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國取り勇者  作者: 朝方
風纏う国
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召喚された偽物貴族



 ついてないな。そんな事をぼやきながら川縁を歩く。


 なんだ辛気臭いといわれても仕方ないが、理由を聞けば大体の人が同情の視線を浮かべるだろう。なにせ年に何百人の人は同時期に同じ悲劇が訪れるのだから。


 俺は大学の入試に落ちたのだ。


 しかも、第一希望云々じゃない。ここなら絶対に落ちないだろうと受けた県外の大学にだ。

 それを話せば親は、遊んでたんじゃないのかと言うだろうがそうではない、むしろ逆にここ数ヶ月勉強しかしてなかったと言っても過言じゃないくらいの勉強詰めだった。



 俺は昔から勉強が苦手だ。中学の時から宿題に加え予習復習は欠かさなかったが、成績はぎりぎり赤点を回避出来る程度、三者面談では先生に赤点ぎりぎりなんだから勉強を頑張れ、不良になるぞ!と苦言を呈される始末だ。


 ――違う、違うんだ、勉強してないからこの程度。じゃなくて勉強を精一杯やってやっとこれなんだ!と声を大にして言いたかったが、情けなくて言えやしなかった。結果俺は翌日からおこづかいを減らされた。


 勉強が駄目なら運動はどうかと思い中学の頃に部活に入ったが、意味がなかった。


 どれだけ自主連してがんばっても、同じ時期に入った同級生達にどんどん差が出て来てしまい。挙げ句の果てには勉強時間が減った為か赤点三昧、学年一の不良と二人で補習を受ける羽目になった。


 それをきっかけに部活を辞めた。親に叱られたのもあるが、あまり熱意も残って無く辞める事に躊躇はなかった。


 それからは高校に入っても部活に入ることはなかった。もちろん授業のレベルが上がって勉強に付いていくのが大変だったのもあったが、根本的に向いて無いんだろう。



 結局のところ努力しようが何しようが運と才能と切欠がなければ人は何にも成れない、それが俺の人生を通した結論だった。



「ダメだ、気分が落ち込む。」


 頬を叩いて気分を切り換える。


 端から見たら完全な奇行だが、どうせ辺りには誰も居ないのだから問題ない。もっとも、態々大学の帰り数十キロを気分転換に歩くなんて馬鹿をしてるのだから見られていても大差ない気はするが。


 何にせよネガティブな事を考えていては気が滅入るばかりだ、何か良い事でも考えながら歩けば気持ちも落ち着く筈。



 ………何も思い付かねぇ…… 正確には思い付いてもそれがどうした?って気分に塗り潰されて終わる……。

 ――ええぃ!なら無心になれ俺! 色即是空、無病息災?だ! 周りの景色に身を委ねて心を空に溶かすんだ!


 ほら、空が青いし雲は……動く? 木々は萌えて?風に揺めき、川のせせらぎに……えーっと、鳥の羽ばたきに、溺れる子供の呻き声。…………どうやら俺に泰然自若の心得は高尚過ぎたらしい。



 ……てか、子供が溺れてるじゃねぇか!? えっなんで!?? と、取り敢えず警察か???


 ぴぽぱと慌てて110番に電話をする。何回かのコール音の後に電話越しで声がした。


「はい。こちら○○警察です。」


「え、えっと。こ、子供が川で溺れてまして、三五八号線沿いの橋の付近です!」


 その後名前や連絡先を聞かれ応えると、直ぐに近くの交番から人を寄越すそうだ。


(よかった数分もしたら来るらしい、俺も何か出来れば良いが、泳ぎも下手な俺がでしゃばっても要救助者が増えるだけだしな)


 素人がプロの邪魔をすることはないだろう。

 それでも心配になり川を覗くと、ちょうど子供が力無く水底に沈んで行くところだった。



 ………



 数秒しても上がってくる気配が無い。



 ……………



「あぁくそ!! 今日は本当、本当についてねぇ!!」



 俺は靴を脱ぎ川へ足を向けると―――





 * * *





 ふと、突然の眩い光に眼を眩ませる。


 眩む視界を嫌って慌てて眼を(しばた)かせ光の靄を追い払うと周りの景色が視界に写り込んだ――――――



(謁見の間?)



