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綺麗な木造図書館だった。書架は年と機関で分けられていた。了介は兵事撮影社の棚を探した。
大正九年から昭和二十年までに出版された兵事撮影社の全ての本が、書架にずらりと並んでいた。銀河精神の統制もあった。
当初、会社は「兵隊さんの美味しいご飯」「もっと知りたい台湾バナナ」といった本を出していた。しかし徐々に「マルキストよ お楽しみはこれからだ」「日の丸飛行隊 炎の大進撃」となり、最後は「都市戦闘の手引き アメ公はナタ・包丁でも殺せる!」「死んだら終わりと思ってないか」となった所で終戦を迎えていた。
昭和四年以降、会社はスピリチュアルな本を手掛けるようになった。世界恐慌の年なので神にすがるのは分かるが、この年から空前の好景気に沸いた昭和十一年までスピリチュアル路線は続いていた。日蓮を褒める本も目立った。「亜細亜を守る希望の大トーチカ 日蓮」「大法華経時代」……
了介は携帯の七百二十度撮影モードと自撮り棒を使って、若竹島の二人と中継を結んだ。
星美と透明感は基地の武道場二階の剣道場にいた。女性パイロットの宿舎になっている一階と違い、二階はすえた匂いがする閑散とした空間だった。
二人の前に、了介の撮った映像が3Dホログラムとなって現れた。
ホログラム了介は透明感に頼んだ。
「話は聞いてると思うけど、改めて。桃ちゃん(透明感)にも協力して欲しいです」
「いつ頼まれるかって、ずっと待ってた」
星美は透明感にウィンクして、透明感は星美に投げキッスした。
星美は透明感に説明した。
「舟州会ってカルト教団の分派組織が戦争の裏に関わってるの。士官学校の卒論、その舟州会なんだよね?」
「の前身組織ね。王城会っていう」
「舟州会の教典を書いたのは渡辺月召って旧日本軍人。分派の教祖は渡辺に成りすまして勝手に後編を書いた。
前編。渡辺のオリジナルね。こっちは一九三六年に日蓮の使いが第二大戦を起こして、地球は日蓮宗で統一されるってお話」
「オリジナルと前編はどこが違うの?」
「全部一緒。タイトルに前編って付けただけ」
「成りすましが外れ予言を残した理由は何だろう」
「教団的には大いなる失敗なんじゃないかな。もう少しで行けたけど、何かのせいで偶然失敗した、みたいな」
ホログラム了介は歩いて地下一階へ向かった。
透明感は二人に説明した。
「昭和二年に、日蓮系新興宗教の王城会が内務省の頂上作戦で壊滅している。日本が法華経十字軍となって全世界を侵略支配するという教義で、軍人を中心に支持されていた。
彼ら自身はデータと理論に基づく大衆的政治運動と自称していた。だから正式な名乗りは科学日蓮主義大日本賢王党。教祖は日蓮の生まれ変わりを自称していた。
一番の特徴は究極最大戦争説という教祖の予言。何年までに日本がどこそこを占領して信者が何人増えた、といった予言が幾つも書かれてある。最後は一九三六年に究極最大戦争が起こって、妙宗大聖国という人類統一国家が出来る予定になっていた。
予言に従って大正十三年の選挙に出馬したけど、これには惨敗した。敗北後、教祖は大衆の王者で日本一偉いと言い出したので、主要幹部は獄中死。本山は大砲で破壊された。
だけど信者は地下で生き続けた。彼らは第二次大戦後、舟州会と名前を変えて活動を再開させる。昔の事は反省しました、今は平和を愛する宗教です、と表向きには説明しているけど……ただ無勝荘厳にはもっと強烈なテロ宗教があったから、舟州会程度のカルトは埋もれてしまった」
ホログラム了介は地下一階の資料庫に移動した。中はひんやりとしていて、保存に適した状態に保たれていた。
「杉野記者は今年二月十九日に資料館を訪れている。これは入館記録と防犯映像で確認出来た」
杉野の行動は局長にも筒抜けだった可能性がある。この後局長が行動を起こせば、その可能性は更に高まるだろう。
ホログラム了介は野球ボール大の黒ボールを飛ばした。黒ボールは資料庫を飛び回りながら、青い科学捜査ライト(指紋その他を調べる光線)を照射した。
部屋に残っていた杉野の指紋が浮かび上がった。
「これが杉野記者が調べていたファイル。彼の指紋が出ている」
ホログラム了介は手袋を嵌めて、杉野が調べていたファイルを集めた。
その中の一つに、銀河精神の統制の作者渡辺月召にして、太陽の神兵の脚本家藤井啓太郎と思しき軍人の資料が入っていた。
玉井宗久大佐。舟州会で教祖と共に崇められていた、片眼鏡のキツネ目の男である。
明治十八年の岡山生まれ。三十八年に士官学校を三百人中五位で卒業して、東京の歩兵第三連隊の少尉となり、大正四年に陸軍大学を五十人中三位で卒業する。
卒業後は陸軍参謀本部に配属される。大正七年のシベリア出兵に参加し、現地で革命軍と戦う。
大正九年に帰国して陸軍大学教官となり、十一年からベルリンの在日本大使館に勤務する。中佐に昇進して昭和二年に帰国した。
昭和二年から再び陸大教官を勤めた。
昭和四年、陸軍省新聞班(メディア担当の部署。兵事撮影社に影響力を持つ)への異動を命じられる。
昭和九年、大佐に昇進すると共に、新聞班長に就任。
昭和十一年一二月、長野県松代市での実験取材中、事故に巻き込まれて殉職した。
透明感は指摘した。
「昭和二年から干されてる。
上層部は事件後も信者の玉井を処分しないで閑職に置いた。なのに玉井は裏で王城会の残党を組織して、後の舟州会の基盤を作り上げた」
教官職には調整ポストの性格があった。とりあえずここに配属しておいて、先方の受け入れ態勢が整い次第本格的に異動させる訳だ。玉井の世代のエリートコースは、昭和四年に大佐で連隊長になる。昭和二年の陸大行きは、改心すればコースに戻してやる温情措置だったが、洗脳は遂に解けなかった。
ホログラム了介は推理した。
「玉井は一九三六年、第二次大戦が起きると予言した年に実験事故で死んでいる。
種を使って地球を滅ぼそうとして失敗したんでしょう。種は舟州会が拾って隠したけど、地桶に奪われた」
二人は青ざめた。
「……俺は工場の話をまとめてから帰ります。作戦は何時から?」
星美はホログラム了介に教えた。
「今日の夜七時から。ゴダイの新システム使えば急いで帰ってこなくても大丈夫だけど、どうします?」
「うん、じゃあお願いします」
「なら社長に話しておくね。オプションも付けます?今回は付け放題なんだって」
「俺はいいです。武器なんてスピードが死ぬだけで、ただの重りでしょう」
二人の携帯が鳴った。元ヤンからのメッセージで、別任務が終わったら訓練を手伝って欲しいという。二人は快く了承した。
了介は一階小ホールに戻った。ケンタロボ部隊が玄関前を固めていた。
部隊は赤いレーザーポインター光線を了介に向けた。彼の体は真っ赤に照らされた。
しかし部隊は引き金を引かなかった。部隊指揮官は了介が本当に生きていた事に驚くばかりで、まともに指示を出せなかった。
了介は金縛り状態の部隊の脇を通って外に出た。
局長の動きから、事件の外観がうっすらと浮かび上がってくる。
杉野は舟州会の秘密を調べていた。それは局長にとっても舟州会関係者にとっても不利になる事だった。局長は関係者に働きかけて杉野を殺させた……




