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もう俺以外愛さない  作者: カイザーソゼ
2話 鳥無き星の蝶
13/83

2-6

 夕方、元ヤンはパンツスーツに着替えて基地の駐車場へ向かった。さすがに自信を失っていた。

 星美がティアードスカートのフリルミニワンピース姿でやってきた。二人は挨拶した。


「山本です。明日からお世話になります」

「野津です。ご一緒出来て光栄です」

「今から帰るんだけど、その、今日の夕食一緒にどうですか?」


 人見知りの星美は頑張って誘った。元ヤンは苦笑いした。


「いいけど、ここ本当に店ないですよ?何か買って帰ります?」


 二人は車で基地を出た。

 元ヤンの車は一九七〇年代の黒のマッスルカーだった。道交法で自動運転システムとドラレコの搭載を義務付けられていたが、内装の変更は最小限に押さえられていた。計器やシートベルト、バックミラーが残っていた。

 星美の車は白いコンパクトカーだった。こちらは見た目も中身も新車だった。ホログラムモニターが左右後ろの様子を映していた。

 星美は携帯のメッセージアプリで、道重元作戦局長にメッセージを入れてみた。


 ―「遅くなりました。今日若竹島基地に配属されました」


 返信があった。


 ―「おめでとう。立て込んでいて返信出来ず、申し訳なかった」


 ―「心配しました。私をここに送ったのは局長なんですか?」


 ―「ああ。八幡大臣が自殺した次の日に、照石疑惑を報じた記者が不審死を遂げた。二人の死に疑惑が関わっている可能性がある。高倉少尉が事件を追っている。兵器生産の金の流れなら君が詳しい。少尉の力になってくれないか」


 ―「防衛局長派を追い落とすために、終わった事件の捜査協力を手伝えと仰る?」


 ―「関与した軍人がいれば、全員突き出して欲しい。

 軍に小久保派はあっても、次官派はない。小久保は徒党を組んで国を乗っ取ろうとしているが、閣下は戦の事しか頭にない純粋な作戦家だ。閣下ならば、私利私欲なく組織を運営してくれる」


 ―「第三者委員会に意見を求められた時、防衛局長から任意提出されたカード使用履歴と口座記録を確認しました。金銭に関しては非常にクリーンな人です。権力の事しか考えていない純粋な陰謀家。その人が運営している軍が今この状況ですよ」


 ―「一度君を閣下に会わせる。それで判断してくれ。今の軍を戻したい気持ちは、君も私も同じだと思っている。私は閣下の復帰が唯一の方法と考えた。しかし君がどう判断しようと、君への敬意は変わらない事はここで強調させて欲しい。

 軍人一日目の君にこの言葉を。Do, or do not. There is no try.新生活頑張ってくれ」


 一年半前、杉野は照石疑惑をスクープした。佐藤樹前財務大臣の地元、照石市に、防衛装備庁と安堂製作所が最新ロッドのニルデーシャ用製造工場を新設した経緯に不正があった、とする疑惑である。新聞のHPには謀議の証拠として、防衛省幹部の候補地選定会議の盗聴データも公開された。官庁側の疑惑の中心人物として、兵器製造の最終決定権を持つ小久保防衛局長が取り沙汰された。

 報道は過熱した。佐藤、小久保の名をテレビで見ない日はなかった。財相周辺のゼネコンも怪しい動きを見せており、一時は巨大疑獄となるかに見えたが、防衛局長は金銭面に関しては誠実だった。何故なら、彼は金儲け以上に楽しい事を知っているからだ。

 第三者委員会は「幾つかの事案について内規違反を疑われる行為があった」としながらも、「工場新設経緯は概ね正当だった」「法律違反はなかった」「金銭授受はなかった」として、疑惑をシロと判定した。

 しかし政権の傷は大きく、去年九月の参院選に敗北して税所新内閣が誕生した。

 杉野の情報源は八幡防衛相だった。疑惑が報道された当時、佐藤財相はライバルの税所幹事長と次期総理を争っていた。八幡は新政権でも防衛相に留任すると共に、将来の総裁選における税所グループの協力と、終身比例区一位の空手形を密かに与えられた。一方佐藤は政治生命を絶たれた。

