移動式
アルバート先生の座学が終わり、思わず机に突っ伏した。
(どうしよう、覚えきれる気がしない……)
学園の授業は国立なだけあってか社会の科目が多い。
まったく知らない単語が多く覚えがたいのだ。貴族の誰々がどうしたと言われても、そもそもが貴族の偉さとかピント来てないし、偉い人が何かしたんだな!って印象しかない。
しかしかも翻訳で所々おかしくなってるのだから尚更わけわからんて……。
「アイリス大丈夫? たいちょう悪いの?」
顔をあげると、アルシェが心配そうな顔してこちらを覗き込んでいた。
「……大丈夫だ。少し疲れただけなのでな……。」
「アル先生のはなし長いからね! わたしも道徳とか苦手だな……。」
まあ、彼女は基本感覚派ぽいからな、そういったものをわざわざ言葉にされると困ってしまうのだろう。
「逆にアルシェは得意科目とかあるのか? 魔術系以外で。」
「えっ? うーん、魔術以外だと社会かな? 覚えればいいだけだから。」
「そっ!そうか……。」
「?」
彼女暗記とか得意なのか……。やばいな、実年齢的に五つも上なのに能力的にも完全に負けてるぞ? ……いつもの事か……。
「ふたりとも! 次の授業移動だからね! そろそろ行かないと遅れるよ?」
「おっとすまないな委員長、それじゃあ行くか?」
「うん!」
アルシェとふたりで魔道場に向かう、委員長はまだ少し見て回るそうだ。
「そういえば、アルシェはどこで勉強を学んだんだ?」
「うんとね、先生に教わったんだよ!」
「先生? ……とは、確かアルシェの親みたいな人だったか?」
「うん! お父さん!」
アルシェが先生の事を話す声は楽しそうだった。
彼女がこんなに明るく育ったのはその人のおかげなんだと考えると良い人なのがわかる。いつか会って、アルシェの昔話でも聞きたいものだ。
*
「では授業を開始する。誰か居ない者はいるか?」
クリフ先生の声で今日も授業が始まった。
「みんな揃ってます!」
「よろしい、では魔導戦闘教練を開始する。
昨日、お前たちは魔術の入り口に立った。魔力を触媒に合わせ変化させる簡単なものではあるが、全ての魔術に使われる重大なものだ。
今回はそれにひとつ、性質を加えるのを目的とする。」
性質?
首をかしげてると、クズハさんが手を上げた。
「ではクズハ君。」
「はい! 性質を加えるとの事ですが、そんな簡単にできないですよ? それがし覚えるのに三ヶ月も掛かったので!」
あれ、そうなのか? てっきり今日中にできそうな感じだったけど……。
「確かに外の魔術師ならそうだ。反復し、突如使えるようになるのを待てば、その程度掛かるだろう。
だが、ここは国一番の魔導研究機関だぞ? そんな個々人でムラが大きく、感覚任せのものなど教えはしない。」
「……ムラが大きく感覚任せ……。」
珍しくクズハさんが落ち込んでる。
無理もないか、長々と学んだものを無駄と断じられては意気消沈もしよう。俺も大学の件があるから気持ちが少しわかる。
「私が教えるのはこの学園が研究を重ね培ってきたものだ。外来の魔術とは違い覚えやすく、詠唱短縮しやすいなどの利点が多い。」
「難しいこと言われてもわかんねぇよ! 結局何やんだ?」
「……今回は、移動式を教える。これをキーワードと合わせれば魔術を遠距離までとばせるぞ? 速度は出ないがな。」
おお~、それができれば魔術で攻撃とかも出来るんじゃないか? 速度が出ないなら威力はあんまり期待できないが、それでも火とか電気ならそれだけでも十分に脅威になり得る。牽制には十分だ。
使い勝手次第だが、訓練でも使ってみるかな?
クリフ先生が『招来』と唱えると、変な模様が書かれた板が出現した。
……あの魔術便利だな、何の属性なんだろう?
