赤い獣
「そんで、いったい何の用なんだ? まさか本当に補習って訳でもないんだろ?」
俺は少し前を無言で進む先生に焦れてそう言った。
……慣れなねぇ魔術で疲れたんで用があんなら早く言って欲しいんだが……。くそっ! ちぃっと頭がくらくらしやがる!
「……流石に効果が薄いか。」
「ああ?」
「何でもない。それにしても察しが良いな? それも魔獣の勘かね?」
「なんだそれ?」
いったい何の事だ?
俺が首を傾げてると、先生は意外そうな顔をする。
「……まさか本当に知らないとはな。研究方針次第ではあり得ない話でもないか。」
「ひとりで納得してるんじゃねぇよ! 何の話だ!」
訳わからない事を言い重ねられ、苛立っていると。先生は足を止めこちらに向き直ると、あっさりと告げた。
「なに、君が本来なら純粋な人間だという話だ。君の血縁をいくら辿ろうと、獣人の血など一滴も混じっていないよ。」
はっ?
「何を?」
「君の両親は研究者でね? 魔物の核を特殊な方法で、乳児に注入し魔人、ないし勇者を造りだそうとしていたんだ。」
はっ??
てことは俺が改造人間だとでも?
「…………俺がそれだと?」
「そうだ。自分の治癒能力を疑問に感じたことはあるだろう? 生粋の獣人ですら、そこまで傷の治りは早く無い。」
……確かに怪我はよくするが、次の日には治ってるな……。いや、クズハのやつもそんな感じなんだが……?
とりあえず表情に嘘は見られねぇ、……マジの話なんだろうさ。
「……そんで、それを俺に聞かせてどうしたいんだよ? 顔も覚えてない親が研究一途な外道だからって、何だってんだ? 俺には関係ねぇよ。」
今更そんな事を聞いても俺は俺だ。この街でクズハと育ってきたバルクだ。それは変わらない。
思えばよく知らない里親や、たまに受けた検診はそれ関係だったのだろう。
……確かに親が居たらと思うこともあるが……。
「……そうか、ならいい。昨日の続きだが、アルシェもそこの研究所の出身でね、周りの魔物を強化するという謂れを持った魔物の、核を使った適応実験を行っていたのだよ。
ほぼ不可能だと言われてたのだが、どういう訳か実験は成功したんだ。だが、ある時その力が暴走してね? 君の両親含め多数の研究者が犠牲になったのだよ。」
………
「……自業自得じゃねぇか、バチが当たったんだよ。で? それを何で俺に話したんだよ、てめぇ?」
……くそっ! めまいがしてきた。身体が重い、何だってんだ?思いの外落ち込んでるのか?
「ああ、そこでだが――もし次に暴走することがあれば始末して欲しいのだ。お前も大切な人をこれ以上失いたくはあるまい?」
どこからか甘い香りが鼻をくすぐる。意識が朦朧としていて頭が上手く回らない。
だが、ただ大切な人を失うと言うその言葉だけは、妙に耳に残っていた。
「クズハ……。」
「さあ、行くといい。手遅れになるぞ?」
***
宙を舞うアルシェを何とか受け止める。
何とか衝撃を殺してそっと床に下ろした。
無事か!?
呼吸はしているが、かなり荒く、呻いている。悪いと思いつつも服を捲ると、青紫のアザが広く覆っていて、肋骨も幾つか折れてるように見えた。
……内臓が傷付いてないといいのだが……。
「ガァ……ガあァア!!」
下手人はその場で叫びながらジタバタと暴れている。完全に正気を失っているらしい。
ええぃ! 次から次へと……!! とりあえずアルシェを養護室を連れていかないと……。
だが、入り口はバルクが陣取ってるし、あの様子では、他の倒れてる同級生達が危険だ。
「バルク落ち着け! クズハ達はまだ生きてるぞ!?」
「! ガァァア!!!」
……ダメだ!クズハの名前に反応はしたが、余計に興奮しだした。あれでは話などできない……! なら!!
「手荒くなるが――覚悟しろよ?」
腰に下げた鞘から、バエルから貰った剣を引き抜くと――
《魔装術》
一目散に斬り掛かった!!
*
俺の不意打ちにバルクは反応して爪を合わせてくる。だけど、弱い! 俺はガードごと打ち払った!!
「ガぁ?! 《完全獣化》!!」
追撃を加えようとするが、突如バルクの肉体が盛り上り、爪を振り掛かってきた。
慌てて避けるが、とてつもない馬鹿力だ。風圧で体制が崩れる。
「っ、ちぃ!」
何とか転がって離れ、跳ねる様に立ち上がると、目の前に――バルク腕が!?
「ぐっ、はぁ!?」
跳ね飛ばされる。何とか剣を盾にできたが全身が軋んでいた。
空中を飛ばされながら俺は生存本能に従い、魔力を引き上げる。
(廻れ魔力、四捻りだ。)
過剰に引き出され、溢れそうになる魔力を無理矢理抑え込む。身体を捻り何とか足から着地すると――勢いのまま、追撃して来たバルクに叩き付けた。
爪と剣が力強くぶつかり合う、少しの拮抗の後、同時に弾かれた。
力は互角、ならあとは上手く戦うだけだ!
