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もう俺以外愛さない  作者: カイザーソゼ
11話 懐中電灯の墓標
75/83

11-6

 夜七時、警察の大部隊が再開発地区の円柱ビルを包囲した。

 カーテンウォールの九階建て複合施設である。空き地だらけの再開発地区で一番高い建物だった。

 一階玄関や各階の通路窓辺に、自爆ベストを付けた人質が座らされていた。各階の階段前にはバリケードが築かれて、そこに有線式の無人砲台が配備されていた。

 敵は物陰に隠れて姿を見せなかった。ビル内の防犯カメラは全て破壊されており、また空調ダクト内には敵のロボットゴキブリが居座っていた。内部の詳しい様子は分からなかった。


 七時半、電子戦型の「龍」のニルデーシャ(エイリアン頭に換装している)と、警察の旧式ヘリが飛んできた。

 ニルデーシャは一帯に妨害電波をかけた。

 ビルは停電した。敵は携帯をタップしたが、人質の自爆ベストは爆発しなかった。ネイルチップ付きの両手を動かしても、収納ボックスの中のロボットゴキブリは動かなかった。

 警察の旧式装甲車が発進した。装甲車は体当たりで壁を突き破った。

 旧式ヘリは屋上に着陸した。ヘリから機動隊員が降りてきた。


 六階通路を警備していた特殊部隊員は戸惑った。辺りは真っ暗で、上からも下からも銃声が聞こえてきた。

 トイレからスーツ姿の課長が出てきた。課長はレーザーカッターを抜いて背後から敵に忍び寄った。レーザーカッターの赤い光が、暗がりの中で鈍く光っていた。


 三階、四階は公営図書館だった。局長は四階奥の個室に籠っていた。個室の前には隊長が立っていた。

 隊長は白マスクを脱いで樋口に戻った。彼は小さな声でお題目を唱えた。


「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」


 一階に突入した部隊は二階の無人砲台と打ち合っていた。屋上から進入した部隊は八階の敵に足止めされていた。

 救助された人質は救護テントで医師の診察を受けていた。

 突入部隊に参加していた了介は、南の正面玄関から出て、上空の帯刀に通信を入れた。


「時間ありません。強行突入するので支援をお願いします」

「ビーム打ったらフロア全員蒸発するぞ。照明弾ぐらいだな」

「十分です。合図したら打ってください」

「分かった。いいか?中で問題が起こっても先走るな。時間かかっても絶対助けてやっから」


 了介はレーザーライフルや防弾アーマー、ヘルメットを捨てて身軽になった。


 上空の帯刀機は照明弾を打ち落とした。白い光弾が何発も枝垂れ落ちてきて、辺りは目も開けられないほど明るくなった。

 了介は拳銃を手にビルの壁を駆け上がった。足裏は紫色に光っていた。

 二階の敵は一人だけだった。

 三階の敵は五人いた。通路右側の下り階段前に三人。通路正面は図書館入口で、ここはゼロ。通路左側の上り階段前に二人。人質は盾として無人砲台の前に移動させられていた。

 了介は窓を打ち破って三階通路に突入し、スタンモードで下り階段の敵三人を制圧した。

 照明弾が途切れて、辺りはまた暗闇に戻った。

 図書館の奥から無人砲台が激しく打ってきた。了介は窓辺のプランターの陰にうつ伏せになって隠れた。下り階段の人質が喚いたが、了介は「すぐ救援が来ます!姿勢を低くして動かないでください!」と制した。

