自己卑下が自己愛の自己顕示であると知った、女性との一夜
自分を認めて欲しいと思う気持ちは誰しも持っている自然な感情であると思っています。
ただ、その感情が歪んだ形で具現化されることは少し不気味でもあります。
「昨晩電話するのが遅くなっちゃって、また怒られちゃった。
私が付き合う男はみんなダメ男になるんだよね。
なんでだろ?」
佐藤さんはそう言って、真っ赤な目を細めて、とても明るい笑顔で笑った。
「なんでもしてあげちゃうからいけないのかなぁ」
優しいんだね、と僕が相槌を打つと、彼女は今度は哀しそうな顔をして、
「大事にされたい...」
と涙ぐんで、じっと僕を見ている。
僕の職場は、精密機器のパーツの製造と販売を行っている。
僕は開発事業部にいて、ほとんど工場に行くことはないのだけれど、その週は研修で製作の立ち会いをしていた。
工場というとおじさんばかりのむさ苦しいイメージがあるが、うちの会社は半分以上が女性だ。
とはいえ、ほとんどの作業がクリーンルームで行われるので、全身白のクリーンスーツを着ていて、誰が誰だか分からないが。
この工場に僕と同期で入社したのが佐藤さんだ。
瞳の大きな、ハキハキした女性だ。
いつもニコニコしているのに、いつも不幸そうに見える不思議な人だ。
やたら人懐っこく、初めての同期の飲み会で、あまりにプラベートな話をしていたので印象に残っている。
「私前に付き合ってた人に何回も顔殴られてたんですよ」
みんな持っていたビールも飲めずに唖然とする中、彼女だけは笑顔で話続けた。
「私って都合のいい女なんですよねー。」
僕は、彼女を可哀想に思う気持ちと、なんだか男として申し訳ないような複雑な気持ちになった。
そして先程、また佐藤さんに話しかけられて、僕はまた複雑な気持ちになった。
佐藤さんは、まだ僕を上目遣いで覗きこんだまま、僕がなにか話すのを待っている。
こんなにプライベートな話を、ただの同期にするだろうか。
とりあえず、慰めて欲しいのだろうと思い、
「佐藤さんは優しいから、男が調子に乗っちゃうのかもね」
と僕は苦笑いをした。
すると彼女は泣き出した。
もうなにがなんだか分からない。
涙ぐんでいる彼女が可哀想だったからなのか、気が付くと僕は彼女の頭を撫でていた。
そしてその日、僕は会社が予約してくれたホテルではなく、後輩の歯ブラシや食器が並んだ彼女の部屋に泊まり一夜を過ごしてしまった。
翌日、本社へ帰る新幹線のなかで、僕はなんとなくだが、彼女が大切に扱われない理由が分かった気がした。
彼女は自己愛が強すぎるのだ。
彼女が周りに訴える「不幸な話」を聞かせられた我々には、可哀想にと感じて慰めるか、彼女の話を聞き同調するより他に手立てがないのだ。
いつだって彼女は中心でないと気が済まない。
こんなに価値がある私が、こんな不当な扱いを受けていますよ、という自己愛の自己顕示欲なのだ。
今朝、僕が彼女の家を出るとき、彼女は鏡越しに僕を見ながら笑顔で言った。
「私、全然昨晩のこと気にしてませんから。
忘れてくれて大丈夫ですから」
きっと今頃、僕も彼女の自己顕示の材料にされていることだろう。