「皆、この模様を覚え脳裏に浮かべろ、そしてキーワードの後に『望む先へ』と続ければ発動する。
唱える文言は使いやすいように言い換えて良いし、完全に別のものにしても構わない。だが、誰かの真似は止めておけ、必ず模様を見て自分の中から出た文言を使うんだ。」
それだけで良いのか? あの十字になった矢印みたいなの覚えて、それっぽいこと言うだけで?
「質問は無いな? ……では、的を人数分用意した。そこに向かって練習をするように。模様はここに置いておくからいつでも確認するといい。
ああそれと、できないものはないと思うが、キーワードに不自由な者は言ってくれ、補助式を用意する。」
そういうと、クリフ先生はおもむろに的の前に立った。
「火よ 望む先へ灯れ『灯火』」
先生の詠唱と共にロウソクサイズの火が飛んでいって、的の中心を明るく照らしだす。
「このようにやると良い。では、初めろ!」
クリフ先生が開始を告げると、皆我先にと的の前に群がった。やはり皆新しい魔術が楽しみなのだろう、既に使える者も一緒に集まってるのは、魔術が好きなのか、のりが良いのか。
「出遅れたな……。」
……こういう時に受け身になっちゃうのが友達少ない原因なのだろうか……。残ってるの王子位だし……。
空いてる所を探すと、ちょうどアルシェの隣が二つ空いていた。
「雷よあれ 汝痺れよ『糸電』」
バチぃ! と静電気を強めたような音を鳴らし的に細い電気が迸る。
……あれは隣でやるのは怖いだろう、特に扱うのが電気だ。制御が完璧だとしても、少しビクッとしてしまう。
……でも空いてるのあそこだけだしな……行くか。
「アルシェ。」
「! あ、アイリスだ! 練習?」
練習か……。彼女はそこら辺の魔術は完璧だからか、授業の感覚じゃ無いらしい。
「そうだな、魔術は初心者なのでがんばるつもりだ。だが、わからない所があったら教えてくれないか?」
「うん!」
アルシェはやる気まんまんで、握りこぶしを作って了承する。かわいい。
(よし、やるかな。)
俺は的の前に書かれた✕印の上に立つと意識を集中させる。
想像の魔力弁を一捻りさせると、赤い石の指輪を身に着けた。
「……燃えよ。ただ燃えよ 望む先に灰塵を『火弾』」
火の弾が飛んでって、的を焦がした。
意外にすんなりできたな……詠唱は物騒だが……。
「おお~! アイリスすごい!」
「ありがとうアルシェ。」
次は水か……。てか俺あと七つもやるのか?
「水よ溢れよ 望む先の穢れを流せ『浄水』」
細い水がピューっと飛んでく。……なんかちがくない?
全属性を一通り使ってみた。途中、闇と雷で詰まったが、アルシェのサポートで、すぐにコツを掴んだ。アルシェ様々である。
一応もう一通りやってみて、問題なく使えるのを確認した。
「すごいねアイリス! ひとつふたつは出来ても全部はたいへんなのに、こんなにすぐできたよ!」
「ありがとう、これも手伝ってくれたアルシェのおかげだ。」
「! そうかな? えへへ!」
かわいい。
実際まだ習得に苦慮してる人が何人も居るし、大げさではないのだろう。
クリフ先生が対応しているが、全然手が回っておらず委員長含め、魔術できた組が手伝いに行っている状況のようだし。
「クリフ先生も大変だな。」
考えてみれば属性はひとり二三個有るらしいし、それを二十人程担当してるのだから仕方ない所があるんだろう。この調子だと、いつかもっと難しい魔術をやる時にキャパオーバーするのでは?
まあ、その時はその時で何とかするか。
的当てに興じていると、終了の鐘が鳴る。
正直的当てなんて、と思ってたが思いの外熱中してしまった。隣で応援してくれてるアルシェの存在もあるだろうけど、どこかゲーム染みた楽しさがある。
もしも学生時代に弓道とかやってたら、案外続いてたのかも知れないな。
「時間だな。全員魔術を終了させろ!」
みんな二日目にして慣れたもので、即座に魔術を止め先生に向き直った。
「よし。全員魔術を習得できて嬉しく思う。正直次の時間までもつれ込むと踏んでたのだが、想像を違えて皆優秀なようだ。教師として鼻が高い。」
おお~!
