国家的犯罪に手を染めたかもしれない若者の煩悶2
「マクファーン?マクファーンって言うと…ラシナーン大森林近くの?」
聖女様…チャチャが目をキラキラさせてランドルフを見上げた。
はて?聖女様はラシナーン大陸の事に詳しいのだろうか?ランドルフの伯父はラシナーン中央大森林近くのマクファーン地方を治めている。たしか先祖がそこいらの土地を賜ったので土地名の“マクファーン”を名乗る様になったとか。
「聖女様、よく知ってるね。この短時間で勉強したんですか?」
「…さっきから気になってたんだけど」
チャチャは『キッ‼︎』とした顔で
「あんた、あたしの事ずいぶんと子供扱いしてない!?」
「あ、えーと、してない…ですよ?」
「あ・た・し、17なんですけど。」
「え!?僕より2歳上!?」
やっぱり種族が違うんじゃ…と言う言葉はぐっと飲み込んだのだか、なんだかジロリと睨まれる。
「…それから、あたしは『聖女様』じゃなくて『チャチャ』って言うの。いい?チャチャ様でも、チャチャお姉様でもいいわよ。」
聖女様改チャチャはランドルフに指を差して…気持ち的には鼻面に差してやりたかったのだが全く届かないので…言った。もちろん、ちょっぴり偉そうにフフフンと鼻で笑うのも忘れない。
「…で、チャチャお姉様はこんな時間にこんな所で何してるんですか?あんまり動き回ると迷子になりますよ」
「ク…、なんか腹立つわ。あたしはね!あたしは…ちょっと似たような作りだから…」
「あ、もう迷子なんですね。でも、困りましたね。僕もこれより奥には立ち入った事はなくて…奥の警備は王宮直轄になるから警備兵か見回りを見つけられれば良いんですけど…一人で探せませんよね?」
ムキーっと怒るチャチャを無視してキョロキョロと辺りを見回してみるが近くに見回りもいる気配はなし。有事でも無し、王宮内部に突っ立っている警備兵はいない。
王宮内は安全とは言え、気付いてしまった時点で聖女様を一人で歩かせるってのもだが、夜更けに妙齢(?)な女性を一人歩かせるってのもどうなんだか…
「このまま放置したら迷って凄いところに行きそうだしなぁ」
あ、しまった。口から出てた。
チラッとチャチャを見ると涙目でプルプルしている。子犬みたいでちょっとかわ…おっと、聖女様だった。
「あー、お送りしたいんですが、僕の立場ではこの奥に入れないので、申し訳ないのですが魔術師団室の方まで来てもらっていいですか?」
あちらなら誰かいるだろうし、タイミングが良かったら巡回兵に会うこともできる。聖女を連れ出したと怒られるかもしれないが、それぐらいで済むなら大した事では無い。
「どうしますかー?手、繋ぎましょうか?」
「いらないわよ‼︎」
◆◆◆
景色を楽しめる住居部分とは違い、広くはあるが閉鎖的な通路は面白みもオシャレさもない。目を楽します装飾的な部分もないのでただヒタヒタと歩みを進めていたのだが…
「チャチャお姉様ー、また足止まってますよ?」
「あ…ごめん」
気付くとチャチャがランドルフの後方にいることがしばしば…特に変わった事も無いただの廊下なのだが、何にそんなに気を惹かれるのだろう?
歩いても大した距離では無いのだが、増築に増築を重ね、結構複雑な作りになっている。王族が住む本館や来賓が目にすることのあるだろう中庭とは違い、古さだけが自慢のただの通路だ。価値があるかは分からないが建国当時からの建物であるらしい。
チャチャとしてはそこに懐かしさを感じているのであるが、ランドルフには分からない。本館からここまでは順調に歩いてきたのに、ゆっくり見るほどの物など何もない別館に来てからチャチャの歩みはゆっくりになった。
「何か興味を惹くものがありますか?壁に」
「…ないわよ。」
振り返りジロリと睨むチャチャ。
「ずいぶん古いと思っただけよ」
「まー、建国からあるとかないとか…ホントかウソか、4、500年前の物って言われてます。状態保存的な魔法がかかってるらしいからもちはいいみたいですね。」
「へぇ」
生返事を返している割に壁には興味はあるのか、立ち止まりジッと見つめている。
「おー、ランドルフ!」
突然声をかけられて飛び上がる二人。チャチャのピンクのおさげがポヨンと揺れる。大きなお胸がブルルンと揺れたのは…見なかった事にしよう…
「ティオルド先輩」
「おいおい、こんな夜中にデートかよ。…うぇ!おまっ、なんで聖女ちゃんと一緒なんだよ!」
侍女のお仕着せを着たままだったので城の者と思ったのだろう。聖女と気付いて慌てるあまりに言葉がおかしい。
「散策をしていた所、迷われている聖女様…チャチャ様にお会いしたのですが、僕が宮殿内に入る訳にもいかず、巡回兵とも遭遇しなかったのでこちらにお連れしました。」
「まぁ、確かにお待ちいただく訳にはいかんわなぁ…万が一、連れ出したなどと言う事になった時には…ガンバレヨ」
「ソウデスヨネ〜」
後半はランドルフのみ入るであろう大きさの声で耳打ちしたつもりだったのだか…
「ちゃんとあたしが迷ったって説明するわよ。気持ちの悪い敬語、やめてよね。」
「思ったより…フランクな聖女様だな。」
「庶民なので」
心底嫌そうに言われて苦笑する。
◆◆◆
聖女様を王宮の警備兵にお渡ししてやっとひと心地ついたランドルフ。
そして、当初の煩悶に舞い戻る。
―――僕はあの子から全てを奪った犯罪者組織の一員なのではなかろうか―――
と。