理事長
アイリス達を乗せた馬車は、町の門を抜けてからも暫く進み続け、大きな城壁の門の前でやっと停車した。
「着きました皆様! ここからは出迎えの方がいらっしゃるので案内に従っての行動を御願い致します!」
「ああ、わかった。」
やっとか……町に着いてから既に到着した気分だったから尚更長く感じたぞ……正直この国の町の広さを舐めてたよ。
まだ町の風景が見れれば暇潰しに成るんだがな、この馬車護衛用のせいか窓無いんだよ……はぁ……。
「有難う御座います♪ では護衛上の関係で私、ジョセフ様、アイリス様、バエル様の順で降ります!
アイリス様の事は防衛上の理由で一部の人を除いて秘匿されているので、ジョセフ様は護衛としてでは無く王子としての行動を御願いします。」
「了解した。学園に居る間は表面上、護衛としての振る舞いを忘れよう。」
護衛としての振る舞い?王子はいつも自然体では?
「ジョセフ様有難う御座います。 それとバエルさんは基本無言で居て下さい。」
「……」
「はい♪ そんな感じでお願いします!」
王子は避雷針って訳か、つまり俺は王子を王子様として振る舞えばいいのかな。無理だな、出来る気がしない。
「お待ちしておりました、ジョセフ殿下、アイリス様。本日は我が学園にお越しいただきありがとうございます。
私は今回の案内を任された生徒会長のベル・アスタロトと申します。留意頂けると幸いです。」
「げっ……。」
馬車を出ると、銀髪に鳶色の瞳をした。少女が白い制服の装いでそこに立っていた。
生徒会長なだけあって、王子を前にしても堂々としている。家名があるしもしかしてこの子も貴族なのだろうか?
あとバエル。げってなんだ?知り合いなのか? 一瞬ベルさんがバエルの事を訝しげに見たのを鑑みるとバエルが一方的に知ってる感じっぽいが……。
「覚えて置こう、アスタロト殿。 王子のジョセフ・ヨーゼフ・アルブヘイムです。これから学生としてお世話になるのですから敬意を込めて会長とお呼びしても良いですか?」
「! 敬意などとは恐れ多く思いますが……。呼び方はご自由にどうぞ。」
おお……流石王子様だな、距離の詰め方がえげつねぇ……。
俺も見習わないとな、自分から友達に成ることなんていままで一回も無かったし。
「アイリス・ブリタニアだ。知っているかもしれないが遠い所の出身で、これから迷惑を掛けかもしれないがこれからよろしく頼む。
……あと私も会長と呼んでもいいか……?」
「はい、大丈夫ですよ! 私も後輩が出来るのは嬉しいですから!こちらこそよろしくね?」
「ああ。」
! やったあ! 少し子供扱いなのが気になるが初めて先輩が出来たぞ! 前の世界だと仲の良い先輩とかいなかったし、今回は仲良く成れるといいなぁ!
それはそうと、心底どうでもいいが、端の方で王子が拗ねてるのはなんなんだ?
「それとこちらの方は……。」
「おれは護衛だ。周りを警戒しなきゃいけないんで、置物として扱ってくれ。」
「は、はぁ。そうでしたかすみません、お邪魔してしまって……。」
「……気にすんな。」
対してバエルは完全な塩対応だ。予定通りの行動だが、寡黙なバエルとか完全に違和感しかない。
「こほん。気を取り直して行きましょうか。皆様、付いてきて下さい!」
挨拶を済ませた俺達一行は会長に案内されて校内を進んで行く。
外からでも感じていたがこの学園はかなり広いようで、中々校舎にたどり着かない。聞けば別館や実験棟、魔法の練習場まであるらしく、この学園の学業に対する本気を感じさせた。
「わが校は百年程前、時の王の鶴の一声で他二校と共に造られまして、そのなかでもこの学校は魔術に重きを置いています。国外の事は分からないですが恐らく魔術を学ぶ事に対しては大陸随一でしょう!」
少し打ち解けられたのか会長も口調に固さが抜けて来ている。語尾の上がり様から察するに、彼女は心の底からこの学園を誇らしく思ってるみたいだ。
話の内容はマリアンナから知識としては聞いて知ってた。だが、直にその場所に来て当事者から話を聞くのでは情緒が違うというものだ。なんだか俺まで高揚してくるものがあった。
てかそういやマリアンナどこ行った?気付いたら居ないんだけど……。会長も挨拶とかしてなかったし、先に理事長の所に向かったのかな?
「なるほど……知識としては知っていましたがあらためて見聞きすると素晴らしいですね! 今度からその一員に成ると考えると、私も視察という建前を忘れそうな気持ちになります。」
「! ありがとうございます。ジョセフ様にそういって貰えるなんて本当に喜ばしい思いです!」
「いえ、大袈裟ですよ。私とて武勇はあれど王子としてはまだまだ未熟です。それこそ学園では学びを得ようとする後輩でしかありませんし、会長にそこまで喜ばれると肩身が狭くなるというものです。」
「……ジョセフ様でもお戯れを言われるのですね。先輩後輩など肩書きだけのものですし、『風騎士』と呼ばれるジョセフ様に私が教えれる事などありませんよ?」
王子は本心で言ってるみたいだが残念ながら会長には冗談と伝わったらしい。少し口調に堅さが戻って来てる。
まあそりゃそうか、まさか王子様が学園生活を心待ちにしてるとは思うまい。てか『風騎士』って呼ばれてるのか王子……。
「そうでも無いですよ? 私は学園の事や不文律などには無知ですし、剣をメインに扱う手前、純粋な魔術は風以外いまひとつですから……。
とにかく建前としても視察はしないといけないので会長殿のお話はとても参考になりますよ。」
「……だと良いのですが……。いえ、お言葉に甘えて話をさせて頂きますね。
では学内の施設は後程説明があるので、今回は学外について。この近くには魔術の研究所が多いのですが、人手を求めて賃金有りで生徒の募集をしたり――」
「なるほど、では――」
「そうですね、ところがたまに――」
……話盛り上がってるな~。
……
いや仕方ないのは分かる。会長からしたら王子がこの一行の頭だし、無下には出来ないだろう。
だからってな……暇だぞ俺?
