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刑務所の扉が開いて、軍服姿の帯刀と安スーツの防衛局長が出てきた。
官僚の大集団が万歳で出迎えた。「真実勝利」「不当逮捕」の紙を掲げる者もいた。
二人は局長の車に乗って出発した。車の前後に、人型上半身にバイク下半身の警察の白バイロボが計四台付いた。信号は全部青で、車は一度も止まらなかった。
局長の車は四ドアセダンの古い大衆車だった。服と同じく、車にもこだわりのない男だった。
どんな車にも自動運転システムとドライブレコーダーが標準装備されていた。計器やミラー、シートベルトはなく、フロントガラスに速度や地図情報が投影されていた。
局長の車も一見ハイテク内装だが、両サイドとバックを映すルームミラーモニターが三枚付いていたし(新車はバックミラー部分にU字のホログラムモニター一枚)、シートやダッシュボードは色あせていた。
局長が言った。
「テロ防止目的での独断専行を合法にするよう、法解釈を変えさせました。
持ちつ持たれつ。互いの欲望を叶え合うのが派閥政治のコツです。俺はこの戦争で防衛大臣、総理大臣まで高速出世する予定なので、防衛省は最も優秀と見込んだ君に仕切らせたいと考えています。
飫肥少佐、江戸時代の蘭学者がギブアンドテイクを何と訳したか知っていますか?」
「与えます、受け取ります」
「愛ですよ。正しくはそう訳す。愛し愛され生きていく。素晴らしい訳だと思いません?」
夜、都内の鉄板料理店で星美の送別会が開かれた。店はガラガラで貸し切り状態だった。戦時の品不足のため、料理は全て時価だった。
一同はしんみりした雰囲気で最後の食事を取った。和柄ネイルの同僚が尋ねた。
「で、若竹島ってどんな所?」
既婚の同僚は島を褒めた。
「最高だよ!海綺麗!東京ケーキおいしい!蛇口捻るとポンジュース!」
くるりんぱの同僚がからかった。
「じゃあ海野さん、代わりに行けば?」
「俺はいいんだけど、子供が東京ケーキアレルギーで」
星美は涙で目が腫れていた。八重歯の上司は彼女に尋ねた。
「社長がどうも売る気ないんだよな。負けたら戦犯逮捕されるから?」
「すぐに勝つからですよ。それにうちは兵器以外にも売り物いっぱいありますから、ここで勝負しなくても」
「君と社長がそう判断したのなら、俺は何も言わない。プンダリーカ作った二人だからね。防衛省には不満しかないが。何で君が金剛台(の防衛装備研究所)じゃなくて、田舎基地なんだ?」
「今、現場は人手が足りないんです。経験者はどんどん採用するという事で」
坊主頭の同僚が話に入ってきた。
「要するに派閥争いですよ。飛ばされたんです。
君もそんな所はさっさと見切りつけて帰ってこいって。退職願は手続きしない限り大丈夫だからさ」
若竹島は風光明媚な内海に浮かぶ、三日月の形の島である。
気候は温暖。空は青く、波は穏やか。石垣の段々畑にミカンが茂り、平地に瓦葺の古民家が密集していた。
人口は三千人。道行く人は野良着かジャージで、通る車は軽トラかワゴンだった。遊ぶ所と言えば、スーパー田辺のゲームコーナーか、カラオケスナック嶋ぐらいだった。
この島の南部に軍の飛行基地があった。兵舎は潮風で錆びていた。舗装が剥げた滑走路に、初期型のニルデーシャ四機が止まっていた。
了介と女性パイロットの清海桃子は、基地司令部の廊下を歩いていた。
清海は透明感のある清らかな女性である。ボーイッシュで爽やかな容姿。中性的なショートのマッシュボブ。スカートの白軍服に少尉の階級章と、正式なパイロットの証である迦楼羅天のパイロット徽章を付けていた。
すれ違う職員は軍曹とか、伍長とかそういう階級ばかりで、誰も彼も若かった。たまに佐官級の幹部将校がいても、白髪だったり、お腹が出ていたりして、一目で予備役と分かった。
透明感は励ました。
「飛ばされたって思ってる?全然、全然。上に掛け合ってようやく来てもらったんだから。すっごい頼りにしてる。何かあったら何でも言ってね」
「こちらこそです。今何人いるんですか?」
「私とあなた合わせて十四人。FL(隊長資格)は私達だけ。TR三人。AR二人。ОR二人。(共に実戦資格。全て取らないと戦闘に参加出来ない)。昨日ウィングマーク(パイロット資格)をもらったのが五人。
明日、ML(指揮官資格)の少佐参謀と、ゴダイの元テストパイロットが来てくれる事になってる。部隊としての形はちゃんと出来るよ」
二人は基地のオペレーター室に移動した。外観は学校の体育館のようだった。
一階フロアにボール型コックピットが十六台設置されていた。体育用具室に当たる場所に、海の見えるパイロット待機所が設置されていた。
「格納庫の機体は来週七連島に全部持っていくって。とりあえず明日演習してもらって、チーム分けはそれからになるかな……」
一機に予備パイロットと整備班を大量に付ければ、一機を何日でも飛ばす事が出来る。機体を量産するのと同じ効果が得られた。防衛省はとりあえず人を増やし、また各基地から機体を根こそぎかき集めて、惨敗の穴を埋めようとしていた。