 防衛省側は、八幡が杉野を使って言う事を聞かない防衛局長派と、税所のライバルの佐藤を潰そうとしたと考え、八幡を敵視した。

 その杉野と八幡が、開戦直前に相次いで不審死を遂げた。


 品薄で商品の値段が上がっていた。商店街の八百屋や魚屋は、手書きの値段表を新しい物に変えていた。乳製品や卵は「お一人様一名まで」と制限がかけられていた。

 軍がこの状況を作ったにも関わらず、島の人間は星美達に対して好意的だった。

 スーパーの駐車場を歩けば「こんばんは」と老夫婦が挨拶してきた。

 店内の売り子は「沢山食べてやっつけてよ!」と値段を負けてくれた。

 フードコーナーにたむろしていた中学生グループはこちらを見るなり起立、敬礼してきた。

 こちらも姿勢を正して挨拶し、好意に甘えず国産和牛A5ランクをキロ買いし、敬礼を返した。

 島の南部の海辺に、スパニッシュコロニアルのパイロット宿舎が建っていた。裏手にはプールやテニスコートが整備されていた。

 二人は宿舎前の駐車場に車を止めて、しばらく夕方の海を眺めた。駐車場には学生向けの車が多く止まっていた。

 元ヤンは決意を新たにした。


「現場に出たら、敵は新人もベテランも手加減してくれません。皆『本当のパイロット』にさせられる。私、誰にも負けません。皆の期待に応えたい」

「向こうは自分の技だけです。百メートル世界一でも、自転車にだって勝てないのに。そういう相手に勝つには、お互いに信頼し合う事が大事だって、結構本気で思ってます。

 だから、これから色々あると思うけど、毎日皆と仲良く、楽しく暮らしていきたいです」


 赤のオープンカーがやってきて、元ヤンの隣に止まった。車から、ケイスケホンダスタイルの村田が降りてきた。ティアドロップサングラスに開襟黒シャツ、白のシャンブレースーツを着ている。

 村田は「うぃーっす」と挨拶して、トランクから米十キロを出した。星美は村田に申し出た。


「よかったら、夕飯ご一緒しませんか?お肉いっぱいあるので」

「マジすか!米だけもらってもなあって思ってたんですよ!」


 元ヤンは露骨に嫌な顔をした。星美は「敢えてね」となだめた。村田は喜んだ。


「今日はバーベキューですね!逆ナン大成功です!」


 了介達三人は基地の廊下を歩いていた。了介はスーツ姿で若手官僚風。透明感はスカートスーツ姿で短大卒業式風。帯刀は軍服姿で青年将校風だった。

 帯刀は携帯で星美からのメッセージを確認した。


「もう一人の奴がバーベキューするからどうですか、だそうだ」

「早く仲良くなりたいから参加します。二人も来てくださいよ。色々知りたいもん」


 基地の駐車場に、了介のロードバイク、透明感の青いSUV、帯刀のガルウィングの高級クーペが止まっていた。


「高倉さん、自転車なんだ」

「マッハ一も出ない乗り物なんて退屈じゃないですか?」

「自転車もっと出ないし。私のに乗ってく?」

「いや、お前は今日は俺のに乗っとけ」


 了介は帯刀の車に乗って基地を出た。帯刀は彼の真意を確かめた。


「お前さ、ここで何しようとしてんの?」

「記者一家心中事件を調べようと」

「ああ……」


 帯刀は全てを察した。


「……捜査にストップをかけたのは小久保だ。戦争が続いてる間、あいつは無敵の独裁者でいられる。だけどこれから敵を倒しまくれば、ああもうすぐ戦争も終わるなってなって、小久保の力も弱まって、協力者が増えてくる。

 面白れーじゃん。俺が第一号になってやるよ。悪人共を捻り潰してやろうぜ」

「人手が増えるのはありがたいけど……」

「有能だぞ俺は。まず口喧嘩が強いだろ。それとおばちゃんに好かれる」


 車は信号待ちで肉屋の前に止まった。

 店のおばちゃんが車までやってきて、「食べて!美味しいから!」と揚げたてのから揚げを差し入れてくれた。帯刀は窓を開けて、「ありがとうございます!俺せんざんぎ大好きなんです!」と元気よく礼を言った。

 車が走り出した。二人は車内から頭を下げた。おばちゃんは可愛く手を振って見送った。

 二人は熱々のから揚げを一緒に食べた。了介が勝手にレモンをかけると、帯刀は「てめー誰に断ってかけてんだ」と軽く切れた。

 了介はハフハフ言いながら尋ねた。


「センザンギって?」

「この島の部族はから揚げの事そう言うんだよ。しかしお前、避けるし当てるしすげーな。何なの、コツとかあんの?」

「互いに逃げようとするから当たらない訳でしょう。なら、自分から当たりに行けば九割当たる」

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