第21話 祝福の光
「さあ、皆様。眼前の状況が、すべてを物語っておりますわ」
私は地面にうずくまるアルシュベタを指さした。
「うっ……うっ……」
アルシュベタは頭を抱えながら、うめき声を上げている。
「改めて宣言いたします。わたくしは殿下の婚約者にはなりません。聖女になりますわ!」
聖堂をぐるりと見回し、私は声高に叫んだ。
すると――。
「――う……」
よろめきながらアルシュベタが立ち上がった。
顔を上げ、私を睨みつけてくる。
「嘘よっ!」
アルシュベタは両手を広げながら、怒声を上げた。
「アルシュベタ嬢?」
「あれは、何か妙な仕掛けが為されているのよ! 絶対にそう! インチキよ!」
殿下が心配そうにアルシュベタの傍へと寄ろうするが、アルシュベタは誰も近寄らせまいと、大きく髪を振り乱している。
「まだ、そのような世迷い言をおっしゃるのですか?」
「魔女はあんたよ! 私は、絶対に認めないわ!」
私の指摘に、アルシュベタはより一層顔を紅潮させる。
「アルシュベタ嬢はこう言っている。どうなんだ、ナターリエ?」
「……殿下、あの光の精霊様のお姿を見ても、まだ決断できないのですか?」
「アルシュベタ嬢が嘘を言うとは、私には信じられない」
殿下の言葉を聞いて、私はため息をついた。
闇の精霊の支配がまだ残っているのか。
それとも、もしかしたらこれが、殿下の本音?
「ということは、逆に、わたくしは平気で嘘をつくような女。そういうことでしょうか?」
「うっ……。いや、しかし……」
私が少し強めの語調で迫ると、殿下は口ごもり後ずさりした。
そのとき――。
『ナターリエ、仕上げにかかりましょう』
光の精霊が脳裏に直接語りかけてきた。
「仕上げ、ですか?」
『祭壇の脇の台座にある聖杖。あれをあなたが引き抜くのです。そうすれば、私はさらなる力を発揮できます。ここにいるすべての者に、光の祝福を与えることさえできるのです……』
「わ、わかりました!」
私はうなずき、言われた台座に向かった。
黄金でできた聖杖は、光の精霊が発する光を受け、キラキラと輝いている。
静かに杖の柄に手を添えた。
「ナターリエ、何をするつもりだ!」
背後で殿下が叫ぶ。
でも、私は止まらない。
「殿下、よくご覧になってくださいませ。聖女の力、お見せいたしますわ」
力を込めて杖を引き抜こうとすると、少しずつ台座から柄が抜けていく。
「ま、まさか……」
「百年間、誰も引き抜くことのできなかった聖杖が……!?」
周囲の神官たちがざわめき始めた。
私はそのまま、一気に聖杖を引き抜いた。
刹那、杖の先からキィィィンと甲高い音が上がった。
『私のかわいい子供たちに、光の祝福を……!』
杖から発せられた音に合わせ、光の精霊の声が聖堂中に響き渡る。
ぱあっと真っ白な光に包まれ、さらさらと空から白い砂のようなものが降ってきた。
手に取ろうとしたが、すうっと下に抜けていく。
実態を持たないようだ。
「こ、これは……」
「胸が、熱い……」
周囲から次々と声が上がる。
光の精霊による祝福が、この触れられない白い砂として、列席している全員に降り注いだようだ。
誰も彼もが、光の祝福の温かさに胸を一杯にしているみたい……。
そのとき――。
「ギャアアアアアアアアッッッ!!!!」
再び、アルシュベタの叫び声が周囲に響き渡った。
「アルシュベタ嬢!?」
焦る殿下の声が聞こえる。
光が収まると、そこには床にうつ伏せで寝転んだアルシュベタの姿があった。
「これは……。やはり、ナターリエの言うとおり、アルシュベタ嬢……いや、アルシュベタが、魔女」
殿下は声を震わせ、ピクリとも動かないアルシュベタを見下ろしている。
「近衛兵! 今すぐ、この女を捕らえるのだ!」
冷たく言い放つ殿下の声に合わせて、控えていた近衛兵たちがアルシュベタに向かっていった――。




