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神火の君  作者: 鳥飼泰
番外編
7/11

ある友人の心配

そういえばと、ホオリが言った。


「シホ、もしかしたら、木の王が会いに来るかもしれない。もしも来たら、すぐにわたしを呼んで」

「木の王?」

「うん。友人なんだ。シホのことを気にしていたから」

「友人…………」


ホオリの友人というのが、シホには興味深かった。今までそんな話は聞いたことがなかったから、ホオリにも友人と呼べる存在がいたのかと、少しだけ驚きもした。


木の王といえば、もちろん木の精の王である。

その尊称は、松柏の君。松柏とは、四季を通して常に青々とした常緑樹のこと。ずっと変わらない不変のものという意味をもつ。


しかしなぜ木の王が人間のことなど気にするのかと不思議に思ったが、どうやら火の王の神子という存在は、一部で話題になっているらしい。

それに木の精は、他の精に比べると人間に好意的であることが多い。木の王も、人間に興味があるのかもしれない。


「わかった。そのときは、ホオリを呼ぶね」


だが木の王が人間に興味があるからといって、それがシホにとって良いことであるとは限らない。人外者の興味というのは、どの方向に向かうか人間には予想できないものだ。興味があるからちょっと甚振ってみたいといった可能性も十分にある。

そんな木の王などどう対応すれば良いのか分からないので、そのときはすぐにホオリを呼ぼうと、シホは頷いた。


「……でも、そんな風に興味を持たれるということは、やっぱり王の神子っていうのは珍しいんだね」

「そうだね。今、他の王で神子を持っているものはいないかな。それに、シホはわたしが火を与えたから、よけいに木の王の興味を引いたみたいだ」

「神子になったら、みんな火をもらうのじゃないの?」


シホを神子にするために、ホオリは火を与えてくれたのだと考えていたが、違うのだろうか。

返答を求めてホオリを見つめるが、火の王はふふっと笑うだけだった。

これは答えてはもらえないのだなと悟ったシホは、小さくため息を吐く。ホオリはシホに優しいが、譲れないところは決して譲らない。

今さら何を言っても、火を受け取った事実は変わらないのだから、まあいいかと自分を納得させた。思い返してみても、ひょいっと簡単に渡された記憶しかないので、それほど大きな意味はないはずだ、きっと。




それから数日。

シホが薪にするための細い枝を集めていたところへ、見知らぬ気配が現れた。


「お前が、ホオリの神子か」


その声はやはり聞き覚えのないもので、シホが顔を上げると、そこには男がひとり立っていた。

音もなく現れた存在は、もちろん人間ではないのだろう。だが、見た目は完全に人間で、つまり相当に高位な精だということが分かる。そして、火の王の名前を当たり前のように呼んだ。

春のように穏やかな雰囲気をまとったその男が誰なのか、シホはすぐに思い当たった。


「……松柏の君」


ここで木の王と呼んでいいのか分からなかったので、シホは敬称を使った。

シホは火の王の神子であり、普通の人間とは立場が違う。他の王にも礼を失してはならないだろうと考えたのだ。


「うん? よくわたしのことが分かったな」

「火の王から聞いていたので……」

「ふうん。ホオリはわたしのことで何か言っていたのか」

「友人が会いに来るかもしれない、と」


それなりに会話はできているのだなと感心したように呟く木の王は、ホオリとシホが会話さえも不自由な関係だと思っていたのだろうか。


「……ホオリは本当に、お前に火を与えたようだな」


探るようにシホを見つめていた木の王は、ぽつりと言った。その声には驚きが混じっているようだった。


「神子、お前は自分の立場が分かっているか」

「はい。私は火の王にお仕えする神子です」

「そうか…………」


なにか思案するような素振りを見せた木の王は、言葉を繋いだ。


「わたしは人間に関して少しばかり知見がある。だがホオリは、これまで欠片も人間に興味を抱いたことはなく、それ故に人間に対して無知だ」

「………………」

「ホオリが神子を持ったと聞いて、よほど苛烈な人間を見つけたのだと思ったが……」


火の精は、火の側面のひとつである気性の荒さが前面に出るものが多いとされる。だから木の王も、そういった気性の人間の方が火の王には合うと考えていたらしい。意外そうにシホを見つめている。

