魔術鍵
「皆触媒は持ったな? ……では、皆それぞれそこに書いた魔方陣の上に立て。」
クリフ先生が指差す先には人数分の魔方陣が地面に彫られていた。
少し前まであんなもの無かったし、この短時間で先生が書いたのだろうか?
疑問に思いながらも、他の生徒と同じように魔方陣の上に移動する。
「よし。その魔方陣は魔術の発動を補助する効力がある。各人はそれぞれの触媒を持ってそれぞれの物質が浮かび上がるイメージをしろ。そしたら、それを呼び出す様に口にするんだ。それがお前達の魔術鍵になる。」
キーワード?
「……知らないものに言うが、キーワードとは魔術の入口であり、人それぞれ違うオリジナルの呪文だ。それと触媒をきっかけに魔力の性質を変化させる。属性魔術の初歩であり基礎と成るぶぶんだな。
……わかったか? よろしい。」
良かった。俺以外にも知らない人が居たみたいだ。首を傾げてる人が何人か居る。意外だったのはアルシェが首を傾げてた事だ。……いや、彼女の事だ。ど忘れかなんかだろう。
「では始めろ。……ああそうだ。触媒同士は競合するので多属性持ちは、使う物以外は手から離す様に。」
そうなのか……。八個もあるんだが……邪魔だな……。
「炎天よ燃えよ『火』!」
おっと、皆もう始めてるのか。俺もやらないと、多いんだし……。まずはやっぱ火からかな。
とりあえず魔力の弁を一捻りする。
「え~っと。燃えよ。ただ燃えよ『聖火』」
指先から少し離れた空間に白い炎が浮かび出た。
……よっし!! 出来た!初魔術!!? ――やっべ~、まじで火が出たよ……。すげ~……。
「うっし! 次は……水かな?」
小さくガッツポーズをすると、水色の指輪に付け替える。
「水よ溢れよ『亜水』」
水が出た。冷たい、なんか手が綺麗になった気がする。
「風よ散らせ『砂風』」
風が渦巻いて地面から砂を巻き上げる。ぺっぺっ!す、砂が口に……。
「氷よ築け『裏氷柱』」
水を含んでたせいか渦巻いた風がそのまま氷ついた。じゃ、邪魔だ……。
「地よ呑み込め『地沼』」
地面が沼に為り、氷のアートを呑み込んだ。よし、すっきりしたな。
「雷よあれ『電球』」
電気の球が発生して、下の沼に消えて行った。ば、バリバリする……。髪の毛が逆立っちゃった……。
「光よ救え『陽光』」
光が溢れた。め、眼が~っ!?
「闇よ包め『暗幕』」
闇に包まれた。く、暗い!? どこ?ここ……(泣き)
なんか疲れた……。
完全に魔術振り回されたな……。魔術が使えて楽しいが、ちょっと気疲れした……。いや、これはMPでも減ったのか?
なんか色々目立つ事が起きてた気がするが、特に周りから注目はされていなかった。
各々の魔術に集中しているのだろう。周りを見渡すと、皆集中して魔術を使っていた。
色々と、それぞれ少しづつ違う魔術を使っている。特に王子とアルシェがすごい。王子は小さい火の玉を無数に操って何かの模様を描いている。
アルシェは水を操り竜を造り出していた。色は半透明の水のままだが、ウロコや牙、翼の模様などを見事に表現しており、かえって美しく水竜を造り上げている。う、美しいなあれ……!
……流石は魔術上手い組だ。なんか少し違う気もするが習熟度が半端ない。
というか、魔術で何かしら形成するのが普通なのか? よく見てみると、二人以外にも形を変えている者が何人かいる。
委員長は……電気の棒人間? ジョンは土で紐(蛇?)を作ってニョロニョロさせている。(若干キモい)
クズハは……手裏剣かな? 風を使って形成してる為見づらいが、多分そうだろう。イストは水か。盛んに蠢かしているが、食べ物でも形取ろうというのだろうか?
「みんなすごいな。私も工夫が必要か?」
そうなれば実践だ。まずは火で何か作ってみるか。
* * *
(素晴らしい。流石は勇者だ。)
資料に書かれたデータを参照しながら男は内心でそう称賛する。
資料にはアイリスだけではなく、その他の同級生の詳細なデータがびっしりと書かれていた。特に魔術の能力についてはかなり詳細に書かれていて、見るものが見れば、魔術師としての実力が丸裸になるほどだ。
――期待値には遠いが十分だ。能力の発現を確信出来れば良いのだから、その点では百点と言える。
特に、的当てを利用したデータ比較が良い。魔道具でもある的自身が計測した数値は、主観によらない実数値だ。これ程研究者にとって頼りになるものも他にあるまい。
(まさか勇者が的を攻撃していたとはな。)
実に行幸だ。期待はあったが、まだ早いと思ってた勇者当人のデータが採れるとはな……。運に恵まれて来たのかも知れない。
「想定と推測を重ねるしか出来なかったものが現実に現れるというのは、研究者として高揚せざるを得ないな!」
まさかあの程度の攻撃で的を破壊するなど……!