連続して爪と剣を打ち合わせる。相手は両手で攻撃を繰り出すのにも関わらず、こっちは一本の剣だ。手数に差があるが、問題はない。
弾き、反らし、躱す。両の手を振り回すだけの雑な攻撃など簡単に見極められる。
これに理性が乗っていたら危なかったが、このくらいなら訓練で慣れたものだ。
――ほら、攻撃する余裕すらある。俺は躱しながら蹴りを叩き込んだ!
「ぐガぁ! て、めぇ!! やりやがったな!?」
「やっと、お目覚めか? なら、大人しくしろ!!」
「ま、けられるか!! 俺は、おれはぁ!!」
まだ正気ではないか……。だが、この様子なら後何回かぶん殴ればよさそうだな。
「《全身獣化“赤虎”》!!!」
嘘だろ……?
バルクの全身が赤く染まり出す。威圧感が吹き上がり、身体も一回りでかく為った。
「負けねぇ、負けてやらねぇ!! 失うのはもう嫌なんだよ!!」
「なんの話だ!!」
急いで剣をぶち込むが、腕に止められる。
「生きてりゃ死ぬ! だが合いたいと思ったら駄目なのか!! 生きて欲しいって思うのは勝手なのかよ!!」
「だから、知るか!!」
今度は足の関節に向かって突きを叩き込む。微動だにしねぇ!?
「それが! 駄目なら!! 好きにやってやる!!! 全部ぶっ壊してやらぁ!!! そんで俺ごと全部! 無くなりやがれ!!!」
――反射に任せて身体を倒す。その瞬間身体の上を何かが通りすぎた。
一瞬遅れて空間が鳴き声を上げ、俺を地面に叩き付け、弾き転がす。
「かはぁ……!」
ダメージが大きい、そのまま転がってたい気持ちを何とか押し殺して、顔を上げると、俺を見失ったのかバルクは腕を振り下ろした状態で固まっている。
……ぺっ、ぺっ! 砂が口に……。まじかよ、いまのが、ただ腕を振っただけだって? ……全く見えなかったぞ……?
回避が出来なかったら確実に即死していた。
あれが手数の分来るって? 冗談じゃないぞ!??
「ぐるぅうー、ぐあぁ!!」
……立ち上がる俺に気付いた様で、血走った目が俺を無感情に見つめる。
そのまま飛び掛かってきて――――スッ転んだ。
「ぐるぁ?!」
――よっし! どうやらまだ身体能力を御せてないようだ!! それならまだ何とかなるか!?
内心の歓喜を押し殺し、慌てず騒がず。目立たないように、滑る様に回り込むと、足の裏に剣を突き刺した。
魔力を全部叩き付けた全力の突きだ。それが、肉球の隙間に抉り込む。
「ぐぎゃぁ!?! いってぇ!?」
流石の剛体でもそこまでは硬くないらしい、バルクは悶絶して地面の上を暴れ回った。
――いまだ!
ポケットに手を突っ込むと、触媒の指輪を取り出すとひとつを除いて投げ捨てる。
「地よ呑み込め 望む先を『地沼』」
身体に纏っていた魔力を指輪に全部叩き込み、バルクの下に沼を造り出す。
魔術が発動すると共にバルクの足元が沼に覆われて、彼の身体が沈み始める。
「ぅぷ………。な、なんだ!? どうなってやがる!?!?」
ここを逃しては勝ち目は無い、彼が身体能力に慣れればそれまでだ。
「地よ 望む先を更に呑み込め『地沼』」
沼が更に広がる。二メートルを優に超えるバルクが、抜け出せない程の大きな沼だ。もがく程にどんどん下に沈み込んでいく。
「お、溺れ!? 溺れるぅ!??」
――だが、底無しという訳ではない。足が地面を捉えたら終わりだ。すぐにでも跳ねとんで来るだろう。
「地よ 望む先を呑み込め 暗い暗い地の底へ『地底沼』」
「や、やめ、ろぉ!? し、沈む!?!?」
まだ沈み切らない。あれでは消耗はさせれても決め手には掛ける。
どこか暴れるのが緩くなり、冷静さを取り戻し初めていた。あれでは、むしろ慣れを増進させてしまう。
――それなら!!
俺は足元の指輪をひとつ拾い上げる。
「よ、よし! 慣れてきたぞ!! 地面に平行にやれば……。」
「闇よ包め 彼の者を『覆う暗幕』」
「暗ぇ!? し、沈む! 地面がみ、見え、ねぇ……。」
ぶくぶく……。
魔術を解除した先にバルクの姿は無かった。
――よし!
………
あれ?途中正気だったんじゃ……? いや多分いつものうわ言だな、うん……。
てかほっといたら死ぬよな……。ど、どうしよ? あれ……。戻しかた分かんないぞ?




