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もう俺以外愛さない  作者: カイザーソゼ
9話 寂静の太陽
62/83

9-7

 警視庁から司令とチベットが出てきた。二人はタクシーに乗り込んだ。

 タクシーは防衛省へ向かった。車内で司令が言った。


「解決した風な空気を出しているが、何も解決していないぞ。新たな疑いが増えただけだ」

「空気で疑われたんだから、空気で解決しますよ。明日からは堀内一色になって、半年後にはどちらの事も覚えていない。ですが小久保さんは違います」

「中村もだ。押収した資料の中には、中村が堀内に持たせたフェイクも混ざっているだろう。あいつは警察を使って小久保を殺そうとした」

「小久保さんが健在な限り、私達はいつか必ず刑務所に送られます。今回は助かりましたが、あの人は何度でも、逮捕出来るまで罪をでっち上げる。中村さんの仕掛けに乗れば私達も助かる」

「冤罪で逮捕させろと!?」


 司令は声を荒げた。チベットは腕を組んで、シートに深く座り直した。そういえばこういう男だったと、チベットは今更ながらに思い出した。

 司令の携帯が震えた。帯刀からだった。司令はスピーカーモードに切り替えた。

 チベットは感謝した。


「ありがとう。お礼に何をしたらいいかな」

「杉野記者一家心中事件の犯人を捜しています。犯人は地桶の工作員です。警視庁、外務省、法務省が連携態勢を取らなければ逮捕出来ません。その調整をお願いしたい」


 司令は呆れた。


「変わったな。昔一番憎んでいた人間に、今自分がなっていないか?」

「小久保を潰すためなら俺は幾らだって変わりますよ。

 事件には小久保と犯人の支援組織も絡んでいます。連携態勢が確立され次第、小久保の逮捕と支援組織への強制捜査を同時に行いたいと考えています。

 罪状は反乱罪です。小久保は情報局の特殊部隊を独断で無勝荘厳に投入しました。証拠は全て揃っています。逮捕の際は激しい抵抗が予想されるので、兵力使用の許可を出していただきたい。

 皆が得するいい案です。一時的にも協力してくれませんか」


 司令は少しの沈黙の後、「分かった」と同意した。

 チベットは一安心して外を見た。

 ビルの電光掲示板に、「地桶共和国軍の矢田堀統幕議長戦死 防衛省発表」というニュースが流れた。通行人は足を止めて電光掲示板を見上げた。

 チベットが言った。


「先の読める人間は証拠の処分を始めるでしょう。ここからはタイムアタックです」


 容疑者は身を守るためなら嘘もつくし、証拠も隠す。

 議長戦死のニュースは関係者を焦らせた。彼らは紙の資料をシュレッダーにかけて、庭の家庭用焼却炉で燃やした。携帯やパソコンはレーザーカッターでコーンフレークほど細かく砕いた後、局長の息のかかった処理業者「田中リサイクル」「安治川産業」のトラックに引き取ってもらった。

 連携態勢が確立され次第、警察の強制捜査が始まる事になっていた。しかし局長派№2の警視庁副総監は未だ健在だった。関係者が証拠を全て消し終わるまで、副総監は強制捜査を先延ばしに出来た。


 農業コミューン「北地人協会」は原生林を切り開いた開拓農場である。ここで五百人余りが自給自足の農耕生活を送っていた。

 警視庁内の反局長派は、小型カメラ搭載のロボット鳥を原生林に放って、支援組織最有力の村を見張らせた。スパイ鳥の映像は警視庁のモニタールームに送られた。

 時代劇のロケセットのような村だった。和服にわらじの人々が、鍬を振るって畑を耕し、柄杓で肥料を撒いていた。水は井戸、燃料は薪で賄われた。子供は村内の寺小屋に通った。

 村の前の駐車場に、北地人協会の軽トラックが止まっていた。村の野菜や鶏卵はこの軽トラで出荷された。

 近隣住民との関係は良好だった。村民は外出の際はボーラーハットとスーツに着替えて、住民への挨拶を欠かさなかった。

 怪しい動きはなかった。証拠を燃やす煙が大量に上がったり、対応を協議するために幹部が何度も村役場に出入りしたり、といった事は起きなかった。サーマルカメラ搭載のロボット鳥を使えば、温度差で室内の様子もある程度分かるのだが、家の中で分からないように資料を燃やしている、といった事もなかった。


 スーツにインバネスコートの男が墓地を歩いていた。

 インバネスコートは駐車場に止めた白いライトバンに乗り込んだ。車は自動運転で出発した。

 インバネスコートは墓地から掘り出したメモリーカードを携帯に差した。「樋口先生へ」という文章が入っていた。


 ―「樋口先生へ

 このような形で申し訳ありません。中村を折伏しました。お会いするのを楽しみにしておりましたが、今回は急いで成生島に戻らせてもらいます。早く上人にお渡ししたいのです。

 嫌なニュースが続いています。しかし私は現在の状況を全く楽観視しています。日蓮大聖人は神風を吹かせました。ならば、大聖人の使いたる妙新聖人が何故吹かせられないと思うのか。我々は必ずや法戦勝利を勝ち取るでしょう!

 南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経!」


 敵国首都の中心部に、白亜の大統領官邸が建っていた。

 神輿を担いだ僧侶の集団が廊下を歩いていた。神輿には黒茶色の首無し人骨が乗っていた。一行の先頭はカンフーが務めていた。

 警備員やスタッフはいなかった。一行は無人の廊下を進んで、大統領執務室の前までやってきた。

 カンフーは執務室の扉を開けた。大統領はウォールナットの机で仕事中だった。

 カンフーは合掌して、大統領にお題目を唱えた。


「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」


(続く)

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