「うん? どうかしたのか?」
おっと興奮し過ぎたか。
「なんでも無いですよ、アルバート。一人事です。」
「へいへい。それにしても、お前がそんな呆けてるなんてまじで珍しいな? ――やっぱあれか?」
「そうですね。本物の勇者と直に合えたのは夢の様でした。」
「ああー、そいやお前は勇者教の信者だったな、そう言えば。……俺は気疲ればっかだし代わって欲しいよ……。」
「代わりましょうか? 今ならまだ移動も出来なくも無いでしょう。」
私としては不具合無いどころが僥倖だが。
「冗談。こんな光栄な約どころを勝手に捨てれる程無責任じゃねぇって。」
「ですね……。私としては残念ですが。」
残念だ……。この男の性格上冗談だとわかった上でも残念だ。もし私が担当教諭なら色々と研究に貢献出来るというのに……!
「そういや娘さんがこの学園に入学したんだって?」
「……そうですね。ですが身贔屓にはしませんよ?」
「わかってるよ。だが、逆に無下にし過ぎるなよ? 拗ねちゃうぞ?」
「……大丈夫ですよ。頭の良い子なので。」
口ごもる私にアルバートはからかう様に口を歪めた。
「わからないぜ? 年頃の子ってのは反抗したくなるもんだ!」
「…………そうだと良いのだがな。」
* * *
アイリスが火を操り、アルシェに対抗してか火竜を作っていると、授業終わりの鐘が鳴った。
「時間だ。全員魔術を終了させろ!」
むう、やっと輪郭が整って来た所なのだが……。仕方ない。
皆が魔術を消すとクリフ先生に向き直る。
「よし。今日の授業はこれで終わりだ。
今回魔術が使えたのは魔方陣の働きが大きい、故に次までに魔方陣無しでの魔術を使える様にする事を課題とする。」
そんな簡単に修得出来るのか? 次までって明日だろ?
そこで委員長が手を挙げた。
「どうしたかな、シーミア君?」
「はい! 魔術の練習はどこでしたら良いですか?」
確かに、家でやるには危ないからな。特に火とか。
「良い質問だ。それならここ、魔術修練場で行うと良い。魔方陣もそのままにしておく。
また、今回の魔術は威力の低い初歩のものだ。危険の無い範囲内で私が使用を許可しよう。もし誰かに言い咎められたのなら名前を出すと良い。」
ほー、なら少し練習してから帰るかね。今日の授業は事前知識の要らない覚えものが殆どだったからなんとかなったけど。やっぱもう少し勉強しなきゃだし。
「わかりました。ありがとうございます。」
「うむ。」
「アイリス様。これからどうなさいますか?」
俺が魔術を練習していると王子が話し掛けて来た。
お前…… 護衛の事を内緒にするの忘れてるだろ? ……今更か。
「……敬語はやめろ。他国の王子にそんな物言いをされては私が落ち着かない。」
「えっ? ……あっ!はい。これは癖ですのでご勘弁を、ですが気に掛けますね!」
なんでこんなご機嫌なんだ? こいつ。
「それでどうした? 私はあと少ししたら家に帰る予定だが。」
「あっ、それでしたら街をみて周りませんか? アイリス様もこの町に着たばかりと聞きまして。」
えー、王子とか? ……ああ、王子が街を見たいだけか。護衛もあるしで誘ってる訳ね。
「悪いが遠慮するよ。家で家来に付けられた者が待ってる故、初日からふらふらとは行かないからな。一人で行くといい。」
王子が居ないと勉強が進まないが、マリアンナに聞いても良いし、今朝出来なかった訓練をバエルと行うのも良いだろう。戦闘に置ける魔術師対策とか聞きたい気持ちもあるし。
「そうですか……。アルシェさんから編入組三人で街を歩きたいとの事でしたが、それなら――」
「! それを早く言え!行かないとは言って無いだろう!」
早く言えよ!あほ王子! それだったら行くわ!
だって友達とのお出かけを断る程の用事では無いしな。王子に付き合わされる訳じゃ無いなら俺だって行くよ!
それに三人なのはちょうど良い。女子同士のショッピングとか経験無いし、俺の事情を知ってる王子が要るなら少し気が楽だ。
「あれ? アイリスさん達街に行くのかい? 良ければ「断る。」案内を……。断るの早くない?」
だってな?
「ジョン。お前はこの三人の誰とも仲良く無いだろう? それでどうして付いてこようと思ったんだ?」
「えっ! アイリスさんとは友達でしょ!?」
と、友達……。ジョンとか……。
「いや違うぞ? 図々しいやつだ。」
「!? あ、あれ?! まじか……。」
なんかめちゃくちゃ驚愕してるな……。少し悪い気はするが、こいつを友達認定するのはな……胡散臭いし……。
「……ごめん、邪魔したよ……。」
肩を落としてとぼとぼと去っていく。
や、やっぱ言い過ぎたかな……。まあいいか、明日にはいつもの調子に戻ってそうだし。
「でも案内があった方が良いですよね? それがしならどうでしょうか?」
横合いから声が掛けられる。案内を買って出たのはクズハさんだった。




