なり 火よ、告げろ『終焉の火!!』」
「火よ再度告げよ! 反響詠唱『終焉の火!!』」
――瞬間、霧や地面を消し飛ばしふたつの太陽が顕現する。
(ば、かだろ、これは……!?!?)
熱波に焼かれ、慌て飛び退くバルクを尻目に、ふたつの太陽は空を飛ぶ委員長に、飛び迫って行く。
バルクは愕然とその様子を眺めていたが、ふと気を取り戻してクリフの方に向く。
――クリフは息も絶え絶えながらに、何かをしていた。靴を脱ぎ、左手の指輪を外し、代わりとばかりに校章をむしり取る。
その男の瞳に強い意志が籠っているのを感じとり、何かぞくりとしたものが背中を襲う。
止めなければいけない、そんな思いに駆られてバルクは一目散に駆け出す。
「はぁ、ふう……。これはお気に入りだったのだがな……。」
そんな彼を一瞥もせずに、クリフは校章を懐かしそうに眺めると、握り潰した。
とたんに風が溢れ出る。質量すら持った高密度の風が吹き出て、そのままクリフの周りに取り巻き、暴風の障壁を造り出す。
すべてを吹き飛ばさんとする程の大風だ。殴り掛かろうとしてたバルクはたまらず地を転がって、その赤毛を土で焦がした。
「『大風壁』 これが最後の魔力だ。獣族の神とやらの力、その片鱗を見せるが良い! 火よ円環を為して花咲け! 合成改変!『環状の炎』」
気味の悪い光景だ。
ふたつの太陽が混ざり合い、流状の環を造り出す。あまりの熱量からか環の中心は歪み果て、異次元染みた光景を垣間見せた。
本当に気持ち悪い、その歪みがまるで花の様に見えたなんて……。
(なに、あれ……?)
現実感が消失し、茫然自失になるバルクを置いて、炎環は委員長を呑み込まんと迫り行く。
委員長はあまりの脅威に呑み込まれそうな精神を奮い立たせ、空中を蹴り飛ばし、上に上に距離を広げた。
(やば、行き止まりだ! どうしよう……。)
だが、それも限界に達する。天井だ。広い魔道場がとたんに狭く思えた。これ以上は一歩足りとも下がれない。
横に避ける事は可能か? ……出来ない事は無いだろう、だが、十中八九追従してくる。それでは意味がないし、下手したら他の生徒も巻き込み兼ねない。
―――なら、正面突破しかないだろう! 貫き通りすぎて、天井にぶつけてしまえば良い! 魔術に大きな耐性を持つらしいこの建物にぶつかれば、流石にあの魔術を崩す位は出来るだろう。
問題は私が耐えられるかどうかだが、猿神化は火に耐性を持っているし、そもそもの魔術耐性も高くなっている。防御に集中すれば不可能では無い!!
迫る脅威を見据える。炎環は時折、くゆり、うねりながら、どんどん近付き大きくなっていく。
高温から生じる空間の揺らぎのせいで距離感が掴みづらいが、それが迫ってくる様は、まるで怨霊がこっちに来いと手招いてる様にすら感じられる。
…………不可能では無い、筈だ……。
*
ぱっと目を開けると、俺は地面の上で横になっていた。疑問に思いながらも、むしむしとした暑さと、指すような頭痛に顔をしかめていると、横から声が掛けられる。
「あ~! アイリスさん、起きたんだね~!」
「……イストか、私は何故こんな所に?」
「あそこで倒れてると危ないからね~、ジョンと一緒に運んできたんだ~!」
「ふむ?」
軋む身体を無理やり起こし上げ、周りを見ると、側にアルシェが倒れていて、ジョンが看病をしていた。
――その姿を見て記憶が想起される。
(そうだ、俺はクリフと戦っててそれで……。)
火球を切り裂いた所までは思い出せた。……あれからどうなったんだ? 記憶を漁るが思い出せない、いつもの感じだと暴走して気絶ってパターンだったが……さて。
「あ、起きたんだねアイリスさん。あれだけの事をしたんだし、もう一日中起きてこないと思ったよ!」
思い悩んでしると、思考を遮るように声を掛けられた。
「……ジョンか、どのくらい倒れてたかは知らないが、アルシェは無事なのか?」
「うん。止血は済んでるし、内臓も大丈夫そうだよ! ……ただ、肋骨が幾つか折れてるみたいだからあんまり動かさない方がいいね。
アイリスさんが寝てたのは数分位じゃない?」
「そうか……。」
安心した。彼女が無事なら頑張った甲斐があると言うものだ。
……というかそうだよな、骨折れてるのに動かしたら危ないか……。
あの時の俺は養護室に連れてく事しか考えて無かった。もしあの時、冷静でないまま運んでいたら、むしろ彼女を危険に晒していたかも知れない……。
「……いまどんな状況だ? クリフ先生はどうなったっている?」
「いまはシーミアさんとバルク君が戦ってる所だよ? ほら。」
ジョンに促された方を見ると――地獄があった。
なんで気付かなかったのだろう? そう疑問に感じる程の光景が向いた先に広がっている。
地面は元が平らだったのが嘘のように隆起し、或いはえぐれ、裂けていた。所々には水で濡れ、火で焦げ、荒れ果てており、遠目には竜巻の様な物さえ見て取れる。
だが、そんなものは些事だ。あれを見てしまえば、そんなもの些末ごとに成り下がる。
――巨大に過ぎる炎の円環だ。それが、この野球位なら出来そうな魔道場の空、その一角を占領していた。
暑い訳だ……。そんなのんきな事を考えるが現実は変わらない、あの魔術からは、俺が切った火球すら霞む程の、異様な熱量が渦巻いていた。
「な、なんだあれ?」
「クリフ先生の魔術だね。流石にあれ以上は限界みたいだけど凄いもんさ。」
「そんな事言ってる場合か!? あれがこっち来たら皆死ぬぞ!?!?」
「落ち着いてアイリスさん。いまシーミアさんが対処してるからね、まあ、こっちにはこないでしょ。」
委員長が!?
驚いて上を見ると、陽炎で見えづらいが、確かに炎環の向こう側に、白い誰かが居るのが見て取れた。おそらくあれが委員長だろう。
「た、助けないと!?」
「どうやって?」
「どうやってって!?」
飛んで? 無理だ届かない。なら魔術? 水でも使うか? それも意味がない、威力が弱すぎて焼け石に水だ。
――打つ手はない、だがそれでも諦めきれず魔力を引き出そうとする。
(うん……?)
だがそれすらも出来ない。不思議に思うがすぐに理由がわかった。既に魔力が放たれているのだ。
いつも使う量とは比較にならない程の魔力が溢れ出ていた。
それでも魔力酔いになってないのは単にこぼれ出しているだけで、纏おうとしてないからか?
こんなもの操るどころか、止めることさえ出来はしない。いつか魔力が尽きるまではこのままだろう。
(く、っそ……!)
これでは何一つ出来はしない。せめてもの慰みに委員長の無事を願う。
「……ふぅん……?」
幸運を祈り見守る俺の視界の先で―――炎環を白い光が縦に切り裂いた。




