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艦隊は青く輝く母星、聖王星を出た。母星は馬宝月と象宝月、二の月を持っていた。
艦隊はワープ態勢に入った。
艦隊の前に、大きな紫の炎の輪が二つ、輪違い紋状に現れた。艦隊は二つの輪の重なる部分に飛び込んで消えた。
別の宙域に輪違い紋が現れて、そこから紫色の炎の塊が飛び出した。炎は見る間に剥がれ落ちて、中から艦隊が現れた。
艦隊の正面には、孔雀の羽が鳴門の渦潮状に渦巻いた、玉虫色のガス状星雲が浮かんでいた。その渦は超巨大なリング状構造物に囲まれていた。
味方の大艦隊がリング外に展開していた。旗艦は淡路島ほど大きな巨大空母だった。
各艦の操艦は孔雀ナルト星のリングから行われていた。司令部もリング内にあった。
司令部はオペラ劇場のような大部屋である。複数のバルコニーボックス席を持ち、部屋の中心に球形ホログラムモニターが浮かんでいた。
出陣前の司令部は朝の魚市場のような騒々しさだった。平土間席の参謀は書類を持って走り回り、ボックス席のオペレーターは早口で指示を伝えていた。
道重司令は立派な中央ボックス席に座っていた。傍らには、武田信玄似の樺山参謀長以下、艦隊参謀部の主だった面々が控えていた。
道重司令は時計を見て立ち上がった。
「始めよう!」
淡路島艦隊は孔雀ナルト星を出発した。
艦隊の前に、縦に長いひび割れが入った。ひび割れは諏訪湖の御神渡りのように盛り上がって、白い裂け目を生じた。その裂け目は、紫色の輪違い紋が複雑に連なった異空間に繋がっていた。艦隊は裂け目に吸い込まれて消滅した。
別の宙域に御神渡りが生じて、そこから艦隊が吐き出された。
淡路島艦隊は暗礁空域の入り口にワープした。
翌朝、若竹基地の図書室で、軍服姿の了介と帯刀は、北辰日報の新聞記事を携帯で撮影した。杉野の記事は事件以降ネットから削除されてしまったので、実物を当たるしかなかった。
社会部時代の杉野は断定口調を多用していた。自信に満ちていた。
文化部に異動した杉野は映画や音楽、演劇の評論を担当するようになった。
異動初期は「瑞々しい感性」「爽やかな新風を吹き込んだ」といった単語を使ってフレッシュな記事を書いていたが、やがて「いささか退屈」「ありきたりな表現」と辛らつになり、更には「豊穣なる多幸感」「最も甘美な音楽としての名は人類の歴史が終わるまで不朽の物」と傲慢になり、今年一月からは「これはいい」「つまらない」とシンプルになった。
最初は心機一転やり直そうとしたが、やがて自暴自棄になって攻撃的になり、最後は全てを諦めて悟りの境地に達する、そういう文章の荒れ方だった。遺書も悟り時代のシンプルな文面だった。
自暴自棄の腐り時代、敵国との外交関係が急激に悪化した。新聞には敵国を批判する厳しい記事が連日乗った。「素人外交 批判相次ぐ」「大統領府 説明二転三転」「社説 地桶は戦争を望むのか?」……
どこを開いても頭に血が上った記事ばかりだったが、文化部はのどかに「忘れ得ぬ銀幕スター特集」とか「記者のおすすめ映画」といった記事を出していた。男性アイドルの作家デビュー小説を読まされていた杉野には、元の職場が光り輝いて見えただろう。
杉野が異動した後も、社会部は防衛省のスキャンダルを何度もスクープしていた。装甲車のデータ偽装。中堅将校の過労死。次官派も局長派も見境なく攻撃していた。
新聞には文化部が出版した本の広告も載っていた。最新刊は今日発売の「軍隊が作った映画」。太平洋戦争中に軍のメディア機関が製作した映画をまとめた本である。
了介は通販サイトを開いた。購入者評価は星一つ連発で、レビューには「人殺しが書いた記事が載っています!絶対買わないで!」「北辰日報の見識を疑います」といったタイトルが並んでいた。
杉野の記事は二月以降紙面から消えていた。事件直前の精神状態を確かめるため、了介はこの本を注文した。
図書室に軍服姿の透明感がやってきた。
「時間です。お願いします」
「おう。(了介に向かって)あっち行こうぜ」