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帯刀は刑務所に収監された。
面会室で、スーツ姿の作戦局長と囚人服の帯刀は面会した。帯刀は無実を唱えた。
「俺は罪を犯したとは思っていません。すぐに、必ず戻ってきます」
「それは裁判所が決める。ただ、お前にそうさせた責任は俺にある。罪は償うよ」
「防衛局長は無罪放免ですか」
「……責任の取り方は彼が決める」
「防衛局長は防衛省のトップとして、国家予算の半分を左右出来る巨大権力を手に入れました。誰が彼に責任を取らせるんです?大臣の死を自殺として早々に処理した警察ですか?敵が間近に迫っているのに侵略戦争の法的定義を始める政府ですか?
あなたが怖くてやれないと言うなら、俺がやります」
防衛省の、昼間からカーテンが締め切られた会議室に、企業幹部や大学の研究者、軍の技術将校が集められた。星美は社長と一緒に座っていた。
社長は渡された資料に赤線を引いた。
―「金色蝶兵団」
―「統合幕僚部直属の特殊部隊」
―「戦力に劣る敵の切り札」……
担当官はホログラムモニターを使って説明した。
「これから皆さんにお見せするのは、現在の国境宙域の映像です。専門的な見地から、忌憚のないご意見をお聞かせください」
画面に軍艦三百隻分の残骸が映し出された。
淡路島ほど大きな空母から、屋形船程度のミサイル艇まで、大小様々な軍艦が四分五裂に破壊され、宇宙を漂うデブリと化していた。霧状に立ち込めた大量の破片の中に、オーストラリアと同じ大きさの花が一輪咲いていた。
花びら一枚一枚が孔雀蝶の形をした、鮮やかなケシの花である。花びらは今にも羽ばたきそうに蠢いていた。おしべからはオレンジ色に光る粒子が吹き出ていた。星々が瞬く宇宙空間で、蝶の赤花は毒々しい輝きを発して咲き誇っていた。
参加者は言葉を失った。社長もモニターに釘付けになった。
社長の隣からペンを走らせる音がした。見ると、猫背の星美が必死に計算式を書き出していた。社長は慈しむように微笑んだ。
首都西部の住宅街に、記者一家が生前住んでいたマンションがあった。
十階建てのマンションである。地下駐車場にはシャッターが下りていて、契約車しか通れないようになっていた。
正面玄関前の献花台に、住民が花やお菓子を供えていた。ブラックスーツ姿の了介と徳さんも、彼らに混じって白菊を供えた。
幼稚園児の手紙があった。誤字だらけのひらながで、精一杯友人を弔っていた。幸せそうな妻が写った社員旅行の写真もあった。しかし夫関係の物は見当たらなかった。事件は記者の夫が起こした心中事件という事で処理されていた。
二人は手を合わせた。
孫のように思っていた老人は、こらえきれずに泣き出した。若い母親はすすり泣いた。子供は死の意味も分からずに、「コウ君、いつ天国から帰ってくる?」と母親に尋ねた。
二人は献花台から離れた。徳さんは了介に言った。
「お前、しばらく田舎に隠れていろ。いずれ局長は高転びする。焦って組んだらこっちまで粛清されるぞ。今は田舎最強だ」
「徳さん、事件の捜査資料を手に入れる事って出来ませんか?」
「お前はスパイだ。戦争の勝利を追え」
「今回の開戦、不可解な事が多すぎます。杉野記者は何かを掴んだために殺された。犯人を追っていけば、この戦争の謎が見えてくる」
「明らかな殺人が光の速さで一家心中にされた。相手は血統書付きの狂犬だ。俺は止めたからな?」
「犯人逮捕の邪魔をするなら、俺は誰とでも戦います。警察とも、政府とも、局長とも、地桶とも」
(続く)




