ねえ、――――ってどんな気分だと思う?
□◆□◆
★
ここを抜けた先に森があってね――。
人里離れた暗いトンネルのなか、僕は彼女に話を始めた。
彼女とはホラー映画が好きな者達が集まるサイトで知り合い意気投合。今日は二人だけのオフ会で、いわくつきの場所へ行ってみようということで会ったのだが、想像していたよりも遥かに美人な彼女に胸が躍った。僕にとってはこれはオフ会ではなく、気分はデートである。それをやんわりと伝えたら、彼女は「じゃあ、これは私の初デートってことになっちゃいますね」と笑ってくれた。
初デートがいわくつきの場所というのは一般的ではないだろうけれど、彼女は喜んで誘いに乗ってくれたし、僕たちにとっては楽しい時間となるだろう。
「だめだめ、まだ言わないでっ――」
狭いトンネルに声が響いた。
彼女は長い髪の毛の上から耳を押さえて僕を見上げてくる。
「せっかくその場所に行くんだから、そこで話をしてくれた方が臨場感というか、怖さが増すと思わない?」
頬を膨らませるその顔がとても可愛い。僕は「そうだね」と片手を上げて謝意を示した。
今から行く場所は深い森の奥深く。静寂に包まれたその場所は昼間であっても不気味で、どんなに叫んでも誰の耳に届くことはない。彼女の言う通り、現地で話をした方が怖さは増すに違いない。
トンネルを抜けた僕たちは道から外れ、雑草生い茂る森へと入り道なき道を進んで行く――。
しばらく歩くと民家が見えてきた。民家といっても人は住んでおらず、十数年も前に廃村となっている民家の一つである。
「うわ~……なんか、すごいねここ。雑草かき分けるのを我慢したかいがあるよ」
彼女が目を輝かせる。
気味の悪い廃村にご満悦だ。
「すごいでしょ。実はさ、昔ここで――」
僕はここで、さっき言えなかったこの村で起きたとされる事件のことを話し始める。
◇
それは大昔、この村に戦で敗れた数人の落ち武者たちが殿様を連れて逃れてきたことに始まる。殿様といってもそれは若すぎるお殿様。まだ10才にも満たない愛らしい子供であったという。
当時は村人たちも盛んに落ち武者狩りをしていた時代。弱っている落ち武者に対し、追い剝ぎの真似事をしては金品や武具などを奪い取っていた。
それを知っていた落ち武者たちは警戒したが、村人たちはそんな彼らを手厚くもてなした。まだ幼い殿様が苦労して逃げてきたことに同情したのだ――というのは表向きの話。実際の理由は、落ち武者たちがどこかに隠したという金銀財宝が目的であったという。
いずれは御家再建のために役立てようと落ち武者たちが持ち出してきた財宝であったのだが、村人たちはそれを我が物にしようと企んだのである。
しかし、どんなに信頼関係を築いても落ち武者たちや幼い殿様は財宝の隠し場所を村人に教える事はなかった。それに業を煮やした村人たちは隠してあるという財宝を諦め――――落ち武者たちを殺した。まだ幼い殿様も一緒にである……。
村人たちに彼らをずっと匿うつもりはなかったのだ。もし落ち武者たちを匿っていると領主に知られれば、この村は焼き討ちにあってしまう。財宝の隠し場所を教えてくれないのなら、村人たちにとって彼らは厄介者でしかなかったのである。
落ち武者たちを埋めた村人たちは悔しいながらも安堵したが、その夜から恐怖に震えることとなる――。
一夜に一人ずつ、村人が原因不明の変死体となって発見されたのだ。それは森のなかであったり家のなかであったり……場所は様々であったが、その死体はどれも恐怖の表情で硬直していたという。
村人たちは落ち武者たちの祟りであると考え、塚を作って彼らを祀り、その荒ぶる魂を鎮めた。
それからは村人が変死体となって発見されることはなくなり、村に平穏が戻ったのだが……。
それは十数年前、まだこの村が廃村となったばかりの頃――。
オカルト好きな若い四人の女性たちが、人のいないこの村を訪れた。伝承として残っていた落ち武者たちの祟りに興味を持ち、肝試し気分でやって来たのだ。
