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司令は警視庁の取り調べ室で、エイの裏側似の刑事「世良敏」の任意聴取を受けた。
司令は疑惑を完全否定した。
「軍が政治家の機嫌を取るために工場を作った事実はないし、また私もそのような企てに参加した覚えはない。警察は不確かな証言を元に事件を作ろうとしている」
「喧嘩腰にならないでください。私はあなたの疑いを晴らす味方です。弁護士を呼ばなくてもよろしいのですか?」
「弁護士は犯罪者の味方だろ?私はやましい事は何もしていない。一市民として、聞かれた事には全て答える」
「ありがとうございます。先日、木下装備長官は『私を裁いて欲しい』と資料持参で警視庁を訪れました。資料には司令の名前も載っていました。この件に関して幾つか質問させてください。
軍隊には部隊を動かす用兵部門と、兵器を作る造兵部門があるそうですね。木下長官は造兵部門のトップだった」
「実際の造兵トップは予算を握る小久保防衛局長だ。用兵部門の人間は金の話はしない」
「長官は佐藤代議士から要請を受けた後、両部門の関係者と協議したと証言しました。用兵部門のトップは当時作戦局長だったあなたですね。それは実質上も?」
「間違いない」
「協議した事は覚えていますか?」
「私は賛成派だった。これは北辰日報が公開した盗聴データでも確認出来る」
エイの裏側は資料を置いた。
「ニルデーシャブロック7のサブライチェーンは、安全上必要最低限の数の会社で賄われています。照石工場新設はこのバランスを崩しかねない判断だった。
敵は輪の最も弱い部分を攻めてきます。中小企業の部品工作機械をハックして欠陥部品を作らせる、とかですね。何故そんなリスクを背負う必要があったんですか?」
「ブロック7は大変優れた兵器だ。新人パイロットでも簡単に曲芸飛行が出来て、戦場把握能力はプンダリーカより高い。リスクを負っても量産する必要があった。特に当時は地桶が脅威だった。そして実際に戦争が起き、量産されたブロック7は活躍している。サブライチェーンが切れた事も、ハッキング事件も起きていない」
「トライトモエの三好正人さんはご存知ですか?当時あなたの下で作戦課長を務めていた方です」
「よく知っている」
「長女の三好若葉さんは、佐藤代議士の弟が理事長を務める薬師医科大学の優秀な学生さんです。三好さんの諸案件の推進力はあなた以上だったと証言なさる方もいます」
「三好君とはもう話したのか」
「いいえ。今日任意でお伺いする予定です」
「証言なんて当てにならない。用兵部門トップとして決定権を持つ私の会議における発言は、全て録音、録画されている。それを見て判断して欲しい」
「今日は長くなります。司令部に連絡なさってはいかがですか?」
首都南部の高級住宅街に、ハーフティンバー様式のチベットスナギツネの家があった。門には防犯カメラが付いていた。
自宅前に車が止まって、刑事数名が降りてきた。べっこう眼鏡の刑事「水島倫太郎」がインターホンを押して警察手帳を見せた。
「おはようございます。警視庁の者です。三好正人さんに江南空港爆破事件でお伺いした事がございまして、こうして参った次第です。お忙しいとは思いますが、是非捜査に協力していただきたい」
チベットが玄関先に出てきた。ガジロウの刺繍入りスカジャンを着ていた。
「おはよう。弁護士を呼びたいんだがいいかな?」
チベットの家の中はシルバニアファミリーのようだった。台所の寸胴鍋で、二つに折られた携帯がトマトと一緒に煮られていた。
首都北部の宇宙港に、滑走路を一望出来る展望デッキレストランがあった。
パッチジャケットの男が落ち着かない様子でコーヒーを飲んでいた。彼は何度も滑走路を見下ろしたり、店内を見回したりしていた。
フライトの時間がやってきた。パッチジャケットは駆け足で店を出た。




