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攻撃シャトルは小学校を離れて北へ向かった。タマネギドームの人影はいつの間にか消えていた。
了介は開いたハッチから街を見下ろした。
道路に大量の車が放置されていた。大通りでは数百台規模の玉突き事故が起きていた。
線路の上で列車が転覆していた。高架線から飛び出してビルに刺さった列車もあった。
川の流れは泥で止まっていた。水面に無数の蓮が浮かんでいた。蓮は小さい物で電気自動車サイズ、中には日本武道館サイズの巨大蓮もあった。
川岸に、高さ六百メートル超のタワーマンションが建っていた。名古屋市役所を上に引っ張ったようなデザインで、屋上にはシャトルポートが設置されていた。
攻撃シャトルは名古屋タワーのシャトルポートに着陸した。課長と徳さんはシャトルを降りて、タワー内に入った。
内部は湿気で傷んでいた。床の青絨毯には埃が溜まっていた。誰の足音も残されていなかった。野鳥の羽やネズミの糞もなかった。
二人は顧問団にあてがわれた宿舎に入った。
総ヒノキ造りの立派な部屋だった。応接テーブルの上に携帯やノートパソコン、住宅カタログが残されていた。
徳さんはノートパソコンを調べた。デスクトップに「首都防衛計画」「邦人脱出計画」「残留邦人リスト」の三つのフォルダが置かれていた。
課長は携帯を手に取って、ふと窓を眺めた。
窓の外から、巨大な大仏がこちらを覗き込んでいた。課長は大仏と目が合った。
二人は部屋を飛び出て廊下を走った。
大仏はタワーにのしかかった。タワーが軋んで傾き始めた。
二人は屋上の攻撃シャトルに飛び乗った。シャトルは緊急離陸した。
タワーは折れて倒壊した。大仏は破裂して大量の泥を飛び散らせた。攻撃シャトルは全速力で現場を飛び去った。
二人は携帯やノートパソコン、カタログをしっかり持ち帰っていた。課長は携帯を、徳さんはカタログを調べた。
携帯は軍事顧問団の一人、多賀裕也の物だった。
多賀は去年の十一月十二日から十二月一日まで毎日、「加藤美波」に「これが今朝の朝ごはん。王様かよ」「初めての棚買い。多賀中尉のオーダーが止まらない」といった題のメールを送っていた。しかし題は次第に「会いたいよ」「こんな所来なきゃよかった」に変わっていき、最後は「君に会えてよかった」になった。
住宅カタログには赤丸チェックが入っていた。二十代の若手将校では手が出ないようなデザイナーハウスや、庭付き数奇屋家屋を買おうとしていたようだった。
「ペーペーが独裁国家で贅沢三昧だろ?そりゃ舞い上がるわ。随分でけえ家買おうとしてたみてえだぞ」
「勲章の授与条件を探しています。ここで大手柄を上げようとしていた。
三年前の仙予との独立戦争で、舟州会の無辺行菩薩院を防衛した妙宗革命隊が最高位の始顕本尊勲章をもらっています」
「聞いた事ねえ寺だな。天軍大本営じゃなくてか」
「ええ。このマイナーな寺が、独裁国家で最も重要な施設という事です」
課長はパイロットに「福地区の無辺行菩薩院に向かえ」と命じた。
「ですが、敵が先ほどから繰り返し救援を求めています。避難民も抱えているようです」
課長は「だから?」と苛立った。徳さんは制した。
「いや聞かせてくれ。重要だ」
パイロットは通信を流した。
―「お願いだ応答してくれ!敵はもうすぐ傍だ!松花港の!いいか松花港の神取アウトレットパーク!今そこに」
「切れ」と課長。パイロットは通信を切った。徳さんは課長に進言した。
「残留邦人が含まれているかもしれない集団を見殺しにすれば、局長は喜んで俺達を刑務所に入れる。今回は連中助けて撤退がベストじゃねえか?」
「時間がありません。松花港に行けば菩薩院には行けない」
「任務失敗の言い訳なら幾らでも出来るが、聞いてて助けに行かないのは無理だよ。あいつに付け入る隙を与えちゃいかん」
「……目的地変更だ。松花港へ向かえ」
攻撃シャトルは川岸の港へ向かった。
泥川に浮かぶ蓮が開花した。花の中心部には仏像が立っていた。仏像は水面を歩いて港へ向かった。
蓮は次々と開花した。電気自動車サイズの蕾から羅漢像が、トレーラーサイズの蕾から金剛力士像が、雑居ビルサイズの蕾から観音像が生まれた。仏像群は港へ向かった。




