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朝、了介は若竹島のパイロット宿舎から出た。ハーフトレンチコートにアンティークジーンズに合わせていた。
軍服姿の帯刀が後からやってきて、了介に声をかけた。
「今司令部から連絡があって、パイロットは無期限待機だそうだ。取り調べが終わるまで島から出るな」
「分かりました。勝手に動くと思っているのかな」
「前科あるしなあ。どっか行くなら送ってくぞ」
二人は帯刀の車で出発した。車内で了介が言った。
「道の駅あるじゃないですか」
「あー、柚子湯の温泉あるとこな」
「警察の方にお世話になったので、お礼の品を送ろうと思っていて」
「タルトでいいんじゃね?」
「ちゃんとしたのを送りたいなって」
「お前今、島の全部族敵に回したぞ」
二人は道の駅の売店で品物を見て回った。帯刀は了介に尋ねた。
「俺は防衛省の事は全然分かんねーんだが、三好ってどういう奴なんだ?」
「抜け目のない政治家タイプ。敵でもなければ味方でもない、そういうグレーゾーンを広げていくのが上手かった。
官僚の出世コースには、官と民間を行き来しながら徐々に偉くなっていく回転ドアコースというのがある。三好課長も追い出されたように見えながら、実はこのコースにしっかり乗せている」
「簡単には落ちなそうだな」
「江南事件の犯人とゴルフに行く仲だからね」
二人はこにゅうどう君に酒を買って送った後、基地に戻った。
パイロットは待機所で霧の森大福のもぐもぐタイムを取っていた。
村田と元ヤンはオペレーター室で新型機の実験データを取っていた。了介は村田へのお礼に、一平君のぬいぐるみをコックピット脇に置いた。
二人は図書室で紙の財務データを手分けして読んだ。今朝こにゅうどう君から送られてきたもので、カステラほど分厚かった。
パイロットスーツ姿の星美と透明感がやってきた。帯刀は星美にも読ませた。
透明感は財務データの読み方が分からなかった。邪魔しないように、「何かあったら呼んでね」と小声で言って立ち去ろうとすると、星美は素早くページをめくりながら、「隣いて。力が湧いてくるから」と答えた。
透明感は星美の隣に座った。二人はエヘヘと笑い合った。
帯刀は透明感に説明した。
「八幡の支援組織の中には、法人格を持たないNPОや労組が幾つかある。幹部は法人課税されない会費を個人の飲み食いやマイホームの頭金に当てる一方で、八幡にミカジメ料として納めていた。
組織の会費を私的に使えば、それは個人所得になる。税金を払わなければ所得税法違反になる」
「つまり、大臣は悪い人ですね」
「ざっくり言うとな。マネロンは分かるか?」
「マネーロンダリング」
「犯罪で稼いだ金は、出所をはっきりさせない内に使うと、税務署に嗅ぎ付けられて犯罪がばれる。だから例えば、犯罪で百万稼いだヤクザが会社を作って、会社の売り上げを実際より百万多く税務署に報告したとするだろ。そうすると犯罪の百万はまっとうな手段で儲けた百万になって、堂々と使える」
星美は芸能事務所に注目した。
「この『慈徳奨励会』。照石疑惑の第三者委員会に見せてもらった事がある。
ここは出所者の生活再建支援を謳って、芸能事務所を運営しているのね。懲役十年の芸能プロデューサーとか。だけど実際は反社のマネロン装置になってる」
奨励会ではアイドルの物販で稼いだお金という事にして、税務署の調査を逃れていた。反社会勢力と組んだマスコミが「今アイドルがブーム。一千万使うファンもいる」と盛んに報道すれば、税務署は鵜呑みにして簡単に通してしまう。
「それで三月二十六日の夜八時、大臣は衆院会館の事務所からチャリティ品名目の小包を奨励会に送っている」
帯刀が推理した。
「クズオブクズがただで殺される訳ねえよな。当然保険はかけていただろう。大臣は杉野から預かった資料のコピーを奨励会に送ったが、中村に奪われた。まあ、預かり先が変わっただけだ。改めて取り戻せばいい。
確認するが、道重は無罪なんだよな?」
星美は断言した。
「それはもう間違いなく。フェアな人ですから。絶対に無実は証明されるって信じてます」
了介は否定した。
「証拠がなければ作ってくるし、今回切り抜けても第二、第三の疑惑を仕掛けてくるでしょう」
「卑怯じゃん!」
「だから無実を証明するより、警視庁内の局長派を何とかしないと」
透明感は三人に言った。
「とりあえず司令部と連絡を取りましょう。奪還作戦に使うために私達をキープしている可能性があります。向こうが暴発する最悪のシナリオは避けたい」
了介は頷いた。
「今回の攻めを凌ぎきれば、パワーバランスもまた変わってくる。集中を切らさず最後までプレイしよう」




