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國取り勇者  作者: 朝方
風纏う国
26/101

奮戦




 白い飛沫が舞い散る。きらきらとしていて少し綺麗だ。


「水よあれ 楔と為りて その四肢を縛り 朽ちらせよ《水縛り》」


 魔獣の、虎の様な手足を水の杭が縫い止めるが、すぐに魔獣は剛力で破壊した。不快だったのか、その場で暴れだす。


「ぐあぁあ!!」

「これでもダメですか……。」


 これまで、何度術を放っても、すぐに無効化される。この魔獣は随分と魔術に耐性が強いらしい。

 一応邪魔にはなっているらしく、攻撃を喰らってはいないが、それもいつまでもは続かないだろう。


「せめて武器があればですが……無い物ねだりですねー。」


 生憎と武器類は家にある。というか学園は武器の持ち込みは禁止されてるし、持ってる方がおかしいのだが……。


 ともあれ、そうなれば魔術しかないのだが……。それがしは水の属性しか使えない、妨害には良いが攻撃するにはちょっと威力が弱過ぎる。



「ぐがぁあぁ!!」


 地面の()()()()()()をズタズタにする作業に飽きたのか、こっちを睨み付けて大口をあけると飛び掛かって来た!


「や、やっ!?」


 油断して反応が遅れる。飛び退いたが、避けきれる距離では無い、そのまま胴体を魔獣に噛み付かれた!



「《水分身》からの《水爆弾》です!」


「ぐ、ぶあぁ!??? ぐぎゃ、ぶべぇえ……!」


 突如噛み付かれたクズハが水に変わり、そのまま破裂する。


 流石の魔獣も体内からの攻撃には弱かったのか、咳き込みながら、首をやたらめったらに振り回した。

 その姿は、まるでブリキのおもちゃの様でどこか滑稽だ。



「よし! 良い感じです! 次は……! 水よあれ 彼の者を包み 水底へ 苦しみもがき その様を海神に捧げよ『水死牢(シーロウ)』」


 魔獣を中心に、散々撒き散らされた水が集まりその巨体に纏わり付く。段々と全身を覆い尽くし、遂には全身を隙間なく包み込んだ。



「ぶうぁ!!???!? ふあぁ!??!?」


 くぐもった鳴き声を上げると、地面に頭を擦り付け、剥がそうとする。だが、水の膜はその程度ではびくともしない。


「!? ぎゃうぁ??!! ぶぁうぁ!!?」


「良い感じです! あとは窒息するまで維持するだけでよさそうですね~! 楽勝でした!!」



 最初はヤバいと思ったが、終わってみれば思いの外簡単に事が行った。


 それがしが強い弱いとか以前に、こいつは単純なのだ。魔物の様な狂暴性がないし、かといって野生染みた獣性も存在しない。

 こんな魔獣をそう表するのは変かもだが、まるで飼い慣らされたペットの様だ。


 単純に頑強なだけで、戦闘能力は一切無い。もしも『水死牢』が効かなくても負ける事は無かっただろう、勝てるかはともかくとして。



 ……暇だ……。まだ魔獣は暴れ、のたうち回ってるから魔術は解除出来ないし……そもそもとして術の性質上、魔力を注ぎ続けて維持しなければいけない。


 ……出来ればアイリスちゃんの援護に行きたいのですよね……。


 見ればクリフ先生の相手はキツいのか防戦一方だ。むしろあの魔術の雨の中でよく凌いでいる方だと思う。だが、ひとつでも下手をすれば、たったそれだけで詰みだ。



 ――それにしても窒息しないですね?


 魔獣はその場でジタバタと、変わらずに跳ね回っていた。あれだけ動き回ればそれだけ息も短くなるだろうに……。そんな所は怪物染みている。


 元気だな~と何の気無しに眺めていると、魔獣は突然走り出した!



 ……倒れてるバルクの方へ。



「嘘ですよね!?」


 目が見えて無い様なのに、暴れつつも一目散に向かって行く。地面に頭を擦り付けてるのに結構なスピードだ。


 ――バルク……何か罰当たりな事でもしたんですか? そのくらいに運がないですよ?


 そんな事を現実逃避気味に考えてるうちにも、魔獣はどんどんバルクへ迫って行く。



「……はぁ、仕方ないですよね『水死牢(シーロウ)“解除”』」


 魔術を解除すると、魔獣は解放された喜びからか、はたまた息をするためか、足を止め首を激しく縦に振りだした。



「《練気功“剛気”》」


 次第に落ち着いたらしく、近くにいたバルクに目を付けた。よだれを垂らしながら口を大きく開いくと、そのまま噛み付こうと―――



「やぁあ!《剛練蹴!》」


 ――した寸前、顎下から激しく蹴り上げられた。



「ぐぎゃあ!?」


「《浸透蹴!》だぁ!!」


 激しく歯を噛み合わせたせいで目を回してる魔獣に、気功を練り込んだ蹴りを叩き込む。上手く脳が揺れたのか、魔獣はその場で倒れ込んだ。


「……ちょっと気が引けますが《針脚》」


 魔獣のライオンに似た頭、その急所、目、眉間、耳鼻に刺す様に蹴り入れる。


「きゅうぅ……!?」

「うるさいですよ?」


 痛いのか悲鳴を上げる魔獣の、喉を蹴り付けて黙らせる。ついでに顎の付け根にかかと落としを叩き付けた。



「ぐるがぁ!!!!!!」


 だが、流石にやられっぱなしでは無いのか、腕を大きく振り回し、追い払うと起き上がる。激怒の咆哮を上げると、傷だらけながらも血走った目で睨み付けてきた。


「良い顔になったですね? 傷がある方がかっこいいですよ?」


 煽りつつも、本気になった魔獣の威圧感に身震いする。本気の急所攻撃であの程度なのだ。これからは、それに加え当たったら即死級の攻撃を避け続けないといけない。


 だが――口元が笑ってるのが分かる。悪い癖だ。


「……これだから気功術は嫌何ですよね、()()()()()()()()()()()。」


 あぁ、この魔獣はどれだけ()()()()()()()


「楽しみですね。」


 怒り心頭で腕を振りかぶる魔獣よりも早く、顔面に蹴りを叩き込んだ。



 ところで、後ろの意識の無い筈のバルクが少し震えたのは勘違いですか?




