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神火の君  作者: 鳥飼泰
番外編
5/11

小話:迷子の神子

Twitter(torikaitai_yo)の小ネタから派生した小話です。

ふと、シホは自分が歩いていることに気づいた。

周囲の景色はぼやけていて、ここがどこなのかはよく分からない。だが、不安はない。夢の中にいるような、ふわふわした気分で、どちらかといえば心地よい空間に思えた。ずっとここにいたい。


(…………夢、なのかな)


どうも頭がぼんやりするし、現実感に乏しい。

働かない頭を不思議に思いながら、シホはただなんとなく歩いていた。なぜか、止まろうとは思わない。

どれくらい歩いたのか分からないが、しばらく歩いているような気がする。時間の感覚も曖昧で、やはり夢なのだろうとシホは結論付けた。



そのうちに、行く先に橋が見えてきた。

下に川などが流れている様子はなく、そこに橋だけがある。アーチ状に湾曲した橋を降りた先は、ぼやけていてよく見えなかった。

だが、シホはなぜかその先が気になって仕方なかった。


(あれを渡れば、)


橋に向かって一歩を踏み出した、そのとき。



「シホ」



体が引かれる感覚に驚いて振り返ると、見事な赤い髪の青年がシホの腕を掴んでいた。少し険しい表情をしたその姿に、誰だったかなとシホは首を傾げ、じっと青年を見つめた。


「…………」


青年は黙ったまま、シホを見ている。

なんとなく、このような表情は珍しいようなと感じたところで、不意に思い出した。


「………………ホオリ?」


名前を呼ぶと、ホオリは小さく息を吐いた。だが、まだ表情は険しい。


「……そうだよ、わたしの神子。その橋を渡ってはいけない」

「でも、渡ればもっと先に行けるよ。向こうが気になるの」

「…………」


意識を侵食されているのか、とホオリが不愉快そうに小さく呟いたような気がしたが、よく聞こえなかったので気のせいかもしれない。


「だめだよ。渡れば戻れない。君はわたしと一緒に帰るんだ」


掴まれた腕に力をこめられ、譲らない意思を伝えられた。

橋の向こうは気になるが、ホオリの願いは叶えたいと咄嗟に思った。

ぼんやりした頭で、どうしてホオリの願いを叶えたいと思うのか、シホは理由を自分の中に探した。それは。


「……ホオリの神子だから?」

「そう。わたしの神子だから」


そうだ。そういえば、先ほどホオリもシホのことを、わたしの神子と呼んでいた。

シホはホオリの、火の王の神子だ。火の王が願うなら、シホはそれを叶えたい。

それに橋の向こうに行けば戻れないというのなら、ホオリと会えなくなるのだろうか。


(……それは嫌だな)


橋の向こうには相変わらず気を惹かれるが、このままホオリと別れてしまう方がシホは嫌だと思った。それがなぜなのかは、うまく働かない思考では分からない。


「……ホオリが手を引いてくれるなら、帰る」

「うん」


シホの言葉を聞いて、ずっと険しかったホオリの表情が少し和らいだ。ホオリが嬉しそうに差し出してくれた手をとり、シホは橋に背を向けて歩き出した。

景色も思考も全てがぼんやりとした世界の中で、ホオリの手のぬくもりだけが、道標のようにはっきりとしていた。




どこかの森で、シホは夢から覚めたように、はっと我に返った。

徐々に思考が戻ってきて、慌てて状況を把握しようとすると、繋がっていた手を引かれてその腕の中に囲われた。


「……ホオリ?」

「うん」


シホを腕の中に閉じ込めて、ホオリが安堵したように息を吐いた。


「シホ、君は迷子になっていたんだ」

「……夢じゃなかったの?」

「夢ではないよ。あそこは……、ここではない狭間だね。たまに迷い込む人間がいるんだ。あの場所で帰り道を失えば永遠に出られないし、橋を渡ってしまえばもう戻ることはできない」

「そうなんだ……」

「君にわたしの火を与えておいてよかった。あの中ではすべてが希薄になるから、わたしでも探すのは難しいんだ」


きゅっと腕の力を強められ、ホオリが少し心を揺らしているのが気になったシホは、宥めるようにその背中を撫ぜた。


「ホオリ、迎えに来てくれてありがとう」

「うん……」



しばらくそうしているとホオリも落ち着いたようで、シホを腕の中から解放してくれた。


「それにしても、なんだか不思議な場所だったね。ぼんやりしていて、考えることが億劫になるの。でも、あの橋を渡ると、すごくいいことがあるような気がした」

「あれは、そうして惹き付けるものだから。あの橋は境界。渡った先は別の世界だ」

「そうなんだ……」


渡った先の世界はどんなものだろうとシホは少し考えてしまい、それを見抜いたであろうホオリが咎めるように目を細めた。


「……まだ少し、影響が残っているみたいだね。あまり思いを残してはいけないよ。引きずられてしまうから」

「うん……」


気のない返事をしたシホに、ホオリがすっと近づく。


「シホ」


両手で頬を挟まれて、額をこつんと当てられた。ホオリの顔が間近にある。

ホオリの方がシホよりも背が高いので、赤い髪が肩からこぼれ落ちた。その動きで、髪の色が燃える火のように様々な色に見えた。

それから、きれいな緑青色の瞳と見つめ合う。


「…………」

「…………」


ホオリがじっとシホの瞳をのぞきこんでくるのが、まるで心の中まで入りこまれるような気になる。

ホオリといえば火の色を宿した髪が目立つが、瞳もきれいだなと、シホはうっとりと見惚れた。

するとホオリは、満足そうに微笑んだ。


「そう。そうやって、わたしに意識を向けていて。あんな橋の向こうになど、いいものはないよ」



それから、いつもの場所に戻って二人で焚火をして栗を焼いた。

ホオリと二人だけの時間はすっかり馴染んだ心地よさがあり、シホは自然と笑顔になる。ホオリもいつものようににこにことしている。


もう、あの橋を渡りたいとは思わなかった。


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