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都内の住宅街の公園のベンチに、元次官で今は自宅勤務の閣下が座っていた。羽織にサイドゴアブーツ姿。タブレットで囲碁を打っていた。
軍服姿のホログラム司令と星美がやってきて、閣下に敬礼した。
「聞いたよ。死にしかけたんだって?」
「態勢十分なら全滅でした。幸運にもドライブユニットを一基回収出来ましたので、ご意見をお聞かせください」
閣下のタブレットに戦闘報告書が送信された。彼は下を向いて読んだ。
司令は話しかけた。
「お変わりなく、安心しました」
「家にいると誰もいい顔しないんですよ。孫も『おじいちゃま、お仕事行かなくていいの?』なんて。小久保君は保険会社の相談役を世話してくれると言っています。こっちは賃借対照表の読み方も分からないんだが」
「誰もが小久保を恐れて口をつぐんでいます。この状況を変えねばなりません」
「老兵にいつまで頼るつもりかね?」
「軍に戻る気はないんですか?」
閣下の手が止まった。
「僕は今まで大小七十二回戦って、六十九回勝って二回負けて一回引き分けた。誰よりも戦場を知る軍人だと自負している。
その僕が断言するが、戦場で勇敢になる兵隊とは、普段は大人しく、優しい者達だ。そして勇敢な兵隊は誰よりも早く死んでしまう。それがたまらん」
下を向いた閣下の顔は見えない。しかし「たまらん」という言葉には、拒絶ではなく、喜びの色が淡く浮かんでいた。最も善良で勇敢な人間を命令一つで無駄に殺す、それがたまらなく……
若竹島は勝利に沸き返っていた。島では花火が上がり、スーパーでは戦勝記念セールが開かれた。基地には花輪や樽酒が大量に届いた。
了介と帯刀は、宿舎の了介の部屋で話し合っていた。
二人の携帯が鳴った。星美からのメッセージが入っていた。
―「突然ですけど、仲間に入れてください」
了介が返信した。
―「ありがとう。滅茶苦茶歓迎する。だけど、俺は局長や閣下を何とかしようとしているんじゃないんだよ。記者一家心中事件を調べている」
―「そんな事件、聞いた事もないけど……」
―「あったんだよ、開戦の日。皆知らないけど、あったんだ」
チャイムが鳴った。了介は部屋から出て行った。
帯刀が返信した。
―「道重は何て言ってた?」
―「高倉さんが局長派の不正を追っているから手伝ってくれって。照石疑惑」
―「騙されたな。照石は次官派に繋がる案件なんだ。小久保は道重に自分で自分の首を締めさせようとした」
―「そんなん卑怯じゃん!」
―「同じ役人でも道重とは別の生物だ。接する時は注意しろよ」
了介が小包を持って戻ってきた。開くと、「軍隊が作った映画」が入っていた。
表紙は富士山と桜の白黒写真。帯には「解禁!」「プロパガンダでは片づけられない美しい物語」等書かれていた。
了介はページをめくって杉野の文章を探した。
杉野は一九三十年代に陸軍のメディア関連企業「兵事撮影社」が製作した「太陽の神兵 その愛 その正義」の評論を担当していた。
傲慢な時代の杉野が復活していた。以前の彼は自暴自棄から攻撃的になった。自分の力を誇示したり、弱い人間を見下したりする気持ちが、そのまま文章に現れていた。しかしこの杉野は、怯えから虚勢を張っていた。
―「生の黄昏を迎えても飽かずに賞味出来る無上の思い出」
―「当時猖獗を極めた軍国的ファルスのマヌカンとは一線を画す」
―「余りにも、余りにもソフィスティケイトなノンシャランス」
この精神状態なら、遺書も相当デラックスな文面になっていただろう。
了介は帯刀に杉野の記事を見せた。
「遺書と文体が違う。杉野記者はこの映画を通じて何かに気付いて、怯えた」
「殺されたのはその何かのせい、だな。
小久保は俺達を使って道重を嵌めようとしてた。どうするリーダー?」
「いずれ俺達も逮捕されるでしょう。その前に兵器をコピーして戦争を終わらせる。帯刀君は上に掛け合う。俺は金を用意する。せっちゃん(星美)は新兵器を作る」
「毘式派の旗揚げだな。にしてもお前、『持ってる』な?信長レベルの強運だぞ」
(続く)