 広い部屋の中に、赤いカーペットにシャンデリア。窓には女神の描かれた美しいステンドグラス、所々に華美になり過ぎない程度の調度品が立ち並び模様の描かれた柱が力強く部屋を支えていた。


 そんなまるでアニメや映画の様な豪華絢爛な大広間に、騎士だろうか? 鎧兜を着飾った人々が剣を持ち抱えながら控えて居た。奥の段状になった床の頂上に、二脚の象徴的な椅子が鎮座しており、王冠をかぶった老獪そうな雰囲気の男女がそれぞれ腰掛けて居る。



 ……え? もしかしてあれ、王様? てかここどこよ、謁見の間? 俺は何でここに……。

 さっきまでは……えと何してたんだっけ? 外に居た気はするんだが……これドッキリか? にしては大掛かりな気はするし、一般人にするメリットが無い。 ……テレビの企画とか? ……それか、大金持ちの戯れって線もあったりするか……? えっ!? もしそうなら命の保証無くね? おまえらにはコロシアイをしてもらうね~てへっ♪ とか言われて。結論なんにせよ――



 ……ヤバくね?



「ふむ、少女よ。突然の事で戸惑って居ろうが……お主は今この状況をどの程度把握しておる?」



 !?



 混乱していると上座に座る男女の内の男の方。多分王様が声をかけてきた。


「――っ!?」


 って少女!? うっわ、まじだ!!なんか身体違う!? 腕細いし手ちっさいし……ウッソダロ!!? TS!? 性転換とかまじですか? ……なんか服もひらひらしてるし……これもしかしてネグリジェってやつじゃんね……?


 ……ふうぅ~~。一旦落ち着け俺。素数を数えて1、3、5、7。と、とりあえず状況を整理するんだ!



 まずここは謁見の間(仮)で最低限奥に居る王様ぽいのは日本語が通じる。がどう見ても日本人には見えない。


 次に俺は龍見川 鉄平、男だ。女だった試しはないが何故か女性に成ってる。


 最後に…………なんか足下に魔方陣みたいのがあるんですが……。もしかしてファンタジー的な異世界召喚じゃね? これ。



 ……うむぅ、とりあえず仮に異世界召喚だとして目的はなんだ? ラノベとかゲームなんかなら魔王退治とか生け贄とか奴隷とかか? あれ? 人権どこいった? 異世界人なんて珍獣に人権なんて無い? だよな……。

 さて、どれも嫌だしなんか女体化してるのを合わせて考えると良い予感はしないんだが……。



「……ふむ、聞こえておらぬのか? もう一度申すぞ? ぬしがどこの誰だか話すがよい。」



 っと。 しびれを切らしたか。これ以上待たせるのは不味いな……。


 いや、まてよ?どうやら向こうはこっちの素性は知らないらしい……それなら――。



「我に問うておるのか? 名も知らぬ男よ?」



(――大物っぽく振る舞おう! そうすれば他国の貴族かなんかと思って酷い扱いは控える筈だ! だといいな……)


