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ひげ隊長は避難民に手榴弾を配った。避難民は家族ごと、グループごとにもらい受けて、港の方々に散った。
避難民は円陣を組んで、その真ん中に手榴弾を置いた。
あるグループは手を繋いでお経を唱えた。あるグループは鼻イボ赤袈裟への感謝を叫んだ。あるグループはひたすらに涙を流した。
港の格納庫に豪風が四機格納されていた。
外から手榴弾の爆音がした。格納庫は地響きで揺れた。
三機のコックピットには、地桶の二足歩行の作業ロボが乗っていた。額には物理ハック用の携帯が冷えピタ状態で貼られていた。
一機のコックピットの中で、了介はノートパソコンでプログラムを作っていた。彼は物理ハックロボを使い、他の三機をここから遠隔操作出来るようにしていた。
また地響きがして、格納庫が震えた。
格納庫の外で、地桶軍の垂れ目の士官が耳を塞いで座り込んでいた。徳さんは彼に話しかけた。
「今一番偉い奴は誰だい?」
「あー……それは多分、俺です。今は俺です」
「俺達は今から出発する。天軍大本営にまだシャトルが残っているかもしれない。申し訳ないが豪風四機と装甲車二台借りパクしてくぞ」
「え、あの、あの俺どうしたらいいんでしょうか?もう分かんないです、俺怖いです」
周りの兵士は垂れ目を見つめた。徳さんは彼の耳元で囁いた。
「怖いなんて言うんじゃねえ。そんな言葉、男の誇りに賭けて絶対口にするな」
垂れ目は口をつぐんだ。地響きが止まった。
「……次に攻撃を受けたら、ここは持ち堪えられません。天軍大本営の地下壕に移動しようと思います」
「ああ、そりゃあいい案だ。そこまでは一緒に行動しよう」
「大本営に行くんじゃ?」
「その前に寄る所がある」
港から装甲車二台と観光バス七台が出発した。豪風は一団の上空を飛んだ。
徳さんと垂れ目は同じ装甲車に乗っていた。垂れ目は知る限りの事を全て話した。
「去年の秋、都内で連続爆破テロ事件が起こりました。統幕運用部(情報関係を扱う部署)の自作自演です。統幕は無勝荘厳を制圧した後、星への立ち入りを禁じました。入れるのは運用部の調査団だけ。メンバーは開戦後、そのまま金色蝶兵団にスライドしました。
統幕が素人大統領を騙して戦争を始めたんです。その証拠を掴むため、我々は首都方面軍司令部の指示で雪山に潜入しました。
初日に部隊の半数を失いました。通信も途絶してしまって。奴らは死体を拾って女王アリの元に運んでいきます」
二本足の蓮の蕾が川岸を歩いていた。
蕾は普通サイズだった。上半身の茎は釣竿状にしなっていた。下半身は二本足の蓮根で、様々な服を着ていた。軍服、制服、スーツ、スカート、袈裟……
二本足の蓮は川に入っていった。川面には同じような蓮が大量に浮かんでいた。
垂れ目は断言した。
「死体に卵を植え付けて、仲間を孵化させているんです」
「そうとも限らん。金色蝶兵団のドライブユニットのコアは未知の物体だ。この星が歩留まりの低い(不良製品が多い)コアの製造工場とすれば、色々しっくり来る」
蓮は大きく成長してから開花するが、非常に低い確率で普通サイズのまま開花する事もあった。普通サイズの蓮にはオレンジ色に光る球体が入っていた。仏像はオレンジ球体を収穫してどこかに運んでいった。
一団は長い橋を渡って、北岸の寺社町に到着した。
通りには大きな伽藍が並んでいた。その中に、「舟州会別格本山 無辺行菩薩院」を名乗る大仏様の小さな寺があった。
装甲車は菩薩院の前で止まった。徳さんは「何か分かったら知らせる」と言って、部下と降りていった。
徳さん一行は霧の立ち込める境内に入った。徳さんは先頭を進みながら言った。
「ここで情報も手に入れれば、局長も文句は付けられん。何でもいい、ありったけ全部持ち帰るぞ」
一行はお堂に入って、内部の様子や経典を携帯で撮った。データは上空の豪風に送られた。
本尊はなかった。
座敷に杉田玄白似の僧侶と、片眼鏡をかけたキツネ目の日本軍人の写真が飾られていた。杉田玄白は「開祖 維新聖人」、キツネ目は「光祖 妙新聖人」と呼ばれていた。
庭に菩提樹の御神木があった。横に謂われを書いた看板が立っていた。
「開祖維新聖人は常住の如来にして人類統制軍の大元帥である。ある日、聖人は松代を訪れて、日蓮大聖人のお植えになった菩提樹の大木をご覧になられた。聖人は七百年前の前世を思い出して、『あの小さな種が何と立派に育ったものか』と涙をお流しになった。不思議な縁を感じた聖人は当地に総本山上行菩薩院を開かれた。この樹はその松代総本山の菩提樹を移殖したもので……」
徳さんは待合室の本棚で、「銀河精神の統制 著 渡辺月召 兵事撮影社」を発見した。内容は「前編」と同じ。奥付は「妙宗真暦十年」だった。
表紙は金色のツングースカバタフライのイラストだった。
一九〇八年、シベリアの森に隕石が落ちた。衝撃波が地面を抉った跡があたかも蝶の形に見えた事から、落下現場はツングースカバタフライと呼ばれるようになった。現場では昆虫、植物の異常成長や新種の発見等が相次いだとされる。表紙のイラストでは抉られた跡に麦が実っており、あたかも金色の蝶に見えた。
徳さんは辺りを見回した。人気はなかった。部下は全員消えていた。
徳さんはお堂を出て門の方へ戻った。その背中が霧の中に消えていった。
一団は菩薩院前に止まったままだった。一部の避難民はバスを降りて、垂れ目と押し問答していた。大半は車内に残って、無気力な顔で騒ぎを見下ろしていた。
「危険ですから戻ってください!戻って!」
「あんたらの指示に従ったらこのザマだ!責任取れんの!?」
「テロ国家の人間なんてどうでもいいんだろ!?」
「もう逃げるのは嫌なんだよ!」
空から何かが落ちてくる音が聞こえた。全員、霧の空を見上げた。
火だるまの豪風が菩薩院に墜落した。
垂れ目は空に叫んだ。
「俺は地桶軍人です!味方を打つんですか!?」
空からミサイルが降ってきた。




