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もう俺以外愛さない  作者: カイザーソゼ
7話 Joy Soldier
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7-3

 首都南部の再開発地区に、新築のタワーマンションが建っていた。村田はこの最上階にある防衛相の家を訪ねた。

 広さは3LDK。家具はオーストリア製のビーダーマイヤー様式。リビングの窓から、新築マンションとトタン屋根の平屋が混在する景色が見下ろせた。

 リビングの隣に立派な仏間があった。村田は仏壇に手を合わせた。

 一通り終わった後、村田と防衛相の息子はリビングで話をした。

 息子は赤青カラーのクラブTシャツとハーフパンツ姿。ふくらはぎはカマキリの卵のように盛り上がっていた。


「父は偉大な政治家だった。葬式を見れば分かる。だけど役所の中では嫌われていた。軍で来たのはお前だけだよ」

「理想に燃える方でした。弱者の味方で。そのため敵も多かった」

「警察が何と言おうと、俺は殺されたと思ってる。ずっと個人で捜査もしている。まさか止めに来たなんて言わないよな?」

「俺は真実を明らかにするために来ました。こっちの捜査に協力してください」

「そこまで来るときよきよしいよ」


 カマキリの卵は黒革の手帳と、レシートいっぱいのビニール袋を机に置いた。


「父の日記帳だ。何か疑惑を立てられた時、すぐ反論出来るようにしっかり書かれてある。レシートだって全部残してある」

「あざっす。拝見させてもらいます」


 村田は手帳を確認した。

 日記というよりアリバイ証明書だった。「A月B日C時 ホテルDラウンジにて E会のF様からご芳志G円をいただく。忝し」 といった文章がひたすら並んでいた。

 支援団体は「○○を許さない市民の会」とか「××労働組合」といった組織が多かった。マスコミ関係とも度々面会していた。杉野の名前もあった。

 杉野と最後に会ったのは三月二十六日の夕方である。


 ―「万協二十七年三月二十六日 PM 十八時〇〇分~十八時四十五分 北辰日報の杉野清彦様 衆院会館内の弊所を訪れる アポなし 迷惑至極」


「正輝君(カマキリの卵)は杉野記者一家心中事件って知ってます?この二十六日夕方の杉野って、その杉野ですよね?迷惑の割に四十五分も会ってます」

「殺人犯と付き合いがあるのはそれを見て初めて知ったよ。父の唯一の汚点だ」

「杉野は大臣を勝手に仲間だと思っていました。

 大臣に会う前、杉野は取材資料を下ろしています。杉野が集めた資料は大臣に渡り、そして真犯人に奪われた。そういう風に考えられません?」

「取材資料って何だ?」

「分かりませんけど、間違いなく事件に関係する事です。

 俺はこれから中津渓谷を調べてきます。相手やばい連中なんで、正輝君は普通に生活する振りをして、向こうを欺いてください。その間に俺が動きます」

「分かった。そっちも気を付けろよ。

 お前、軍人になって良かったんじゃないか?ジュニア時代より生き生きしてるよ」

「そうかなあ。昔と同じ事ばっかり言われてる気がします。勝手すんな、周りを見ろ、お前はマラドーナじゃねえんだぞ!って」


 村田は車で中津渓谷のホテル「滝のお宿中津」を訪ねた。防衛相が最後に目撃された場所である。

 山間にある瓦葺の温泉旅館だった。落ち着いた雰囲気の大人の宿で、駐車場にはお忍びセレブの高級車が並んでいた。旅館の前には川が流れていて、河原を歩いていけば上流の自殺現場に着いた。

 村田は受付で軍のIDカードを見せた。


「こんにちは。若竹島基地所属の村田雄翔と申します。防衛大臣の件で……」

「その事でしたら、取材はお断りさせていただいております」

「いや取材じゃなくて……」

「警察を呼びます」


 村田は平謝りして逃げ去った。


 村田は近隣のキャベツ農家を訪ねた。現場から走り去る不審車を録画した住民の家である。

 北欧モダンの新築だった。玄関に防犯カメラが付いていた。家の前を道路が走っていたが、通行量はほぼゼロだった。

 玄関先で、赤青カラーのユニフォームの小学生兄弟がボールを蹴っていた。村田は「こんにちは」と二人に挨拶した。兄弟は少し頭を下げると、恥ずかしがって家の中に隠れてしまった。

 家の隣に広い畑があった。村田が訪れたのはちょうど春キャベツの収穫時期で、キャベツ用ハーベスターが畑を走り回っていた。

 オラついた男が畑に立っていた。頭にタオルバンダナを巻いて、藍染の野良着を着ていた。

 村田は軍のIDカードをタオルバンダナに見せた。


「こんにちは。若竹島基地所属の村田雄翔と申します。防衛大臣の件で……」

「その事なら警察に全て話しました。向こうから聞いてください」

「何か思い出した事はありますか?警察にもまだ話していない事は?」

「ないです」

「キャベツ美味そうだなー。少しいただいても?」

「金払ってくださいよ」


 村田は二百円払って泥だらけのキャベツにかぶりついた。中から虫がにょろりと出てきたが、村田は虫ごと咬みちぎった。緑色の体液が飛び散った。

 村田は緑色の笑顔で「うっわ、超美味いっすね!」と褒めた。タオルバンダナは引いた。

 タオルバンダナは少しだけ話をしてくれた。


「三月二十八日の深夜一時頃、ドドメ淵の方から車がやってきて、家の前を通りました。私は下の子を寝かしつけていたので、音だけしか聞いていませんが、玄関の防犯カメラに白いワゴン車が映っていました。警察にはそう証言して、映像も任意で提出しました」

「それを見せてくれませんか?」

「警察に提供して、そのまま行方不明です。マスコミにも同じ話をしましたが、記事にしてくれません。

 軍人さんね俺、正直怖いんです。子供も出来て、仕事も上手く行って、ようやく人生楽しくなってきたのに、こんな事に巻き込まれたくない。だから悪いけど、そっとしておいてもらえませんか?」


 村田は畑の定点カメラを見つめた。

 畑と山林の境界線に、害獣対策の電気柵と定点観測カメラが設置されていた。カメラは山林を向いていた。

 玄関の映像は処分されたが、こちらの方には何か、車の音だけでも入っているかもしれなかった。しかしこちらを見せてもらうには、更に戦場で活躍して、タオルバンダナの信用を得なければならなかった。

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