小話:夢の話
人家が襲われる表現があります。
燃える。燃える。
家も、人も、みんな燃える。
気がつけば、見知らぬ場所に立っていた。
いくつかの家が立ち並ぶそこは、どこかの村なのだろう。
だが、それは平時の穏やかな風景ではなかった。
村の中心部にある開けた場所には、様々な品物が積まれている。その側に集められているのは、枷を嵌められた女性や子供。
馬小屋の柵が壊され、逃げ惑う馬がいななきを上げながら周囲のものをなぎ倒す。
作物の植えられた畑は掘り返され、今後の収穫は見込めないだろうというほど荒らされている。
不自然に戸を開け放たれた家からは、怒号や悲鳴、破壊音が響く。
動くものの気配のない静かな家もあるが、そこはすでに襲われた後であるようで、倒れ伏した人影がちらりと見えた。
そして、村の中を好き放題に暴れまわる賊徒たち。
「……っ、」
明らかな略奪現場に、シホは知らず息を詰めた。
そこへさらにシホを強張らせるのは、あちこちで燃え上がる火だった。賊の誰かが放ったものなのだろう。もっと燃えろと、囃し立てる声がする。
ああ、あれは良くない火だと、シホは思った。
シホの持つ火とは違う、濁った火だ。いつかの盗賊たちが、水のお社に放った火と同じもの。
賊たちは、最後に火を放つのが好きなのだろうか。それですべてがきれいになるとでも思っているのかもしれない。放置された死体も、無惨に破壊された物も、自分たちの罪も。
シホはぐっと眉根を寄せた。ただ欲望のままに奪うだけのこの火を見ているのは、とても不愉快だった。
シホは、もっと清浄で苛烈な火を知っている。
すべてを薙ぎ払う、神の火を。
シホがその火を思い浮かべて呼吸を取り戻したところで、ふと、慣れた気配の訪れを感じた。
(ホオリ…………?)
ふわりと翻る白い上着に、火の色を宿した髪が映える。シホのところへはいつも歩いてやって来るのに、こんなときは一瞬で現れるらしい。
そしてその顔に浮かべる表情も、いつもとは違った。それは、人外者らしい感情の抜け落ちたもの。
火の王は、この状況に対して何ら思うところはないのだろう。ただ、この場を浄化するために降り立っただけであり、人間の営みに興味などないのだ。
火の王はちらりと村を見て、その手を軽く振った。
すると周囲に現れたのは、白く輝く神火。
その白い輝きが辺りに散って、瞬く間に赤い火をのみ込んでいった。
もくもくと煙を出していた家が神火によって一気に燃え上がり、中で倒れている人間ごと、がらがらと崩れ落ちて灰になる。
荒らされた畑に残された屑は一瞬で燃えてなくなり、そこはきれいな更地になった。
逃げ惑っていた馬にも神火は迫り、いななきごとのみ込まれ、静かに灰が散る。
その異様な状況は徐々に村人や賊徒に伝わったようで、誰もが恐慌状態に陥った。
火の王の方を指さして叫ぶ声を聞くに、どうやら彼らにはその姿がきちんと見えず、とにかく恐ろしいものがやって来たとしか認識できないようだ。
そんな情景のなか、火の王は無表情のまま淡々と村の中を歩んでいく。
火の王が歩いた場所は、そのすべてが塵芥となり、なにも残らない。
よき者は行くべき場所へと送られ、そうでない者は地獄の業火にのたうち回る。村の中の生き物すべてに神火の選別は行われていった。略奪行為にふけっていた賊の一味も、逃げ遅れた罪のない村人も、すでに事切れた骸も、神火の前には平等だった。
以前に聞いた話では、火の王が現れたとしても生き残る人間もいるらしいが、今回はそのようなことはなさそうだ。今日は、あまり機嫌がよくないのかもしれない。人外者が力を振るうというのは、そういうことだ。
火の王は、何が灰になろうと意に介さず、ただ、その場を歩いて浄化していく。
火の王の浄化を、シホはうっとりと眺めていた。
そうだ、シホはこの火が好きだ。この、抗えないほどに力強く、清浄で、無慈悲な火が。シホも死んだら、きっとこの火で送ってほしい。
「…………シホ?」
ふと、火の王がその歩みを止めて、シホの方へ顔を向けた。
その顔には小さな驚きが浮かんでいて、シホは、ホオリの人外者らしい無機的な表情が消えてしまったことを残念に思いつつも、自分に対しては感情を出してくれることに喜びも感じた。
「…………ああ、夢が繋がってしまったのかな。わたしの火を与えると、ここまで深い縁になるのか……」
「夢……?」
「そうだね。これは夢だよ、わたしの神子」
「夢でホオリに会えるなんて、不思議だね。……でも、ホオリの火が見られて、ちょっと得した気分」
シホが呟くと、ホオリはぱちりと目を瞬いてから、満足そうに笑った。
「……シホは、わたしの火が好き?」
「とても好き。きれいで力強くて、ホオリみたいだもの」
「ふふ、ありがとう。わたしの神子にそう言われると、……嬉しい」
ホオリの目元が色づいて見えるのは、神火に照らされているからなのか、別の理由なのかは分からなかった。だが、言葉通りにとても嬉しそうだ。
「さあ、こんなところにあまり長く留まるものではないよ。もうお帰り」
「うん。目が覚めても、ホオリに会ったことを覚えているといいな」
「……これは夢だから、忘れてしまうかもしれないね。でも、すぐにまた会いに行くよ。安心して」
引き寄せられて、次に会う約束の印のように、触れるだけの口づけをされる。夢であるはずなのに、シホにはその感触がとても生々しく思えた。
それからホオリがひらりと手を振ると、視界がぼんやりとしてきて、本当に夢の中のようにあやふやな認識になってくる。
頬を撫でられたような気がしたが、そのまま、シホの意識はすうっと落ちた。
目を覚ませば、そこは見慣れた老婆の家。
まだ薄暗い部屋の中で、シホはむくりと起き上がった。
(…………夢を見ていた気がする)
なんとなく、何か、とてもきれいなものを見たような、不思議な高揚感がある。
無意識に唇に触れていた手に、シホは首を傾げた。
だが夢の記憶はどんどん薄れていき、朝食の支度を終えるころには、もう思い出せなくなっていた。
どこかの村が夜盗に襲われて住民が惨殺され、そこへ火の王が現れたという話を、シホはしばらく後に老婆から聞いた。
「神火の君」本編を本にまとめました。
本編2話と、書き下ろし小話「栗拾い」「スセリの災難」の2話収録で17000字程度。
「栗拾い」ホオリの初めての栗拾い体験で、ほのぼの。
「スセリの災難」本編第2話で、シホに守護を与えようとしてホオリに追い払われた火の精スセリ視点の、第三者から見た火の王の話。水の王も出てきます。
印刷版と、ちょっとお安いPDF版があります。
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