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首都西部郊外の住宅街に、プロサッカークラブの練習場があった。
赤青ユニフォームの選手がグランドで練習していた。熱心なサポーターが詰めかけて、プレイの一つ一つに飛びきりの声援を送っていた。
グランドに隣接してクラブハウスが建っていた。ここの応接室で、軍服姿の村田と、ユニフォーム姿の防衛相の息子は面会した。
村田は捜査結果を伝えた。
「事件直前、大臣は杉野から取材資料を預かっています。おそらくこれが原因です。大臣は巻き込まれたんです」
「その資料は?」
「言いにくいですけど、大臣は怪しい市民団体から金をもらっていました。外国のスパイからも。大臣はその癒着団体に……」
「ふざけんなよ。誰がんな事調べろって言った?」
「こういう真実でした」
息子は舌打ちした。
「俺は一生犯罪者の息子かよ。クズの、売国奴の……でも被害者なんだぞ?殺人事件の」
「親と子供は別です」
「止めろそんなの。何の役にも立たねえ」
外からサポーターの歓声が上がった。楽しそうな笑い声や、心からの応援も聞こえてきた。
息子は下を向いた。
「……時間が経てば解決するのかな。こんな事もう忘れて、気にしないで、普通に選手としてやっていけるのかな」
「そういう人もいるけど、正輝君(息子)はそういうタイプじゃないです。俺が仇を討たせてやりますよ。前に進ませてやる。正輝君の人生には伸びしろしかない」
村田は山間のキャベツ農家を訪れた。
新築の芝生の庭で、赤青ユニフォームを着た兄弟が喜びいっぱいで走り回っていた。ユニフォームには息子や現役代表選手のサインが入っていた。
村田と父親のタオルバンダナの男は庭のウッドデッキに座っていた。タオルバンダナは兄弟に「危ないから気付けて走れよー」と声をかけた。
家のリビングで、タオルバンダナの妻が眠る三男を抱いていた。三男はクラブマスコットのサインが入った赤青タヌキ帽子を被っていた。
タオルバンダナは村田に言った。
「定点観測カメラの映像はあるよ。だけど何も映ってないからね?それでよければ」
「あーざっす!」
二人は携帯で定点カメラの映像を見た。兄弟も興味津々で寄ってきた。
三月二十八日の深夜一時。カメラは真っ暗な山林を映していた。
一時八分。かすかにではあるが、車のエンジン音が聞こえた。
警視庁の了介は軍服姿の元ヤンを会議室に呼んだ。彼女は車のエンジン音を聞いて車種を特定した。
「ミズデンの人工エンジン音四号。三速に上がる時に付点のリズムが半音ぶれていますよね?
現場周辺を走っていたミズデンの白い二代目アローダイ、ガーラ、チロル、リンクス、ティルトを調べてください。ニ代目は五速まで入る高速車なので、ストレートでの加速性能で初代と区別出来ます」
室内のホログラムモニターに、都内の地図と、三つの白い光点が表示された。光点は北東の渓谷から都心部へ移動した。
元ヤンはこにゅうどう君に指示した。
「この三台とマンション住民の車の動きを重ねてください」
数十個の赤い光点が地図上に現れた。白光点と赤光点がすれ違うと、その場所はピンクに変わった。地図上にピンクの点が幾つか浮かび上がった。
「マンション住民のリスト。所有する車種も」
ホログラムモニターが新たに複数枚現れて、マンション住民のデータが表示された。
元ヤンは細眉の証券マン、一色善良の名前をタップした。
地図上の白、赤、ピンクが一気に消えて、ピンクの点が一つだけが残った。
「一色が乗っているイタリア車は散歩させて賢くしないと使えません。無人で長時間走らせても言い訳が立つのはイタリア車と運送トラックだけ」
元ヤンは残ったピンクの点をタップした。
別窓がポップアップして、立体駐車場入り口の防犯カメラ映像が表示された。
二十八日の夜十時二分、大規模商業施設「ワーボ 友潟店」の立体駐車場に赤いスポーツカーが入っていった。アングルは正面見下ろし。時間は二秒程度。
車内は無人だった。座席にはシートベルトが付いていた。
夜十時十五分、駐車場から赤いスポーツカーが出てきた。
後部座席のシートベルトの位置が変わっていた。入る時は座席にかかっていたのに、出る時は座席と壁の間に挟まっていた。
元ヤンが「分かる?」と尋ねると、了介は「うん」と答えた。
元ヤンは全く分かっていないこにゅうどう君に説明した。
「入る時と出る時でシートベルトの位置が違います。トランクを開けて乗り込んできた犯人が、後部座席を倒して、足元に隠れて、また座席を元に戻した跡。
アローダイと川添運輸(首都攻撃に関わったカルト信者が務めていた会社)のトラックの動きを重ねてください。私は友潟のワーボを調べてきます」
元ヤンはドアに向かって歩きながら振り返った。
「高倉君、私、最高にやる気だよ!」
元ヤンは地元警察とワーボの立体駐車場を調べた。
警察は野球ボール大の白黒ボールを各階に飛ばして、青い科学捜査ライトを照射した。
元ヤンは五階を調べた。白黒ボールの青い光に照らされて、天井に付いた紫色の足跡が浮かび上がった。
元ヤンの携帯に、こにゅうどう君から電話がかかってきた。
「少尉、私です!アローダイと川添運輸のトラックが、香原駅の地下駐車場で乗り換えていました。歩容パターンは和泉と一致!」
こにゅうどう君は駅地下の駐車場を調べていた。線だけのホログラム人間が、天井の紫の足跡を歩いていた。
「和泉は江南空港からフェリーで移動しています。今、捜査員が船の方に。証拠が固まり次第、一色とアローダイオーナーを逮捕します」
フェリーの天井にも和泉の足跡が付いているだろう。一色を逮捕してマンションの地下駐車場を調べれば、ここにも和泉の足跡が残っているだろう。これで逮捕状を請求出来る。
元ヤンはこにゅうどう君に頼んだ。
「オーナーのデータを送ってください」
「樋口長成。『HAGAKURE 新関メルサス店』の店員です。今詳しい情報送ります!」
元ヤンはHAGAKUREのHPを開いた。
繁華街のスポーツショップである。店員紹介ページに、インバネスコートの男、樋口長成の顔写真とコメントが載っていた。
―「アメスポ担当の樋口です!学生時代はアメフト部に所属していました。アメフトって漢字で何て書くか知っていますか?鎧球ですよ!鎧球!店で見かけたら気軽にお声かけください!」




