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もう俺以外愛さない  作者: カイザーソゼ
4話 排除の論理
26/83

4-5

 午後、海沿いの喫茶店で、星美はゴダイの社長令嬢を待っていた。

 南仏風のシャビーシックな店内である。窓から爽やかな海と、波に挑むサーファーの姿が見えた。

 ドアが開いて、人目を引く華やかな女子高生がやってきた。

 完璧に整っていながらもどこか不安定な、十代の脆く危うい顔立ち。身長百八十センチ、体脂肪率十五%の研ぎ澄まされたボクサー体型。プリーツスカートの紺のセーラー服姿。地味な眼鏡をかけて、黒髪をサイドテールにまとめて、学校指定の青いバックを持っている。

 五代辰砂。茜社長の娘で、高校に通いながら芸能活動を続けていた。大企業の社長令嬢として何不自由なく育ってきた彼女は、生まれながらのセレブにしか持てない気高さをまとっていた。


「シンさんごめんね、忙しいのに」

「お巡りさんと兵隊さんが困っていたら助けてあげなさいってママに育てられたから、光栄な事です。セイミンもテレビデビューおめでとう。見たよ」

「やめて恥ずかしい。その話永久になしね」


 辰砂はテーブルの上にファイルを置いた。


「プロデューサーと先輩のコネをフル活用してもらってきた。これがソースね。何でも聞いて。今の私は文化部時代の杉野清彦に世界一詳しい」


 星美はファイルを開いて読んだ。様々な情報がまとめられていた。


「文化部ではどんな感じだったの?」

「評判は良くない。振った仕事はこなすけど、それ以上の事はしてくれない。元の職場とは付き合うけど、今の職場とは関わらない」

「その裏で、八幡大臣の秘密の指示で何かを調べていた、て事はあり得る?」

「ない。杉野がバシルーラされた後も八幡のリークは続いている。杉野的には社会悪を正す同志だったけど、八幡的には使い捨ての傭兵の一人に過ぎなかった。むしろ八幡が巻き込まれたと見るべきじゃない?」

「杉野記者は身の危険を感じて地元署に二回保護を求めている。警察はノイローゼの証拠だって」

「本当に狙われていて、冷静なら、一一〇番して十秒で警察が飛んでくる都内に残る。パニックになって田舎に逃げるのは、クマに食われに森に入るようなもの。

 杉野が複合的な理由でカウンセリングに通っていたのは事実だよ。ただ一番の悩みは仕事だった」


 資料にはプライベートの写真も何枚か収められていた。その中には、去年の年末、自宅で楽しく宅飲みする杉野夫妻の姿を映した一枚もあった。リビングの棚には恐竜図鑑やミニカーが並んでいて、壁には息子が描いた架空の恐竜「Zレックス(プテラノドンの翼が生えたティラノサウルス)」の絵が飾られていた。


「杉野は去年の十二月、『役者 秋宗六郎』という企画を立てたのね。戦争が始まりそうになっても文化部だけミュージカルのレビューを書いていたから、許せなくなって。そっちの方がずっと恰好いいと思うけどな」

「ええ?大統領役者だったの?」

「出馬する時に過去作品は全部買い取ったみたい。だから向こうでも引退後始めたニューキャスターの印象が強いんだって。杉野は社会部時代のコネを全開して、最終的に国内の映画評論家の遺族から手に入れた。

 馬渡真澄。政治色の強い革新系の評論家で、有名なソ連映画コレクターでもある」

「ソ連って?」

「共産主義のドワーフが作った悪の帝国。

  文化部長の三原は例え敵国の大統領でも、いい映画なら評価すべきという立場だったんだけど、杉野は出来に関わらず秋宗を徹底的に批判するつもりでいたの。愚かな素人政治家で、役者としても三流というプロパガンダ記事を作りたいだけだった。結果三原と衝突して、企画は頓挫した。

 杉野は一月からカウンセリングに通い出した。二月からは負担の少ない出版関係のヘルプに回されて、事件の日まで午前帰りを繰り返してる。周りはサボりと思っていたけど……」

「一人でこっそり調査して、犯人に脅されていた……」


 二人は杉野が評論したモノクロの戦意高揚映画、「太陽の神兵 その愛 その正義」をタブレットで見た。


 映画は出征兵士を見送る群衆のシーンから始まった。日の丸の小旗を振るう群集。別れを惜しむ兵士と家族。涙を拭って手紙を渡す彼らの姿は、国策映画とは言え胸に迫る。

 煙を上げて出発するSLを背景に、「太陽の神兵 その愛 その正義」とタイトルが表示された。続いて「監督 杉本力」「脚本 藤井啓太郎」……と出て、最後に「製作 兵事撮影社」と表示された。


 星美はしんみりした。辰砂はミネラルウォーターを飲みながら、画面の細かい部分までチェックした。


 映画の中で、SLは線路を走っていた。車内の貴賓室で将校が話している。


「私はこの戦が堕落し分裂した大和民族の霊的統制の端緒になると……」


 辰砂は役者の言葉遣いを指摘した。


「ここは普通『統一』を使う。統制ってマイナスのイメージない?」

「言論統制とか、物価統制とか」

「うん。だけど昭和の日本では、心から満足して上に従う意味で好意的に使われていたの。指導部の統制に服する占領地の住民、という感じで」

「この時期特有の用法だ」

「革命を改造や維新と言い換えるのもこの時期特有。革命と言ったら逮捕されるから」


 映画の中で、将校が「ロシアにおける国家改造は……」と口にした。


「わ、本当だ。改造って言ってる」

「ロシアは帝国主義のドワーフが作った悪の帝国ね」

「スタッフは分かる?」

「主演の紀の国興亜と監督の杉本力は国策映画ではよく見るコンビ。脚本の藤井啓太郎は初めて見る。

 国策映画のギャラは相場の二割高だったから、こっそり変名で受けてた人もいる。藤井もその一人じゃないかな」

「現役軍人の可能性は?」

「これだけじゃちょっと……」


 映画の中で会話シーンが続いている。将校の一人が発言した。


「大尉殿は人前で泣く軟弱な銃後と仰いますが、古来武士は泣くものです。手弱女心と益荒男心。併せ持つから日本は古来より常勝無敗……」

 

「軍人作家の特徴ってある?文体とかじゃなくて、こう、上手く言葉が出てこなくて恥ずかしいんだけど、考え方?アイディア面の特徴」

「自分達が決めた原理がまずあって、それに背く事は決して起こらないという発想は、ドイツ軍と、それに影響された日本軍にしか存在しない。彼らの描くキャラはトラウマに支配される。だけど人は変わるものじゃない?いい方にも、悪い方にも」

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