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もう俺以外愛さない  作者: カイザーソゼ
11話 懐中電灯の墓標
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11-3

 警視庁の了介は、軍服姿の星美を警視庁内の科学捜査研究所に呼んだ。

 北地人協会は防諜のために古いパソコンを使っていた。データが入っているフロッピーやカセットはほぼ無傷で押収出来たが、それらを読み込むフロッピードライブやデータレコーダーは破壊されていた。

 科捜研の分析ロボットは、ジュラ紀の地層から発掘されたような8ビットパソコンや16ビットパソコンを前に途方に暮れていた。人間の職員はパソコンの歴史書を開いて一から調べていた。部屋の空気は重かった。

 了介は星美に説明した。


「協会員名簿と渡航記録を照合すれば、寺の位置を確定出来る。だけどドライブは壊されて修理も出来ない。どうしたらいいかな?」


 星美は手袋を付けて、8インチフロッピーを一枚手にした。


「設計図があれば治せるし、新しく作れるよ。分解させてくれればすぐにでも。

 これ、店で百万ぐらいするんだよ?天正大判(戦国時代の金貨)?みたいな」

「ドライブも貴重なの?」

「壊すとか絶対あり得ない。トキ焼き鳥にするみたいな話だって」

「美味しそう」

「そうそうそう、佐渡だけにかねがね食べてみたかったっておい」


 職員はフフっと笑った。部屋の空気が少しやわらいだ。


「分解すれば証拠捏造に問われる可能性がある。弁護士に付け入る隙は少しでも与えたくない」

「じゃあ博物館から借りてくるか、企業の資料庫から設計図借りてくるかだね。古書店に自作本があるかも」


 了介達は国内の博物館や企業、古書店を調べた。時には自ら出向いて交渉した。オークションサイトも漁ったし、電気街のジャンクショップも回った。星美は以前の職場先にも協力を求めた。

 データレコーダーはGIFの重要文化財として宝物庫に飾られていた。星美が頼むと、GIF政府は快く貸してくれた。

 データレコーダーは宝石のようにショーケースに入れられて、警備ロボ付きで科捜研にやってきた。

 3、5インチ/5インチ用ディスクドライブは、都内の美術館「五代東洋美術館」に飾られていた。

 浜離宮庭園似の美術館である。延遼館風の建物の中に、茶器や刀、水墨画、ディスクドライブを内蔵した16ビットパソコンが展示されていた。

 16ビットパソコンの前で、ゴダイの社長は星美に電話をかけた。バイピングジャケットにタックフレアスカートを合わせている。


「板野さん(以前の勤め先の上司)から聞いたよ。3、5と5インチドライブなら用意出来る。どこに持って行けばいい?」


 星美は喜びを爆発させた。社長は携帯から耳を離した。


「社長大、大、大好き!警視庁の科捜研に送ってください!」

「後は何?」

「8インチドライブです!」

「古書店は探してる?」

「探してますけど全然です」

「脇坂町に『やまさと書店』ってすごい本屋があるんだって。一度そこで落ち合いましょ」


 星美は都内東部の古書店街を訪れた。

 全国展開している大型書店から、個人経営の店舗まで、多くの本屋が軒を連ねていた。裏通りには読めない漢字の老舗もあって、掘り出し物が眠っていそうだった。

 やまさと書店は表通りに面した普通の店だった。星美は自動ドアから中に入った。

 本は全てホログラムだった。一番奥のレジコーナーに、緑のユニフォームを着たロボット店主が座っていた。

 値段三桁の本がずらりと並んでいた。古代インド仏教の経典、二百五十万。ドイツ語の軍事書、百六十万……

 写真集コーナーもあった。こちらは一冊五万から十万程度。ローラースケートを履いた男性アイドルの等身大パネルが飾られていた。

 星美は写真集コーナーの一冊に釘付けになった。


 ―「五代茜フォトエッセイ集 フィフティーンプリンセス

 ピッチの妖精茜ちゃんのセキララな素顔がここに!貴重なプライベートショットを収めたファン待望のファースト写真集爆誕!」


 サッカー選手時代の社長の写真集だった。表紙は当時十五才のあどけない社長が、ポニーテールに緑のユニフォーム姿で微笑む一枚。ハートマークのローマ字サイン入りで、これだけ値段が付いていなかった。

 ロボ店主の後ろには高価格帯の本が並べられていた。一番高いのが第二次大戦中のフランス作家の小説の草稿で、二億。

 自作パソコンの本もあった。値段は付いていなかった。


 ―「一から作る8ビットホビーマイコン

 これ一冊であなたのマイコンライフをパーペキサポート!8インチFDDにもあたりきしゃかりきこんこんちきで対応済!バイナラビギナー待ってたホイ!」


 星美はロボ店主に尋ねた。


「この、一から作る8ビットホビーマイコンは幾らですか?」

「売りもんじゃないんで」

「立ち読みは出来ますか……?」


 ロボ店主は無視した。星美は何とか食い下がった。


「あっちに五代茜の本ありましたよね。私、すごいファンで。何でサッカー辞めちゃったのかな……」

「史上最年少でのリーグデビュー。しかもチーム伝統の4―3―3で基点となるRCMを任される大抜擢ながら、デビュー戦でドブレーテの大活躍。元々はピボーテセグンドとして育成されていたそうだが。あの試合を見た誰もが女子フットボールの輝かしい未来を想像しただろう。

 あなた、五代選手のどこが好きなの?」

「……ドラッグシザース!」

「美しいレガテだった。選手として必要な物を生まれながらに全て備えていた。そのオーラが眩しかったな。

 それが中三の冬に妊娠してサッカー止めまぁすだなんて、当時はビッチの妖精じゃねえかクソックソッと思いましたけど、そのクソ野郎のせいで女子の発展が十年遅れた事が今でも本当に悔やまれるなと。杉並選手が定着するまで代表は苦しみ抜いた」


 社長が入ってきた。写真集コーナーを見て、社長は絶叫した。


「うぎゃあああああああああああああああ!」


 ロボ店主もピッチの妖精を見て絶叫した。


「うぎゃあああああああああああああああ!」


 店の前から個人シャトルが飛び立った。ロボ店主は手を振って見送った。彼の隣には、セーラー服姿ではにかむ十五才当時の社長の等身大パネルが置かれていた。妖精時代のローマ字サインと、現在の社長が嫌々書いた漢字のサイン入りだった。


 個人シャトルの中には工作室があった。シーリングライト型の重力ビーム照射装置と、黒ボール型工作ユニットだけのシンプルな部屋である。

 社長は不機嫌そうにヘッドギア(黒ボールとケーブルで繋がっている)を付けて、自作パソコンの本をパラパラとめくって一瞬で暗記した。

 社長は星美に本を手渡した。星美は思い出し笑いしながらヘッドギアを付けて、本の内容を即座に記憶した。


「細かい部分は想像で作るよ。私に合わせて」

「了解です!」


 天井から円柱状の重力ビームが照射された。

 黒ボールは重力ビーム内を飛び回った。二人の操る黒ボールは金属粉を吹き付け、レーザーでそれを焼き固めて、空中に8インチドライブを作り上げていった。

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