Mとの出会い
物語は小説家の高校時代に遡る。
「だから頼むよ!どうしてもお前に頼みたいんだって」
それは、高校二年生に上がって直ぐの、日差しの煩い5月の校舎だった。
俺は次の授業の為、クラスメイトが動き出す前に移動教室に向かっていた所で、不幸な事に、このヤンキー風情の同級生に捕まっていた。
「だから何度言われたって無理なものは無理だ。無い袖はふれないって言うだろう」
何度断ってもしつこく追い回すこの同級生に、俺はほとほと呆れて果てて、心からのため息が出た。
不満げな声を上げ尚もついてくる、男の名前は宮野時生。
元は入試をトップで通過し、未来を期待された新入生だった。入学式の新入生代表のスピーチも堂々とした声で、妙に整った顔立ちをしていたから、やけに印象に残っていた。
最も、その頃はこんなどぎついピンク髪と、ズボンがずり下がって、下着が尻半分まで露出したファッションなんかはしていなかったが。
優等生を期待された宮野時生は、高校1年生の夏休みが明けた時には、この出立に様変わりしていた。
その時の女子生徒の、ピンクのため息が黄色の悲鳴に変わったことは言うまでもない。
「そこを何とか、大丈夫だってお前なら絶対にできるよ。俺は確信してるんだ。」
耳障りな言葉をまだ言い連ねている。
これ以上ついてこられるのも癪だと思い、足を止めた。邪魔だと言う目線を、隠す事無く向ける。
「だからなんでそうなるんだ。勝手に人の趣味を読んだ上、お前の趣味のバンドの歌詞まで書けなんて、俺なら言えないね」
元々小説を読むのが好きだった俺は、中学生の頃から趣味で小説を書いていた。ただの息抜きだ。誰かに見せるなんて考えた事もなかった。
不幸が起きたのは、去年の十月。たまたま小説を綴っていた大学ノートを机に置き忘れてしまったのだ。異変に気付いて戻ったときに、すっかり人のいなくなった教室にいたのがこいつだった。その手に俺が忘れたノートを持って。
大慌ててで駆け寄る俺に、宮野時生は振り向き無邪気な表情で笑っていった。
「これ、お前が書いたの?すごいな!」
その時、平凡な学生生活の終わる音を聞いた気がする。
幸い宮野時生は、俺の趣味を人に言いふらしたりはしなかったが、その一件以来、この風変わりなヤンキー同級生に事あるごとに追いかけられているのだ。
しかも数週間前からは、文化祭でやるバンドミュージックの作詞をして欲しいなどとせがまれている。
「…第一、小説と作詞は全然違う。作詞なんかやった事無いから絶対に無理だ」
ぼやくように言った言葉に、宮野時生は笑う。
「それは今までだろ?大丈夫だよ、今までやってなかったからやれないなんて決められてない。それにお前、頭いいし」
やれやれとため息をついて片眉を寄せる。
「頭良いのはお前もだろ。自分でどうにかしろよ」
俺の言葉に宮野時生は、首を振って笑みを深めた。
「確かに俺は頭良いけど。俺は自分で何かを生み出すなんて出来ないよ。でも、お前は違う。自分で創作する力があるじゃないか!だからさ、やってみようぜ」
その時の言葉には、妙な説得力があった。
まるでこの男には、その未来が見えている様だった。
なんでここまで俺に付き纏うのか、その真意はわからなかったが、宮野時生の自信過剰さに呆れた。
この先、煩わしい梅雨が待っていると言うのに、これ以上纏わりつかれたら大変だ、という言い訳を盾に、俺はその依頼を承諾した。
まさかこの出会いとこの時の決定が、今後の人生を大きく左右する事になるという事を、当時の俺はまだ知る由もなかった。