「王に対し無礼だぞ貴様……!」

「よい。」


 一際豪華な鎧を着た男の怒りの声を軽く制すると、王様(確定)は沈黙する。


 大口叩いたは良いが、やっぱヤバかったかと内心震えていると、王様(確信)が数秒の思慮の後重苦しく口を開いた。



「なるほどな。召喚された者の立場や意思を省みずに勇者を呼び出しておるのか。」



 どこか納得したように小さく呟いたのが聞こえた。

 ……なにがなるほどなんだろう。俺分かんない。 



「よい。ならばこちらから名乗るとしよう。余はこの国ヨーゼフの王。ナザル・ヨーゼフ・ アルブヘイムである。」


「その妻。ビゼル・ヨーゼフ・アルブヘイムです。」



 王に継ぎ王妃が悠然と名乗りあげると王は値踏みするかの様な視線でこちらを睨め付けた。


 これは……名乗れって事だよな? 名前か……俺いま女なんだよな……。



「名前か、名前……。ふむ、ではアイリスと。」


「……偽名か?」


 一瞬でばれたんだけど?


「ええ。私の故郷では本名。真名を家族以外に秘密にするといった風習があるのだ。だがこの名前も第二の名と呼べるもの。諸君らの名乗りを軽んじた訳では無いとだけは言って置こう。」


「なるほど、な。それが異郷の文化であればいた仕方あるまいて。して、家名を何故伏すのだ? そちらは関係あるまい?」


「さて、私は今自分の意思を無視省みられずにこの場に居る。そんな状況で母国の名を言うのは避けたいのだがな?」


「……国の名か。いや、そなたの状況では隠したくなるのも当然だろうて……ならば、無理にとは言うまいよ。」


 そう告げるとどこか思案するように眼を瞑る。



 焦った~! なにが母国の名だよ! 家名なんて考えてねぇんだよ! アイリスって名前だって適当に思い付いたのを言っただけだし……もうちょい考えた方が良いか~? でも時間無いし……国の名か……なら――



「だが、そうだな。気が変わった。名乗りをあげさせたのはこちらだ。その上で黙りでは祖国の者に後ろ指を指されよう。誠意には誠意で応じねばいかぬから、な。」


「それでは改めて名乗りを挙げよう。我名はアイリス・ブリタニアだ。どの程度の付き合いになるかわからぬが、宜しく頼むとしよう。」


「で、あるか。ならばこちらも客人として迎えると約束しよう。」


「有難い。ならば…………。おい! 誰か椅子を用意しろ!! これ以上私をここに立たせて置く気か!! 足が棒に為るわ!!」



 おもむろに騎士の方に振り向き高圧的に命令した。

 その突然の暴挙に流石の王も驚きを顕にする程だ。



「な、にを?」


()()なのだろう? いい加減立ち疲れたのだよ。」 


「は、は! で、ですが……その……。」


「かまわん。用意せい。」


「は、は! すぐご用意致します!!」


 私と運悪く目があった騎士は兜越しにわかる程困惑していたが、王から後押しの命令を受けてその場で敬礼した。そして失礼に成らない程度の早足で部屋を出ていくと数分と経たずに椅子を運んで戻ってきた。


 や、やり過ぎたかな? ま、まあ、立ち疲れたのは事実だし……成るように成れだ! うん!



「お、お持ち致しました!」

「大義である。」


「はっ!」


 敬礼を返し兵士は持ち場に戻った。 心なしか息が切れていたみたいだし、随分急いだのだろう。


「ふんっ、硬い椅子だが仕方ないか。」


 嘘です! 良い椅子です! 兵士さんまじ感謝してます!すみません!



