食後の訓練
「食後の運動だ。動くのに問題はねぇかお嬢?」
「ああ、問題ない。」
夕食を終えて、屋敷の中庭にバエルと共に集まる。目的はもちろん訓練だ。
「そし! それじゃあ早速模擬戦だ! と言いたいところだが、ちょいと待ってくれ。」
なんだろう? 前置きとは珍しいな。
「実はな? すこし渡したい物があるんだよ。 ……なんで武器構えたんでぇ?」
いやぁ、不意打ちでもされるのかなと。
「? まあ良いか、お嬢に渡したいってのは、こいつだ!」
バエルが勿体ぶって取り出したのは鞘に納められた一本の剣だった。
受け取って引き抜くと、青みがかった刀身が覗き、ずっしりとした感覚が腕を襲う。――見事な剣だ。刃引きされてるため訓練用と思われるが、武器屋で見たものに勝るとも劣らない。
「へへっ!良い剣だろ! 王様が鍛冶屋に頼んで作らせてたんだぜ? 出来たってんで今朝取ってきたんだよ! 出来立てだぜ?」
剣に見入ってるとバエルが自慢気にそう続けた。
「………というと、もしやこれを俺に?」
「ったりめぇだろ! 渡しといて没収なんざしねぇよ!」
「そうか。」
……
やばい。嬉しいぞ? だってこれはかなりの名剣だ。それに何よりプレゼントなんてされたことほとんど無いからな……!めちゃくちゃ嬉しいぞ!!
しかも作りたて!オーダーメイドだぞ!オーダーメイド!! わーい!!!
「よ、喜んでくれて結構だ。そいつには魔力が通りやすい性質を持った青い鉱石、灰簾石が使われている。丈夫で重いんで訓練に使うにはこれ以上無いって位良い剣だ! 大切にしてくんな!」
「もちろんだ!!」
そうだ! いままで気にしたこと無かったが、これからは剣の手入れの知識がいるな!
「よし! じゃあ模擬戦を始めんぞ! 昨日お嬢は《魔装術》を覚えたかんな、それを使ってかかってきやがれ!」
それなら手入れの道具が必要だ。
もちろんマリアンナに言えばすぐに用意してくれるだろう、この屋敷にもあるかも知れない。だが、せっかく自分専用の武器だ! 手入れの道具は自分で見て用意したい。
おそらく武器屋にでも行けばあるだろうし、明日にでも行くとしよう。私ひとりでは良し悪しなんて分からないからクズハさんにでも動向を頼むとするか!
「……おーい? もしもしー、お嬢? ……ダメだこりゃ気いちゃいねぇ……。」
今日のところは仕方ないから手入れして貰う必要があるが、明日が楽しみだな!!
*
距離を十メートル程離して向かい合う。
《魔装術》の準備は万端だ。すでに想像上の魔力弁を三捻りした全開の魔力が全身を包んでいる。
武器はいつもより重いが、その分握りやすく、負担にはなり得ていない。
対するバエルは自然体だ。腕をだらんと垂らして、剣を持ってはいるが構える気配がない。
だが油断してはならない、あれこそが構えなのだから。先手を譲り、それにどうとでも対処する。そんな意志の込められた構えだ。隙なんて僅かも存在しえない。
さてどう攻めるか……。
「どうしたお嬢? 攻めてこねぇとは珍しいじゃねぇか?」
「……すまないな、まだ制御に不安があるのだ。だが――もう慣れた。行くぞ?」
「来やがれ!!」
迷ってるなんてバカらしい、どうせ訓練だ。バエルも本気ではない―――むかつくな? こっちは全力だというのに! なら本気にならないと防げない程に攻めるまでだ!!
一直線で走り込む。十分に距離を詰めると、足を止め、移動の慣性すら乗せ切った剣を振るう。《魔装術》の力を最大限に使った今の俺の全力一撃は、、然りとて掲げたバエルの剣で難なく防がれた。
「――やるなぁ。だが未熟だ。《魔装術》は魔力量で威力が変わる。今度は魔力の比率を変えてみな?」
「っち、涼しい顔で受けるじゃないか?」
「当然だぜ? お嬢より俺のが強えぇからな?」
「……上等、だ!」
後ろに飛び退き距離を離す。追撃のチャンスだったが、バエルはその場から動かず静観している。
(攻撃はしない気か? ――なら!)
今度は背を低くして攻めいる。速度重視の連撃でバエルの低い位置を攻撃する。
――バエルは背が高い。足や腰辺りの攻撃は防ぎ難い筈だ!
「ちっ、やりずれぇ攻撃しやがって!」
「なら足を動かせば良いのではないか?」
「冗談! 動かしてみやがれ!」
ただの剣捌きだけで防がれる。流石にすこしやりずらそうだが、こっちの威力が足りてない。
それと違和感を感じていたが、バエルはその場から動かないつもりらしい……ハンデのつもりか?
