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神火の君  作者: 鳥飼泰
番外編
3/11

小話:神子に食べさせたい火の王

ホオリがシホに栗を食べさせるようになった理由。

ホオリが初めてやって来たとき、シホは焼き栗を分けてやった。

だが焼けた栗を渡したとき、ホオリは困惑したように栗を持ったまま固まった。



後で聞いたところによると、そもそも火の精は食事の必要がなく、食べるとしてもそれは嗜好品であって、自分が興味を持ったものしか口にしない。そしてホオリは人間に興味を持つことがなかったので、栗など食べたことがなかったのだ。

それでよくあのとき焼き栗が欲しいと言ったものだなと思ったので、ホオリにそう言ってみると、それだけシホの火に心惹かれるものがあったのだと微笑んで語られ、シホは黙るしかない。



そのときのシホは、ホオリが固まってしまったのを見て、栗の剥き方が分からないのかなと考え、その栗を回収してぱきぱきと剥いてやった。切れ目を入れた厚い皮がぱかりと割れたところで、ホオリの手に戻す。


「…………食べていいのかい?」

「ええ、どうぞ」


おそるおそると言った様子で栗を口に含み、もぐもぐと咀嚼するのを見守っていると、だんだんと口角が上がっていくので、気に入ったのだろうと分かった。

こくりと嚥下したところで、美味しいと呟くので、シホはもうひとつ剥いてやった。自分の好むものを美味しそうに食べてくれて、嬉しくなったのだ。


ただ、老婆の分も手を付けようとするので、そこはきちんと叱っておいた。

ホオリはしゅんとしてしまったが、最後のひとつを譲ってやったらあっさり機嫌を直した。




それから、ホオリはいつもシホに栗の皮を剥いてもらいたがった。

初めて会ったときは、もう次の機会はないだろうと考えていたので甘やかして剥いてやったが、こう何度も来るようになるなら話は別だ。

そう難しいことではないし、剥き方を覚えさせようとしたのだが。


「シホが剥いてはくれないの?」

「自分で剥けたら、好きなときに食べられるよ?」

「シホが焼いた栗しか食べないから、いいかな」

「自分で焼いたら、好きなだけ食べられるのに」

「シホの火で焼いた栗がいいんだ」


どうもこの火の精は、自分で剥く気はないようだった。

シホとホオリは友人ではなく、人間とたまたまやって来ただけの人外者であるので、これ以上歩み寄るのは難しいだろうと、シホは折れた。

多少の手間ではあるが、仕方がないのでそれからもホオリに栗を剥いてやった。




しかし、それが変わったのが、ホオリに火をもらった辺りからだった。


焼けた栗は、まず焚火から出して器に盛って少し冷ましておく。そうしないと、熱くてとても触れたものではない。

だがそこで盛られた山からひとつ、ホオリが手に取るのが見えた。さすが火の精で、熱くないらしい。


「それはまだ剥いていないよ?」

「うん。今日はわたしも剥いてみようと思って」


おやとシホが目を瞬いている間に、ホオリは器用にぱきぱき皮を剥いていき、あっという間に美味しそうな栗の実がぱかりと顔を出した。


「わ、上手。すごいね、ホオリ」


感嘆の声を上げたシホに、ホオリは微笑んでその栗を差し出してきた。


「ん?」

「シホに食べてほしい」


今までのお返しなのかなと、シホが素直に口を開けると、ホオリはそっと栗を口に押し込んで来た。


「どう?」

「……美味しい」


もちろん、いつもの美味しい焼き栗だ。

だが何が嬉しいのか、ホオリはにこにこしながら次の栗に手をかけている。

シホも、自分の分を剥こうと粗熱の取れた栗を手に取った。


「はい」


シホが自分の栗を剥き終えたところで、ホオリが再び栗を差し出してくる。

首を傾げて、自分の分はここにあるとシホが剥いていた栗を掲げると、さっと口を寄せたホオリがぱくりといただいてしまった。


「え?」

「シホは、わたしが剥いたものを食べて」

「うん?」

「それで、わたしのものはシホが剥いて」

「うん??」


シホには何故そうなるのか理解できなかったが、どうしてもとホオリが駄々をこねるので、けっきょくそういうことになってしまった。

このころには、シホにとってホオリという火の精に対する好感度はかなり高くなっていたのだ。




これも後で聞いたことだが。

ホオリに火を与えられたことでシホが神子となり、ホオリとの縁が出来た。そのことで、ホオリからシホに食事を与えることが可能になったのだそうだ。


水の神子としてお社にいたころ、そのようなことは教わらなかった。だが、食事をするほどの交流をしていた神子はいなかったので、それも当然かもしれない。そもそも、人間の姿をとるほどの水の精を見たことがない。


「食事は体内に取り込まれて糧となるものだから、それをわたしが手ずから与えるというのは、……守護をどんどん積み重ねていくようなものだよ。それで縁が深まるんだ」

「縁が深まる……」

「わたしの神子としては望ましいことだから、問題ないだろう?」


そう言われてしまえばその通りだなと、シホは納得した。

もしかすると、シホからホオリに与えることにもなんらかの意味があるのかもしれないと思い至り、そのことに言及したが、火の王は艶やかに笑うだけだった。


こういったことは、ホオリは聞かないと教えてくれないし、笑ってごまかされることもある。だからうっかり知らないうちに、思いもよらない意味を持つ行為に慣らされてしまっていたりする。

やはり人外者とは油断ならないものだと、シホは自分を戒めるのだった。


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