1-4
南岸の立体駐車場の近くに、自然公園があった。時間は朝の八時頃。公園の桜は満開だったが、人々は足を止めずに通勤、通学していた。
了介はヤカラ丸出しのサイコビリーファッションに着替えて、がに股でベンチに座り、金色のドクロの盃でファンタグレープを飲んでいた。
小学生が怖がって一一〇番した。十秒で交番からカラーコーン型の浮遊警備ロボが飛んできて、身分証の提示を求められた。
了介は「会社員 小田清隆」名義の身分証を出して、「今日は休日で、今友人を待っている所です」と釈明した。カラーコーンは「節度ある行動をお願います」と釘を刺して帰っていった。
了介はベンチを離れた。何かしでかさないかと、別のカラーコーンが後から付いてきた。
カラーコーンが止まった。自販機の電源も落ちた。
公園のあちこちから、「何これ?」「何で繋がらんの?」と声が上がった。携帯も通じなくなっていた。
了介の黒い携帯が震えた。これは軍の特別回線を使っているのでまだ大丈夫だった。
了介は桜の林に入って、徳さんと電話で話した。
「カルトが地桶の支援で武装テロを起こした。お前は今から篠山口の梶谷立体駐車場の二階へ向かえ。Bの八に輸送トレーラーが止まっている」
公園の人々は空を見上げて叫んだ。「見せろ」と徳さん。了介は携帯を空へ向けた。
ダブルデルタ翼の緑の小型単発機が八機、密集体型で北へ飛び去っていった。
「ああ、地桶の嘉風だな。衛星、レーダーは敵の手の内と考えろ。通信も傍受されてる。敵の狙いは内丸の官邸か、吉倉門の官庁街だ。バレずに行けるか?」
「はい。御弓川リバートンネル経由で内丸へ向かいます」
徳さんと課長、防衛局長の三人は、防衛省四階の一室に籠って、事態の推移を見守っていた。
サイレンが鳴った。庁内放送が避難誘導を始めた。
「非常事態宣言が発令されました。職員の皆さんは直ちに庁舎から避難してください。慌てず、落ち着いて行動しましょう。繰り返します、非常事態宣言が……」
課長は防衛局長に「官邸は?」と尋ねた。
首相官邸には大臣の他、各省の役人も詰めており、その中の数名が防衛局長に情報を流していた。
防衛局長は携帯を弄りながら答えた。
「何かね、侵略戦争の定義から議論してるみたいです」
北部郊外の基地は勝手に出撃しようとしていた。彼らは防衛省の目を逃れるために、この瞬間まで死んだ振りをしていた。
格納庫から「ニルデーシャ」四機が出てきた。
クリップドデルタ翼の白い小型単発機である。ステルス性を考慮して、武器は全て内蔵式だった。
別の格納庫から戦闘シャトルが出てきた。水泳のビート板型シャトルで、対地攻撃用の重装備を搭載していた。
シャトルの貨物室には白い戦闘ロボが多数収容されていた。バイク用フロントカウルに両手を付けた上半身+馬の下半身のケンタウロス型で、レーザーライフルで武装していた。
パイロットは基地内のオペレーター室から遠隔操作していた。
自動車のショールームのような部屋だった。広いフロアに、軽自動車サイズの丸いコックビットブロックが複数置かれていた。
無人化の進んだ軍隊だった。戦場で死ぬ事はまずなかった。
ビート板型の非武装輸送シャトルが飛んできた。シャトルは基地上空を旋回しながら呼びかけた。
「直ちに戻りなさい。奉勅命令(国王の命令)は下りていません。直ちに……」
作戦局長は殺気立つ基地司令部に一人で乗り込んだ。
司令は焦った顔で振り返った。作戦局長は右手を出して、「検束はしたくない」と胸の略章(軍人の証)を渡すよう迫った。司令は抗弁した。
「私は防衛法に基づき、正当なスクランブルをかけただけです!」
「ただ今、首都上空では全ての飛行が禁止されている。やるなら一人でやれ。部下を反乱軍にするな」
司令は胸の略章を剥ぎ取って手渡した。局長は武田信玄似の副司令に臨時指揮を取るよう命じた。
「樺山君。ここの指揮は君が取れ」
「了解です。局長、富士川基地の様子も怪しくなっています」
「そちらには三好君を送った。俺は益国に向かう」
「本当に政府は命令を出してくれるんですよね?」
「ああ。だから信じて待っていてくれ」
別の基地に派遣されたチベットスナギツネは、怒る基地司令をなだめていた。
「こんな事で、これから勝てるはずがない!」
「今後の戦略は純粋に物量が左右します。向こうの矢田堀統幕議長は作戦の神様と呼ばれてるそうですが、そういうスーパー参謀やスーパー部隊に頼らざるを得ない、古くて貧しい軍隊なんですよ、向こうはね。
確かに地桶対政府なら心もとない。ですが、地桶対あの男なら?」
防衛省の三人は、避難誘導に従って庁舎から避難していた。周りは半狂乱でパニック状態だった。
「あの男」は携帯を弄りながら官邸の様子を教えた。
「今はね、閣下が滅茶苦茶切れてる。だから俺言ったろ?みたいな感じで」
防衛大学の教官室に、基地職員が血相変えて駆け込んできた。
「ただ今敵部隊が官邸に向かって移動中です!不測の事態に備えて学生の避難、誘導をお願いします!」
教官達はざわついた。帯刀は窓から外に出た。
ある教官が「飫肥大尉、戻りなさい!」と止めた。受け口も「参謀らしく行動しろ!」と止めた。別の教官が叫んだ。
「今出ていったら懲役五百年だぞ!?」
帯刀は振り返って、強い目で睨んだ。
「なら、先生方が出撃してください」
教官達は下を向いたり横を向いたりするばかりで、誰も帯刀の目を見る事が出来なかった。
「こっちを向いてください。俺はお前達が育てた理想的な生徒だぞ?」
「命令は絶対だ。飫肥、軍で生きていくっていうのはそういう事なんだ」
「俺は軍隊で死にたいんだよ!」