反撃が無いことを良いことに、連撃を更に積み重ねる。
胴、足、爪先、鳩尾、金的、肝臓を狙う剣撃は、その全てを振るう剣に防がれた。
ならばと、すこしズルいが背後に回ろうとしたが身体の向きを変えられた。足を地面から離さなかったら少し位動いても良いらしい。
(とてつもない剣捌きだ。だが隙が無い訳じゃない)
例えば足先への攻撃は少し対応が遅いし、右からの攻撃を受ける時少し力が弱い。
――小さいがそれが勝機だ!
(魔力の比率だったか?)
これ以上魔力量が上げれないならそれを操作するしかない。筋肉の動き、力の流れに合わせて魔力を動かせ!
連撃に合わせ、魔力の比率を操作する。
簡単ではなかったが繰り返すうちにコツが分かってきた。
「おっとっと! いいぞ!剣速が速くなってきたな。」
ようは魔力を使い潰せば良い、いままでは循環を意識してたが、手のひらまで移動させたものを足まで持ってくのは単純なロスだ。
魔力量に余裕があるのだから手まで移動させた魔力は相手に叩きつけた方が、速く強い!
――攻撃の速度が段飛ばしで跳ね上がる。決して効率的とは言えない浪費過多な剣撃だが、その分威力も桁違いだ。
さしものバエルでも余裕が無くなってきたのか、防ぐ剣を押し込まれるようになり、フェイントを捌くのすらも手一杯になる。
「や、るな! だがもう少しいけるだろ!! そんなんじゃ負けてやれねぇぞ!!」
「言われずとも……! 分かっている!!」
攻撃の瞬間、なにやら剣に吸われるような感覚がある。試しに魔力を意図的に押し込むと明らかに剣同士のぶつかる音が重くなった。
――――これならいける!! あとは少しの隙があれば押し込める!!
一旦バックステップで大きく距離を取る。
少しでも威力を上げる為だ。それでも防ぐだろうが……なに策はある。取って置きがな!
「決めにきたか! いいぜ、こい! アイリス!!」
――――もとよりそのつもり、だ!
魔力弁を三捻り――いやもっとギリギリまで捻り出す! その全てを足先に込め、剣を掲げた変則的なクラウチングスタートの構えを取った。
チャンスは一度、防御しきれない威力の一撃、それを比較的防御が甘い右足に突き込む!!
呼吸をし息を整え、集中力を尖らせる。そして呼吸と心臓の音が重なった瞬間―――
「《魔装術》」
――――槍のように飛び出した!!
バエルは剣先から狙いを予測し、魔力を回す。そしてどうとでも防げる位置に剣をかざした。
万全の備えをしたバエルに最速の突きがぶつかる――その寸前でアイリスは足を止めると左手から何かを投げ放つ、クナイだ。それが三本、至近距離からバエルに迫る!!
「!?? なにぃ!?」
バエルはその攻撃を、それでも超常的な剣捌きで弾き反らす。
――――だが、そのざまでは追って放たれた突きを防ぐだけの余力はあるまい?
「とった!!」
「くそっ!」
バエルは突きをぎりぎりで柄で受け止める。直撃は防いだが、その程度でこの全霊を込めた突きは崩れない、剣先と柄の変則的な鍔迫り合いだ。
成立してる時点でもすごいが、両手で押す俺と片手で抑えるバエルでは結果は見えている。
俺が力強く足を踏み出すと、ついにバエルは足を後退させた。
「動いた、ぞ?! ふぅ、はぁ……!」
「……だな、俺の負けだ……。やりやがったなお嬢?」
「勝手、に、ハンデ、つける、お前が、悪い! はぁ、はぁ……。」
勝ったと同時に全身を疲労が襲う、集中し過ぎたのだろう。俺は思わずその場でへたり込んだ。
「ちげぇねえか! やるじゃねぇかお嬢!! てかクナイなんて珍品、どこで手に入れやがったんでぇ?」
「はぁ~、あれか? この街の武器屋でちょっとな。……てかバエル、お前馬鹿力過ぎないか?」
「武器屋? ……あぁ、あの珍品ばっかの、そういや街に出てたんだっけか。
馬鹿力も何も《魔装術》だぜ? 普通のな?」
……まじかよ?
「疑んなって、あとはこなれるだけって言っただろ? あと俺のが強ぇってな?」
むぅ……。負けた癖に……。
「おうそうだな! 久々に負けたぜ! なんか景品でもいるか?」
「……それなら、武器の手入れを教えてくれ……。」
「へえっ……? ……ぷっ。あっはっは! まじか! いいぜいいぜ!存分に教えてやるよ!」
「……笑いすぎだぞ? このやろう。」
………はぁ、それにしてもこれが、何気に俺の初勝利だ。達成感が物凄い、興奮して今夜はなかなか寝れなくなりそうだな。