 上り階段の敵二人は人質を盾に四階へ逃げようとした。

 了介はプランターの陰で武器を確認した。赤い光弾が毎秒何百発も頭上を通り過ぎた。

 拳銃は玉切れ。残りはナイフだけ。了介はナイフを手にした。

 ここから飛び出しても一人倒せるかどうか。以前なら、それでも躊躇なく飛び出した。だが今は、味方を信じてフォローを待つ。了介はナイフを置いた。

 課長が消火器を手に階段から降りてきた。課長は背後から一人の後頭部をぶん殴り、振り向いた一人の顔を消火器で突いた。二人は階段手前で倒れた。

 課長は泣き叫ぶ人質の襟を掴んで、敵の攻撃が当たらない三階左端のスペースに移動させた。

 了介は「課長!」と叫んだ。


「消火器一本で倒れる相手に命惜しみか?」

「頼りになる上司を待っていました」

「フン。さっさと片付けるぞ」

「はい」


 外の帯刀機はビル北側に降下して、不発ミサイルをダーツのように投げた。ミサイルは三階外壁に突き刺さった。


 外からミサイルが突っ込んできて、図書館奥の壁を崩した。無人砲台は圧し潰された。

 了介は突入に備えて通路右側に移動した。

 課長は気絶した隊員の体を漁って、レーザー拳銃を二丁手に入れた。一丁は自分で取り、もう一丁と、いつも付けているキャプテンアメリカのカフスボタンは了介に投げて寄こした。

 課長が煙幕代わりの消火器を噴射した後、二人は正面入り口から図書館に突入した。

 二人は本棚に上って、その上を走ったり飛んだりした。通路の間には手榴弾のワイヤートラップが仕掛けられていた。

 図書館の中央右側に、四階(図書館二階)に続く螺旋階段があった。


 帯刀機はミサイルを最弱パワーで投げた。ミサイルはビル四階の壁に当たって落ちた。壁にひびが入った。


 館内は震動で揺れた。二人はその間に螺旋階段を駆け上がった。四階にも無人砲台が設置されていたが、揺れで反応が遅れた。

 先に着いた課長は本棚をよじ登った。

 無人砲台はワンテンポ遅れて攻撃を開始した。後続の了介は階段から出られなくなった。

 課長は本棚からジャンプして、天井を逆さまに走った。足裏は紫に光っていた。

 無人砲台は大きく上を向けなかった。課長を見失った無人砲台は、水平に首を振りながら攻撃を続けた。

 四階奥に個室が七つ並んでいた。課長は天井から個室を見下ろした。

 無人砲台の操作ケーブルは六番の個室に引き込まれていた。

 課長は六番の扉に拳銃を向けた。彼の目には六番しか映っていなかった、ように見えた。

 一番の扉が開いて、拳銃を構えた樋口が出てきた。


 帯刀機はビル西側に回り込んでミサイルを投げた。ミサイルは西の壁を突き破り、無人砲台を薙ぎ倒して、東の壁から突き抜けていった。


 了介は階段を出た。辺りには土煙が立ち込めていた。本棚は倒れて折り重なっていた。

 奥の個室の前で、樋口がうつ伏せに倒れた課長の体を漁っていた。彼の血走った目には課長しか映っていなかった。

 了介はピンク色のスタンレーザーを一発打った。樋口は課長の上に倒れ込んた。


 ビル四階の壁が崩れて、個室に籠る局長が露わになった。

 帯刀機は彼に手を差し伸べた。局長は叫んだ。


「お前は一体どっちの味方なんだ!?」

「正義の味方に決まってるだろ」


 孔雀ナルト星の司令は時計を見て立ち上がった。


「始めよう!」


 味方艦隊は母星の二重月周辺に展開していた。

 艦隊の前に、縦に長いひび割れが入った。ひび割れは諏訪湖の御神渡りのように盛り上がって、白い裂け目を生じた。その裂け目は、金色の輪宝紋が複雑に連なった異空間に繋がっていた。

 艦隊は裂け目に吸い込まれて消滅した。


 再開発地区の円柱ビルの電気が回復した。

 了介は軍の輸送シャトルで現場を離れた。貨物室にはコックピットブロックが載っていた。

 了介は操縦席でカフスボタンを調べた。中には小さなメモリーカードが入っていた。

 こにゅうどう君から電話がかかってきた。


「局長の取り調べは任せてくれ。中村は被疑者死亡で書類送検する」

「お願いします」

「……空しいよな、こんな人生。こんな風にだけはなりたくない」

「いえ、懐中電灯ぐらいには輝いていますよ」


 光り輝く円柱ビルが遠ざかっていった。

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