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了介はコブダイマスクを付けて、ビジネス街の銀行「北星都銀行」を訪れた。大理石造りの、古代ローマの神殿のような建物である。
中は柱が何本も連なったバシリカ様式。天井にはステンドガラスが使われていた。
身なりの良い銀行幹部とその取り巻き十数人が出迎えた。
「初めまして、牧内洋二郎と申します」
「防衛省の小田清隆と申します。今日はお世話になります」
二人は挨拶して名刺を交換した。取り巻きとも交換した。全員終始ペコペコとへりくだった。周囲の銀行員は卑屈な態度の幹部グループを苦々しく眺めた。
開戦以降、防衛省と防衛局長の権力は絶対的になった。銀行内の局長派は一職員の了介をVIP待遇で出迎えた。
了介は一旦、カッシーナの高級家具が並ぶ貴賓室に通された。アウガルテンのカップで紅茶を飲んで待っていると、先ほどの銀行幹部がやってきた。
「申し訳ありませんがフロアの方でお待ちいただけますか」
人が変わったように冷たかった。
貴賓室を追い出された了介は、フロアで四十番の整理券を引いて一般客と待った。
フロアには戦時国債のホログラムポスターが張られていた。隅にひっそり敵国の国債ポスターも張られていた。
三十分後、アナウンスが鳴った。
「四十番のお客様。六番カウンターまでお越しください」
愛想の良くない中堅銀行員が了介に対応した。
「今日はどんなご用件ですか?」
「はい。とりあえず法人名義で口座を作りたいのと、後は融資の相談を少し」
了介は必要な書類を提出した。「小田清隆」の名前を見て、銀行員は「少しお待ちくださいますか」と席を外した。
銀行員と上司は離れた所で話し合った。しばらくして銀行員が戻ってきた。
「すいません小田様、申し訳ありませんが十八番カウンターの方でお待ちいただけますか」
一時間待った。
「四十番のお客様。十八番カウンターまでお越しください」
今度の相手は愛想の良い若手銀行員だったが、彼もまた「小田清隆」の名前を見て態度を変えた。
「すいません小田様、申し訳ありませんが二十五番カウンターの方でお待ちいただけますか」
三回たらい回しにされた。最後は「すいません小田様、夜間窓口でお待ちいただけますか」と銀行の外に回された。「小田清隆」には金を貸すなと、おちょこから全国の金融機関に通達が出ていた。
星美は防衛省の会議室でやつれた顔をしていた。予定では三件の取材だったが、現場に行ったら二十九件入っていた。
広報課のパンツスーツの女性職員が、タブレットのスケジュール表を見ながら、「次は北辰日報です」と告げた。
「次で九件目ですけど……?」
「皆さん英雄の話を聞きたいんですよ」
次の取材相手がドアをノックした。星美は鏡に向かって表情を作った。
前歯がエビフライの尻尾の形の男性記者がやってきた。星美はフレッシュな笑顔でエビフライを出迎えた。
「北辰日報社会部の野間口と申します。このたびは本当におめでとうございます!」
「ありがとうございます!皆様のおかげで勝利する事が出来ました!」
取材は滞りなく進んだ。星美は防衛省の評判を落とさないように、誠実に、簡潔に、心を込めて答えた。最後にもう一度笑顔で写真を撮って取材は終わった。
エビフライはお礼を言った。
「今日はありがとうございました。お疲れでしょう。同じ事何回も聞かれて」
「いえ、そんな事は。現場しか知らないので、何もかも新鮮で楽しいです。
野間口さんは、杉野清彦さんとはお知り合いでしたか?」
現場の空気が固まった。星美が一番慌てた。
「あ、や、別に深い意味はなくて、北辰日報さんの名前を見て、あの事件の事を思い出しました」
職員は取材を強引に切り上げようとした。エビフライは星美に謝った。
「防衛省さんにはご迷惑をおかけしました。まるで圧力で杉野が飛ばされたように報道されましたが、それは真実ではありません。杉野の異動は八幡大臣との親密な関係のためです。弊紙は今もプロジェクトチームを組んで照石疑惑を追っています」
「疑惑はもう晴れたのでは?」
「表面上はそうですが、まだまだ謎は残っていると考えています。杉野の件も踏まえて、これからも徹底的に調査していくつもりです」
新聞側も心中事件を調べていた。これからの働き次第では、彼らもこちらに協力してくれるかもしれなかった。