「よいしょっと。……では場が整った所で……話をしようかヨーゼフ王よ。」



 兵士に運ばせた椅子に、まるで自分がこの部屋の主であるかの如く堂々と座り込むと視線を鋭くし王に向けた。






 * * *






 むう、なんと堂々たる様か。

 余は部下が運んだ椅子に腰掛け、段下から鋭く睨め付ける少女の事を見て思う。


 初め魔方陣から現れた時は状況が呑み込めずにか狼狽えてばかりの少女であり、この弱々しい小娘が女神が語ったとされる勇者だとは到底思えなかった。


 もしや召喚に失敗したかとすら思うたのだが。足下の魔方陣を見たとたんがらりと雰囲気が変わった。


 先程まで狼狽えて居たのは見間違いと断じる程の威圧感を放ち、鋭い金の視線であろうことか余に対して誰何したのだ。


 間違い無い。先程の疑問は杞憂だと断じよう。この覇気ともいうべき空気を見に纏とった少女こそが偽り無く、女神の加護を受けた救国の勇者なのだ。と。


 ……まさか、他国の王族とは思いもしなかったが。元より勇者の機嫌を損ねる積もりは毛頭無い。だがこれはいっそう扱いに気を付けなければいかぬな……。


 ブリタニアと言う国は我の知る限りこのアビス大陸には存在しておらん。よって必然的に未知の大陸か島の国であるが……さて、それが吉と出るか凶と出るか……。



「ふむ、ではまず余から話を聞かせて貰おうかの。」


「ああ。構わんとも。」


「では、アイリス殿の故郷について聞かせてくれるか? ブリタニア国について余は寡聞にて名前すら知らぬのだ。」


「ふん、それはお互い様だ、私もヨーゼフ国等知らぬのでな。我が故郷は人口一億程度の小さな島国だ。島国ゆえ人口はそこそこでしかないが十分に大国であると自負しているよ。」


「…………で、あるか……。」



 ――人口一億だと!? 我が国の実に五倍迫る数ではないか! しかもあの口振りだと他に、もっと大きな国があるような言い回しではないか……。見たところ嘘のようには思えぬし……。ヨーゼフ国はなかなかの大国だと自負しておったのだが余の知見が足りなんだか……。

 我が国との国力の差を楔に話を出来ればと思うたが甘過ぎる見積りだったか……これでは逆効果だ。早急に話を切り換えねばな。


「次は私からも聞かせて貰おうか?」


「……っ! ……よいぞ。聞きたい事も多かろう。」


 機先を取られたか。

 仕方ない、こちらから質問するだけでは不満を持たせよう。故にここは丁重に返して信頼出来ると示さねば。

 さて、何を聞く気だ?


「では…………。私を連れてきた目的はなんだ? しかもこのような寝間着の女を呼び出して…………一体どうゆうつもりだ?」


「っ!?」


 しまった!!完全に初動を間違えた……!



「私の国ではね。女性はあまり肌を人前に晒すのは下品だとして忌避しているのだよ。ああ、もしやそなたらは、湯浴みの時を狙ったのか? だとしたらタイミング逃した様だ。残念だったなヨーゼフ王?」



 ………失敗した……。機嫌を損ね無い様にするには既に手遅れであったか……。

 途方もない圧を感じる。思い返せばあの威圧感は彼女なりの怒りなのだろう。

 虚言かと淡い期待を持ち()()()()部下に視線を向けるが、残念な事に頷きで返された。


 ……怒るもの当然だ。何せ相手から見れば余達は寝床に伏す少女を拐かした誘拐犯のうえ、薄い寝間着姿を大勢の前に晒させたのだから。もし、同じ事をこの国の貴族令嬢にしようものなら非難の声が貴族民衆を問わず後を絶たないだろう。


(――――大失態だ。その程度の心の機微にも気付かぬとはな……。だが国を魔族から救う為に、今女神の加護を受けた勇者は絶対に必要不可欠。なんとしてでも取り成さなければならぬ……。)


 失態は取り戻せぬが、まだ希望はある。先程からの様子から愚考するに彼女は怒りながらもこちら出方を伺うのが見て取れた。

 であるならば恥を飲んで泥を啜ろうとも機嫌を取り、許しを乞えばなんとかなるはずだ。それで余の権威が傷付こうともやらねばならぬ。それがヨーゼフの国王としての余の責務だ。


 なにせ今この時に至るまで先代から数えて優に百年を費やしたのだから……。



(……土下座で許して貰えるかのー?)



 この国で最上位の謝罪方を思い浮かべながら余は王座から重い腰を上げた。



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