思わぬ褒め言葉にみんなざわつく、なかにはハイタッチをしている者もいた。
「……静粛に。喜ばしい事だが、少々次の授業の準備に手間取りそうでな、少し次の開始が遅れる。その間、覚えた魔術を練習しても良いが、十分に距離を開けてから行うように。
……ああ、あとジョセフ様、理事長がお呼びです。授業の仕度がありますので、案内をできない事を謝罪致します。」
「わかりました。それと、今の私は生徒なのですからそう固くならずとも大丈夫ですよ。」
「それもそうなのですが、これは授業外の事ですので。
あとバルク、悪いが教員室まで付いてきてくれるか? 昨日の授業の件で忘れてた事があってな、休み時間を奪ってしまうが――」
「いいよ、そんくらい。」
「……そうか。ではこれで授業を終わりにする。くれぐれも無理はしないように。」
そう締めてクリフ先生はバルクと王子と共に、魔道場を後にした。
そうか、バルクは倒れて昨日の授業に参加出来なかったからな……。
*
(……っ!?……いった?!?)
なんとなく皆の魔術練習を眺めていると、突如刺す様な痛みが頭を襲った。
思わず頭を抑えてしゃがみ込む。すると、数秒して痛みが薄れていく。
(な、なんだったんだ?)
頭を降って痛みの残滓を振り払うと、ふらつきながらも立ち上がった。
「あ、アイリス? 大丈夫!?」
「……問題ない、なにやら頭痛がしただけだ。…………それより――なにがあったのだ?」
起き上がった俺の目に映ったのは、彫像のように固まり倒れる同級生達だった。
「う、うんとね、みんないっしょに倒れちゃったの、アイリスも!」
アルシェが戸惑いを顕に教えてくれる。
――となると、あの頭痛のせいか……。俺が無事なのは女神の加護だとして、アルシェは何故だ? いや、そうじゃない、とりあえず救護だ。みんな生きてるよな……?
近くに転がってた生徒に近づく、イストだ。とりあえず素人ながら呼吸の確認と、脈を計るが………良かった。無事らしい。
立っていた形のまま固まって転がってるので、違和感はあるが寝ているだけのようだ。脈も安定して落ち着いた呼吸を維持してる。
「……無事なようだ。だが、一斉に倒れたとなると、何か魔術でも受けたのか?」
例えば石化や硬直の魔術とか? あるか知らんけど、誰かが試して暴走させたのかも知れない。
「とりあえず先生を呼びに行こう、私達の手に余る事態だ。」
「うん! 先生よんでくる!」
「あ、アルシェ!」
大分動揺していたのだろう、俺の言葉に反応してアルシェは一目散に出口に向かって走っていった。
彼女が出口に差し掛かったとき、ひとりの男が魔道場に入ってきてぶつかり掛ける。
「わっ……とっと! ごめんね、急いでて!」
「…………天然女か。そんな急いでどうしたんだ……?」
バルクだ。そうか、彼は魔道場の外に居たからな、それで無事だったのか。
「それがな――」
「な、何でみんな倒れてやがるんだ!? クズハまで!?!
生きてるよな!? ま、まさか死んで……!?」
彼は信じられないものをものを見たみたいに、異様な程に戸惑った。
まあ、何気なく戻ってきたら人が彫像みたいになって転がってたら、そんな反応にもなろう。
「――うん、みんな、いきなりこうなっちゃって。」
「っ―――まさか、オマエが?」
……まて なんか様子が変だぞ? 目が血走って、身体が盛り上がる様に膨れだす。あれじゃあ、まるで――――
「っ! アルシェ離れろ!!」
「えっ?」
「ガぁあァァ!!《部分獣化“半獣”!!》」
――――瞬間、バルクから繰りだされた腕が、アルシェの軽い身体を木葉の様に殴り飛ばした。