 *




 緋色の魔術弾を躱し弾き、掻い潜る。その間にまた距離を開けられた。


 結構な時間戦ってる筈だが、一切距離が埋まらない。一進一退と言えば聞こえが良いが、単に翻弄させられてるだけだ。このままでは俺の体力が切れて終わるだろう。


 ……っ! 時間がないというのに……!!


 焦って斬りかかるが、届かずに魔術の雨にさらされる。量がとにかく多い、対処が間に合わず幾つか当たってしまう。威力は弱めで傷は少ないが、このままじゃじり貧だ。


 早くなんとかしないとアルシェが危ない……!



「……早く諦める事だな。私としても手加減が難しくなる。」

「手加減だと?」


 確かに使う魔術はせいぜいが牽制程度で、威力の高い攻撃はあれ以降無い。だが、それがわざとだと? 何のために?



「ああ。お前を殺す予定は無いからな。『砂霧(サンドミスト)』」


 なんだと……?


 絡み付く砂塵を切り払い、いったん思考に耽る。そういえば俺はこいつの目的を知らないな。……何が目的なんだ? ――俺が戦ってるのはアルシェの……まさか?



「アルシェの抹殺……?」


 思えば最初の時点からおかしい、集団昏倒の時、アルシェだけは特に何事もなく意識を保ってた。あれはおそらくこいつが犯人だろうし、そう考えればわざと残したのだろう。

 バルクの様子がおかしかったのにも一枚噛んでいる筈だ。何せ直前まで会っていたのだから。


 ……もし俺も倒れてたらどうなってた? アルシェはひとりで戸惑い立ち尽くして、そこに入って来たバルクに――


「……そうだ。今更な気はするがな、私は表に立つ予定では無かったのだよ。まったく、上手くいかないものだな。」


 思考に割り入ってクリフが肯定する。その顔には悪意が無く、物事が上手くいかない事に対する諦観だけがあった。


「何様なんだ? てめぇ!」


 怒りのまま剣を振るう。だが、土の柱が生えてきて阻まれる。



「知ってるだろう? 教師だよ。」

「そんな事は聞いてねぇ!!」


 魔力を過剰に込めて土柱を叩き切った。

 切り分けた土塊を持ち投げ付けるが、風の障壁に防がれる……やっぱり無理か。


 やはりあの風が厄介だ。あの障壁のせいで威力が一定以下の攻撃が通らない。


 ………手が無い訳でもない、魔力を限界を超えて叩き付ければいいのだ。だが、それは諸刃の剣。最悪倒せても、暴走させてもろともに滅ぼす可能性がある。――出来る限り最終手段にするべきだが……。



「そろそろ面倒だな。少しペースを上げるが――死んでくれるなよ?」

「知るか。お前が替わりに倒れてくれ。」


「はははっ! 断る。水よ隠せ『水面影(ループミスト)』」



 霧に包まれてクリフが消える。魔力を込めた剣で払うが、その先に姿は無い。少しすると霧は戻りまた包まれた。


「火よ灯れ 火は創造の根源 繁栄と破滅の象徴なり。」


 霧の奥から詠唱が聞こえる。時間稼ぎすら使ったいままでで最大の詠唱だ。それがどんな威力かなんて想像したくもない。



「ならば火こそが破壊を彩り 世界の終わりを示すだろう 我は火の繰り手 創造の終焉なり」


 魔力の高まりが肌で感じられる。こんなものが放たれれば俺どころか、魔道場の総てが消えるだろう、そんな膨大に過ぎる魔力だ。このままでは終る―――仕方ない札の切り時だ。



「火よ告げろ『終焉の火(カタストルフ)』」


 ――――瞬間。霧を焼き払って太陽が現れた。それだけで死んでしまいそうな灼熱を放ち、極大の炎が迫ってくる。

 逃げても無駄だろう。余波ですら俺を殺すに十分過ぎだ。


 恐怖心を圧し殺し、剣を構える。火が迫るまでの貴重な時間を十分に使い切り息を吐き、そして――



「《魔装術》」


 制御を振り切って魔力を爆発させる―――!!




 ――剣と魔術がぶつかり合う、高熱で身体が焼け焦げていくのが解る。人どころか建物を呑み込んで余りある巨大な火の玉は、膨大な圧力を持って押し進んで来ていた。


 ギリギリ抑えれてはいるが、依然として威力は魔術の方が馬鹿強い、燃やされながらも地面を滑り後ずさる。……このままではマズイ! 更に引き出す量を増加した。


 魔力を使う度に頭が眩み、痛みだす。……いつも魔力暴走すると記憶が飛ぶわけだこりゃ。



「う、りゃ、あ……!」


 火球を少しだけ押し返した。魔力の引き出し過ぎで頭が痺れてくるが……それでも更に増やす。限界など知るものか、ここで止めたらどうせ死ぬ。ならば、最大限の全身全霊を!ここに出し尽くせ!!



 魔力の奔流が光と化して剣を覆い尽くした。火球を押し退け始め――――遂には切り裂いた。




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