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大小の仏像数千体が、港北部の埠頭を攻め立てていた。
地桶部隊は岸壁に装甲車を並べて打ちまくり、敵の上陸を阻止していた。仏像は一発食らっただけで破裂した。装甲車は泥まみれだった。
万を越える仏像が港南部の陸上ゲートから雪崩れ込んできた。
攻撃シャトルが南にやってきた。シャトルは敵の頭上で旋回しながら、対地ミサイルやビーム砲を打ち込んだ。
部隊は攻撃シャトルから飛び降りた。落下速度はティッシュが落ちる程度だった。足裏は紫色に光っていた。
部隊は三手に分かれた。
課長隊七人は西のアウトレットパークを目指した。徳さん隊七人はこの場に留まって敵を迎え撃った。了介は一人で南西の格納庫に向かった。
複数の仏像がジャンプと肩車を繰り返して高く連なり、攻撃シャトルに迫ってきた。
攻撃シャトルは急上昇しながら装甲車を空中発進させた。装甲車は仏像の組体操に体当たりして墜落した。
徳さん隊は潰れた装甲車に身を隠して、グレネードランチャーを釣瓶打ちにした。グレネードがなくなればレーザーライフルに切り替えた。
南西の格納庫から、人型変形した豪風が出てきた。
鎧武者のような姿である。桃形兜の頭部に、五枚胴の体。
豪風はビームマシンガン二刀流で敵を焼き払った。
北の敵はまだ上陸出来ずにいた。
複数の仏像がジャンプと肩車を繰り返して高く連なり、そして大きくしなった。敵は仏像の太鼓橋を何十本もかけてきた。
敵は肩車を外して着陸した。大半は装甲車に撃破されたが、一部は逃げてアウトレットパークに向かった。
課長隊は避難民の籠るアウトレットパークに接近した。
イタリア建築のショッピングモールである。ポルティコの中から様々な声が―泣き叫ぶ声や、断末魔や、死を覚悟したお経が聞こえた。
課長隊はレーザーライフルを構えて突入した。
南の敵は壊滅した。ビームの熱であちこちが燃えており、アスファルトからは湯気が出ていた。徳さんは泥だらけの顔でぼやいた。
「現場はジジイにゃ堪えるよ……」
了介機に課長から連絡が入った。コックピットは味方と同じボール型だった。
「こちらと合流しろ。残留邦人を拾って脱出だ」
課長隊はアウトレットパークの中央広場に到着した。
ローマの共和国広場のような場所に、泥だらけの市民六百人が身を寄せ合って避難していた。
課長隊がやってくると、人々は涙を流して喜んだ。顔は泥と垢と涙でぐちゃぐちゃになった。
ひげが伸びた地桶軍隊長が駆け寄ってきた。
「ありがとう!本当にありがとう!おかげで助かりました!」
課長は黒携帯を避難民に向けた。人々の画像と、ノートパソコンにあった残留邦人のデータを照合して、この中にいる金輪国民を調べた。
南から了介機と攻撃シャトルがやってきた。大人も子供も泣きじゃくり、空に向かってちぎれるほどに手を振った。
攻撃シャトルは課長の脇に着陸した。避難民は我先に乗り込もうとした。
ひげは避難民を制した。
「冷静に!冷静に!最後まで冷静に行動しましょう!」
課長は避難民に告げた。
「このシャトルは定員四十名で、後二十五人乗れます。金輪人を若い順に乗せますので、呼ばれた人は前に出てください。横山雄大さん、伊東真梨香さん、小林青空さん……」
ひげは懇願した。
「全員が無理なら、病人だけでも乗せてくれませんか?もう薬も何もないんです。
手紙、手紙ならいいでしょ?皆から手紙を預かってるんです。それぐらいならいいじゃないですか、ねえ?」
課長は無視して読み上げた。
「石川駿さん、石川優衣さん、加藤潮さん……」
子供は親にしがみ付いた。親は子供を優しく引き離した。
