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道重元作戦局長は防衛局長室に呼び出された。
スチールラックと事務机が並ぶ殺風景な部屋だった。本棚にはパステルカラーの背表紙の少女漫画が並んでいた。
防衛局長は深々と道重に頭を下げた。
「君に反攻部隊の指揮を取ってもらいたい」
「敗北者をトップに据えても組織は回らん。俺にも罰を与えて欲しい」
「全て大臣、次官、情報局の責任です。大臣はあの世に敵前逃亡した。次官は参議官(自宅待機の閑職)に降格した。勝手に兵力を使用した情報局は反乱罪で処分する。そして君はテロを防いだ。何の問題もありません。
俺はテストとペーパーワークには強いが、部隊指揮は不得手でね。今国内に残っているまともな軍人は君だけです。この際水に流して、お国のために一緒に頑張りませんか」
「……理由を問わず、相手を選ばず。俺の軍人としての誇りだ」
「助かります。君は東郷元帥レベルで運がいい。指揮官は結局ここが一番大事ですよ。これ、出征祝いの佑定です」
防衛局長は室町時代の刀を手渡した。作戦局長は刀を抜いて、今なおギラつく古刀の刃を眺めた。
二人の前に、戦況図を映したホログラムモニターが現れた。
「貧乏人は戦うほどに弱くなる。敵は既に息切れを始めています」
北の地桶共和国。フランス型共和制を敷いており、中央集権的で、トップの力が強い。
中央の須弥連邦。地域色豊かな小国家のイタリア風寄り合い所帯で、足並みは悪い。
東の仙予連合王国。テロと分離主義と国営企業に冒された、オーストリアのような老国だ。
東北の無勝荘厳国。地桶と仙予の国境地帯にあるテロ国家で、両国の侵攻を何度も受けてきた。
南の金輪聖王国。イギリスモデルの立憲国家で、合意と手続きを重んじる。
西の獅子法王国。金輪と同じく立憲制だが、システムは官僚優位でドイツに近い。
南西のGIF。金輪と獅子法の国境地帯にある開拓船団国家で、永世中立国。
去年十一月、地桶の首都で無勝荘厳による大規模テロが起こり、地桶軍は報復のため同地に侵攻した。政権交代で新総理が就任した金輪は、地桶に対して経済制裁を発動、また無勝荘厳に軍事援助を与えるなどして圧力を強めた。しかし地桶は無勝荘厳から撤退せず、開戦奇襲に打って出た。貧しいテロ国家のために負ける戦争を始めるはずがない、と考えていた金輪は、初戦で大敗を喫した。
北の地桶と、その同盟国の中央の須弥が南の金輪に攻め込む、という構図である。
テロ国家の無勝荘厳は既に併合されて滅んでいた。
小国のGIFは敵南進軍の侵攻ルート上にあり、地桶は当初から中立を踏みにじる気でいた。GIFは長年の中立政策を捨てて、金輪との同盟交渉に入った。
腐敗国家の仙予と野心国家の獅子法は好意的中立を保っていたが、地桶は裏で盛んに参戦工作を仕掛けていた。金輪が少しでも弱味を見せれば、両国は地桶側に立って参戦するだろう。
地域の大半が人跡未踏の暗黒空間だった。宇宙に山も川もないが、侵攻ルートは未開領域の影響である程度限定されていた。例えばAからCに移動するには、AからBにワープして、更にBからCへとワープする必要があった。
敵の南進軍は西部、中央、東部の三軍に分かれていた。この内、東部軍は順調に南下していた。金輪と須弥の国境地点がA、金輪の本星の聖王星がZとすると、既にPまで行っていた。しかし補給不足から進撃速度が鈍った中央軍はN、西部軍はKで停止していた。なおGIFは西部軍のNの位置にあった。
防衛局長は西部軍を指差した。
「君はこいつを叩いてください。暗礁空域を利用して動けば、フリードリヒ大王のロイテン会戦を再現出来るはずです」