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第22話 新しい世界

 私は今、王都を一望できる小高い丘の上で、一人、風に身を任せていた。


 あの運命の聖なる祈りの日から、すでに十日が経過している。

 エリアス殿下には、婚約を解消して聖女になるという私の決断について、どうにか納得をしてもらえた。

 ただ、国王陛下や父様の説得には、だいぶ骨が折れた。


 別に、このまま強引に聖女として活動をしていってもいい。でも、できれば周囲のみんなにも、きちんと理解をしてもらいたい

 私はそう考えて、諦めずに皆へ光の精霊の祝福を与え続けた。


 聖女としての私の存在価値を、認めさせる。

 これが、私にできる一番の説得手段だと思ったから。


 結果、私の努力は報われた。

 二日前、ついに国王陛下から、正式に殿下との婚約解消の宣言がなされた。


『ナターリエを介してもたらされる強い光の精霊の加護で、ここ最近王国各地に見られていた光の結界のほころびが、修復されていると報告を受けている。このような現実を見せられれば、予も認める以外ないだろう。ナターリエは、将来の王妃としてよりも、聖女として生きるほうが、より望ましいのだと』


 私に語りかける陛下の声色は、ひどく優しいものだった。

 もっと叱責されるものと思っていたけれど、どうやら私の聖女としての活動が、陛下の考えをきっちりと変えさせられたみたい。

 頑張って良かった……。


 陛下の決断を受けて、さすがの父様も認めざるを得なかったようだ。しぶしぶながらも、最後には折れてくれた。


 これから、私は実家を離れて教会で生活をすることになる。

 侯爵邸を出る際に、父様が私に背を向けながら、小さく「今まですまなかった……」とつぶやいたのが、とても印象的だった。




 これで、自他共に認める、正式な聖女になった。

 今まで以上に、光の精霊の加護を国中に行き渡らせられるよう、頑張らないといけない。


 ただ……。


「私は……。私は、これからどう生きればいいのかな」


 定期的な祈りを捧げる以外に、聖女の私へ課せられた義務というものはない。

 それ以外の自由な時間を、どのように過ごすのか。


「やっぱり、私は……」


 ふっと脳裏に浮かぶのは、あの孤児院での楽しいひととき。


「私は、子供たちに囲まれながら、静かに、慎ましく生きたい」


 それが、自分らしくいられる唯一の道。

 そして、その傍らには……。


「――ユリウス……」


 かつての従者の名をつぶやき、私はゆっくりと目を閉じた。

 すると――。


「ナティー!」


 名を口にした青年の声が、私の耳に飛び込んできた。


「あら、ユリウス。よくここがわかったわね」

「丘を登っていく姿が、遠目でちらりと見えたからな」


 ユリウスは私の隣に立ち、一緒に王都を見下ろした。


「聞いたか?」

「……あの女のこと、かしら」


 胸にチクリと、棘のようなものが刺さる感覚を抱いた。


「今朝がた、とうとう――」


 ユリウスは最後まで口にしなかったが、私は察した。

 あの女――アルシュベタが、処刑されたのだろう。


 おそらくは、私と同じ、王都の中央広場での公開処刑。


「そう……」


 同情はしない。

 だって、どこかで選択を誤っていたら、私が今のアルシュベタの立場になっていた可能性があるんだから。


「聖なる祈りの日の翌日には処刑を、という話だったけれど、ずいぶんと延びたのね」


 時間逆行前の、私の魔女裁判を思い出す。

 私の時は、どれほど抗弁をしようが、翌日にはすぐに刑が執行されたっていうのに。

 アルシュベタに、何があったんだろう。


「なんかさぁ、あの女を調べてみたら、隣国の関与? ってのがいろいろと見つかったらしくて、中央は今騒然としているんだってさ」

「あぁ……。やっぱりね」

「気付いていたのか?」

「いえ、確証はなかったわ。ただ、隣国と闇の精霊とのつながりの深さと、アルシュベタが隣国のおとぎ話に妙に詳しかった事情とを考え合わせると、ね……」


 アルシュベタに隣国の息がかかっていたというのであれば、狙いはやはり、将来の王妃の座。

 殿下に強い執着心を見せていたアルシュベタを使って、王国に内部から混乱をもたらし、いずれは王室ごと乗っ取ってやろう。そのように隣国は考えたんだろう。


「事実とすれば……あの女も、哀れなものよね」


 駒としていいように使われたあげく、失敗したら魔女として処刑。


「ま、ナティーが気に病むこともないさ。嫉妬心を利用されたのは、あの女の落ち度。いくら殿下が好きだったからって、外国の力を……それも、闇の精霊の力を借りようとするなんて、言語道断だよ」


 ユリウスが私の肩を抱き、身体を引き寄せた。


「あっ……」

「ナティー。これからは、ずっと一緒だ」


 ユリウスはじっと私の眼を見つめている。

 私も、身じろぎ一つせずに、ユリウスを見つめ返した。


「きみが貴族の籍を離れたことで、身分差もなくなった。教会で祈りを捧げる時以外は、常に傍にいられる」

「ユリウス……」


 そうだ。

 私はもう、貴族じゃない。


 聖女は、身分上はあくまでも平民だ。


「ナティー……。死ぬまで、ともに歩むことを、許してはもらえないだろうか?」


 ユリウスは私の手を握りしめる。


 私の返事は――。

 そんなの、決まっている。


「……はい。私も、ユリウス以外が隣に立つなんて、想像もできないわ」

「そうか!」


 ユリウスは満面の笑みを浮かべながら、私を強く抱きしめ――。


「愛している、ナティー!」

「ユリウス!」


 そのまま、私たちは口づけを交わした。




 暖かい。

 光の精霊が、私たちを祝福してくれているみたいだ。


 私はこれからの心安らかな生活を思いながら、ユリウスに身を委ねた。

 ……恋に狂い破滅した哀れなアルシュベタの来世へと、わずかばかりの祝福を与えつつ――。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

連載中の他作品もよろしくお願いします。


また、近いうちに新作も公開できればと思っていますので、そちらも是非!

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