「お父さんはいいから行きなさい」
「大丈夫、ママも後から絶対行くから!」
避難民の一人が激怒した。
「何でガキだけなんだ!?」
子供を抱き抱えた避難民が泣いて頼んだ。
「この子だけでも連れて行ってください!」
若い避難民は攻撃シャトル内の隊員を罵った。
「お前降りろよ!」
「降りろやクソ兵隊!」
避難民が暴発した。一方では「乗せてくれ」「死にたくない」「幾らでも出すから」と頼み込み、一方では「死ね」「人殺し」「クソ野郎」と罵った。ひげは「落ち着いてください」と何度も叫んだが止まらなかった。
ある親は攻撃シャトルに向かって子供を投げた。子供は地面に落ちて、火が点いたように泣きじゃくった。他の子供も泣き始めた。大人はそれ以上に泣き喚いた。
大学生二人組が強引に乗り込もうとした。
「行こうぜ!関係ねえって!」
他の避難民も続いた。
「乗っちまえ!」
「乗れ乗れ乗れ!」
避難民は攻撃シャトルに押し寄せた。
課長は銃口を避難民に向けた。彼が打つより早く、徳さんは空へ向けて空砲を乱射した。場は再び静まった。
徳さんは攻撃シャトルから降りた。レーザー拳銃を持った右手は動かさない(左手は普通に動かす)、極度に警戒した工作員の歩き方だった。フリーの右手ですぐに課長を攻撃出来た。
課長は避難民に最後通告を出した。
「我々は金輪軍です。外国人を助けるための軍隊ではありません。名前を呼ばれた人だけ乗ってください」
了介は課長に申し出た。
「俺が降ります。後一人乗せてください」
「なら誰を乗せるか選べ」
了介は誰も選べなかった。課長は鼻で笑った。
了介機は夫に寄り添う妊婦を指し示した。これなら、一人で二人救えた。しかし妊婦は半狂乱になって、「夫と一緒じゃ駄目ですか!?夫もお願いします!」と叫んだ。
徳さんは妊婦に言った。
「もう一人追加だ。旦那も乗りな」
二人は抱き合って喜んだ。周囲は虚ろな目で彼らを眺めた。
隊員全員が攻撃シャトルを降りた。攻撃シャトルも武器弾薬を全て捨てた。
「ぎゅう詰めにすりゃ百人は乗れる。ガキと邦人は何とかなるな」
攻撃シャトルは子供ですし詰めになった。操縦席まで子供で溢れ返った。
課長は機内から徳さんに呼びかけた。
「俺もあなたのように生き、あなたのように死にますよ」
「俺はお天道様に顔向け出来ない事を山ほどしてきたがね、人の志を笑うような生き方はしてこなかったつもりだよ」
攻撃シャトルは広場を離れた。残された大人は手を振って別れを叫んだ。
「美紀ちゃん!お兄ちゃんの言う事をしっかり聞くんだよ!わがまま言って困らせちゃ駄目だよ!」
「菱田市東葉町の菅沼貞義に!菅沼隆子が!お父さん、これまで育ててくれてありがとうって言ってたって伝えてください!」
「加奈ちゃん!仁君!二人で助け合って生きていくんだよ!」
「立派なプロになれ健一!」
「由香ちゃんじゃあね!また会おうね!」
攻撃シャトルが見えなくなった。大人は力なく手を下ろした。
徳さんはひげに言った。
「他の逃げ道を探そう。まだ動くシャトルがあるはずだ」
ひげは同意した。
「ええそうです、そうしましょう!それに金輪軍が来た事は司令部も気付いたはずです!直に応援部隊も来ます!」
避難民の一人が呟いた。
「殺戮部隊の間違いだろ……」
無勝荘厳近海に、金色の巡洋艦がワープアウトしてきた。
巡洋艦の後部甲板に、フルアーマー装備の豪風が現れた。
頭部は南光坊天海の麒麟前立付兜に換装されていた。体は複合アーマーで着膨れして相撲取りのようになっていた。胸に「無」の文字が入っていた。
「無」の豪風には、緑のパイロットスーツを着たカンフーが乗っていた。
カンフー機は大気圏に突入した。その姿が真っ赤に燃え上がった。