そして、その穏やかな雰囲気の中にかすかに漂うのは、なにかを案じる気配だ。もしかすると木の王は、友人を心配しているのかもしれない。

であれば、シホとしてはその心配を払拭するように返答する。


「火の王は、私の復讐に燃える火を気に入ったと言っていました」

「復讐? だがお前の目は、そのような憎しみのない穏やかさをたたえている」

「それは、火の王が私の復讐をもう果たしてくれたからです。だから私は、火の王にお仕えすることにしました」

「これほど穏やかな目をした人間が、復讐……?」


なにやら木の王は訝しげにしている。

自分では分からないが、それほどにシホの目は穏やかになっているのだろうか。だとすれば、それはホオリのおかげだなと、シホは知らず小さく微笑んだ。


そんなシホの前に、すっと木の王が手をかざした。


「その復讐とやら、少し記憶を見せてもらおう」

「え?」


途端に、シホの目の前が真っ暗になった。


そして気がつけば、シホは森の出口に立っていた。

懐かしいそこは、水のお社を見下ろせるあの場所だった。

そして眼下に広がる、一面の赤。あの日燃えてしまったはずの水のお社が、今、また燃えている。


(…………これは、あの日の記憶)


そう、お社の門から出て来た五人組の盗賊を、シホは知っている。

盗賊たちが去り、がらがらと焼け落ちるお社を、シホは身じろぎせずにじっと見ていた。

いつまで待っても、水の王は助けに来てくれはしないと知っているのに。


とうとう最後の水の奥間が崩れようかというところで、突然、目の前がなにかに覆われたように真っ白になった。



「シホ」



次の瞬間、シホは元の場所に戻っていた。

足下には、先ほどまで集めていた薪が散らばっている。顔を上げれば、目の前には変わらず木の王が、そしていつの間にか隣にはホオリがいる。

顔を向けたシホを見て、ホオリが微笑む。


「シホ、わたしの神子。わたしを呼ぶように言っておいただろう?」

「……あ、ごめん。うっかりして」


突然に現実に戻されて、シホは少しだけぼんやりしてしまったが、そういえばホオリを呼ぶのを忘れていたことを思い出す。

仕方のない子だねというように、頬を撫でられた。ひとまず許してくれるようだ。


それからホオリは、木の王に向き直った。


「ウカ、どういうことかな?」

「お前がわざわざ来たのか……。その人間が、火の神子というわりにはあまりに穏やかな目をしているから、不思議に思って少し記憶を見ただけだ」


それでシホは、過去の場面を追体験していたらしい。


「神子、なるほどお前の復讐は理解した。あれだけの憎しみの後に、そのような穏やかな目をすることができるのか……。やはり人間は興味深い生き物だな」

「そうだよ、シホの激情を越えた後の穏やかさは、とても心地いい」


なぜかホオリが得意げに言うのに、だが、と木の王は続けた。


「ホオリ、お前はこれまで人間に欠片も興味を持ったことがないだろう。人間の神子など持って大丈夫なのか」


穏やかな顔が、心配そうにしている。先ほどまでは見せなかった顔だ。それを見て、木の王は本当にホオリの友人なのだなとシホは思った。


「シホには、わたしの火を与えた。それがすべてだ」


ホオリが微笑んで言う。

すると木の王は、納得したような諦めたような表情で、そうかと頷いた。

それで木の王が納得してしまうほどに、火の王に火を与えられたことは重大事なのだろうか。


ふたりのやり取りを見守りながら考え込んでしまったシホの頬に、再度ホオリの手が触れる。


「シホ、嫌な場面を思い出させてしまったね」


今度は、いたわるように撫でられる。それが心地よく、くすぐったい。

シホの復讐は終わったことだ。ホオリが終わらせてくれた。何度同じ場面を見せられても、もう過去のこととして処理できる。それよりも。


「ふふ。でもせっかくだから、お社にホオリが来るまで見ていたかったな」


あの後、火の王がやって来てお社を浄化してくれたはずなのだ。その光景は、きっときれいだっただろう。

シホの言葉に、ホオリは目を瞬いた。それから、嬉しそうに頬を緩める。


「そうか、君はわたしの火が好きだものね」

「うん」


正直に頷けば、ホオリがさらに嬉しそうにしてシホを抱き寄せた。

このところ、ホオリはこのように人間のような喜びの表現をすることがある。シホと接することで、人間の仕草にも興味がわいたのかもしれない。

こうしてホオリに触れられるのは嬉しいので、シホも遠慮なくその体に腕を回す。


ふたりで抱き合ってくすくす笑っていると、呆れたような声が割って入った。


「……ホオリ、その人間がお前の神子であるのがよく分かった」


そうだった、ここには木の王もいたのだったと、シホは慌ててホオリから離れようとしたが、その腕は緩まなかった。


「そう。じゃあ、もうシホのことは放っておいて」

「そうだな……」


ちらりとシホを見た木の王の視線が、なぜだか、いくらか憐憫の情を含んでいるように思えて、シホは首を傾げた。

木の王に憐れまれるようなことは、なにもないのだが。


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