護衛の為に口を閉ざしてるバエルと談話する訳にはいかんし、かといって気になった事を質問して間に入ろうにも王子が俺の思った疑問を先に質問してしまうため、余計に話すことが無くなってしまう。……あの王子、わざとじゃなかろうか?
諦め切れずどうにか会長と交流する為の策を思案してると――
「着きました。こちらが来客者用玄関になります。」
いつの間にか白い石で造られた校舎の玄関口まで来ていた。少し考えに耽り過ぎて周りを見れてなかったようだ。
校舎は所謂ルネサンス建築に似た荘厳な雰囲気の建物で、玄関口も見るものに素晴らしいと思わせる程美しく、芸術的な装いだった。
「綺麗なものだな……。」
柱に書かれているのは精霊だろうか?光の玉の様なものと小さい玉を操っている風な腕を広げた人形?が描かれていた。
(これは神話かなんかなのか? それとも魔法使いのシンボルマーク的なのだったりして? ……これも一般常識なんだろうなぁ。)
興味深く眺めていると、誰かに肩を叩かれる。
「お嬢、置いてかれますぜ?」
バエルだった。小声でそう言われて慌てて顔を前に戻すと、二人からまあまあの距離が離れていた。
「助かった。済まないなバエル。」
礼を言うと気にするなとばかりに適当に手を降るバエルに会釈を返すと、小走りで追いかけた。
「こちらが理事長室になります。」
そういうと会長は扉を三回ノックをする。
「生徒会長のベル・アスタロトです。お客様をご案内して参りました。」
一拍の間を置いて、扉の先から返事が帰ってくる。
「……わかった。入ると良い。……アスタロト君、君は申し訳ないが隣室で待機していてくれ。」
「わかりました。……では皆様私は一旦ここでお別れに成ります。」
「ああ、案内ありがとう会長殿、また後で。」
「はいジョセフ様!アイリス様も」
そういうと彼女は隣の部屋に消えていった。
……俺はついでか、まあ喋ってないから仕方ないな……。はぁ……。
* * *
来たか……。
遂に、と言いたい気分だがまだ三日しか経ってない事実に軽い目眩すら感じられる。
返事の声は震えずに言えただろうか?
……この三日は修羅場だった。只でさえ入学式で忙しい中に寝耳に水、勇者様と王子の編入だ。
――いや、それだけならどうにでもなった。問題なのは国王から直属の調査隊が送られた事だ。
勇者様に危害が及ばないようにということでその部隊は、連絡のあったその日からやって来て調査を始め、それによって実に教員の三分の一が首になった。
理由は様々だ。犯罪を犯した者や、教員としてのルールを守れない者など。納得行く理由を引き下げて逮捕及び退職と相成った。
これだけならそやつらが悪いのだし。人員が減った事の調整に苦心させられるが、それは他の二校に打診すれば解決する話だ。教頭が捕まったのが痛いがまだ何とかる範囲だった。
だが、調査隊はそれだけでは満足せずに町中の犯罪者を取り締まり、他の二校にまで調査の手を入れた。
これにより他二校も教員が減り、あわや新学期を延期するしかなくなるところだったが。それを予想していたかの様に国王から人材が派遣されて来たため難を逃れた。
聞くところによると、町の研究所や商店など人が減った所にも人が送られて来て難を逃れたらしい。
結果を見れば町から犯罪者が撲滅されただけで特に被害も出なかった。
そう、被害が一切無いのだ。一人二人捕まっただけじゃなく、三桁もの人が捕まったにも関わらずだ。
不適合で辞めた教師も既に新しい職を用意されているし、本当に知る限り被害らしい被害は無い。
恐ろしいのはこれが三日以内の出来事だということだ。
つまりこれだけの事を勇者を入学させる|ためだけに行ったのだ。
――そう。今まさに、国王がそこまでする程の重要人物が部屋の直ぐ前に居る。その御方に無礼をしようものなら私の首など即座にすげ変わるだろう……!
見れば部屋に揃った教師陣も皆青白い顔で冷や汗を滲ませ、いま直ぐにでも倒れてしまいそうだ。
おそらく私の顔色も鏡の様に同じだろう……。
――だがそれは無礼だ……!
「《静水の霧》」
詠唱破棄した鎮静化の魔術により強制的に全員の意識を落ち着かせる。
驚いた顔でこちらを見てくる教員達をしっかりしろと睨み付けると、皆はっ!としたように背筋を正した。
これで良い。あとは……人事を賭すまでだ!
ごくり……。
一秒が一分にも一時間にも感じられる。誰かが唾を呑み込む音さえ煩く感じる程の静けさの中で、ゆっくりと、静寂を切り裂くように扉が開かれた。
最初に見えたのは鎧姿の男だ。見たことの無い顔立ち故、おそらく聞いていた護衛だろう。
その男に続き、ジョセフ殿下、琥珀色の髪の少女が見えて来る。先触れのメイドから聞いた通り彼女こそが――
「御待ちしておりました!アイリス・ブリタニア様!! ジョセフ・ヨーゼフ・アルブヘイム様! 遠くから態々御足労頂きまして誠に、誠に有難う御座います!!!!」
「「「有難う御座います!!!!」」」
全員で一斉に片膝を突いて最敬礼をし、頭を深く下げた。