その時、彼女たちは落ち武者たちを祀った塚を倒して壊してしまう。
言いようのない罪悪感とその場で感じた寒気に、彼女たちは逃げ出そうとしたが村を出る前に目眩がし、四人とも一斉に気を失ってしまった……。
夜になって目が覚めた彼女たちは、いつの間にか倒した塚の前にいた。しかも、彼女たちは数人の落ち武者に囲まれている。身体が半透明になっている彼らは血だらけの格好をしており、その表情は怒りに満ちていた。
恐怖に震え上がる彼女たちは、身を寄せ合って許しを請う。だが落ち武者たちは刀を手にしたまま怒りの眼を向けてくるだけで微動だにしない。そこに一人の少年が彼女たちにゆっくりと近づいて来る。幼くして村人たちに殺されてしまった殿様である。
少年はとても悲し目をしていた。
そして彼女たちの前にしゃがみ込んでこう言った――。
「ねえ、殺されるって……どんな気分だと思う?」
心が凍りつきそうな声を聞いた彼女たちが最後に見たのは、刀を振り上げて向かってくる落ち武者たちの姿であったという――。
◇
「――その後、彼女たちは捜索していた警察に発見されたんだけど、見つかった時には全員死んでいて、その顔は恐怖で硬直していたんだってさ」
僕の話に、彼女は肩を震わせてうつむいている。
今なら、気遣う感じで肩を抱いてもいいだろう。
僕は下心を隠して手を伸ばしたのだが、その肩に触れる前に彼女が笑い出した。
「あるよね~そんなホラー系の話。でもさ、誰も生きて帰ってこなかったのなら、なんでそんな話が伝わってるのか――ってのを考えたら矛盾だらけ。私を怖がらせたいのなら、もっとよく考えて話してよね」
なんだ、怖がっていたんじゃなかったのか。
拍子抜けしたが、今の僕だって胸の内で笑っている。
こういった肝の据わった女は大好きだ。
そのすました顔が恐怖に歪むのを想像しただけで……。
「あのさ、私もこの村に関係した話を知っているんだけど……聞きたい?」
彼女がそう言うので、僕は「聞きたいな」と頷いてやった。
お楽しみが少し延びただけ……焦らされた方が興奮が増すというものだ……。
彼女が僕の目を見据えてきた。
よほどその話の怖さに自信があるのか、真剣な表情をつくっている。
「数年前からね、この村で何人もの若い女の人が殺されているんだって。犯人は男の人――。彼はね、インターネットで知り合ったオカルト好きな女の子を呼び出して、この村に連れてくるの。ここで自分で考えた作り話をした後、気遣うフリをして肩を抱こうとするんだって。でもさ、いきなり触れられたら女の子だって驚くよね。だから離れようとするんだけど、そのとたん態度が一変して遊び気分で酷いことをするのよ――」
なんだ……この女、何を言い出すんだ?
僕の背筋に悪寒が走る。
「彼女たちを絞め殺した男の人は、村のいろんな所に埋めちゃうんだってさ。どういう神経してるんだろ、怖いよね~……」
口調は軽いが、彼女の目は笑っていない。
「ど、どうしてそんな話を?」
僕の言葉に、彼女は楽しそうに口もとを吊り上げた。
「――頼まれたからよ」
「頼まれたって……誰にだよ……」
「彼女たちに――」
そう答えた彼女は、人差し指を左から右へと横一線に動かす。
「彼女たちって……ひッ!」
後ろを見た僕は思わず尻餅をついてしまう。
いつの間にか、数人の女の人に囲まれていた。
しかもその身体は半透明で、怒りに満ちた目を僕に向けている。
「ねえ、殺されるって……どんな気分だと思う?」
僕が創作した話の最後のセリフ。
彼女が言ったその言葉が、僕が耳にした最後の言葉となった――。
□◆□◆
読んでくださり、ありがとうございました。
作中の男に同情の余地なしですね。
嫌なニュースを耳にすることが多くなっています。
失ったものは取り返しがつきません。疑い過ぎるのもどうかとは思いますが、世の中には変な男もいるので女性の方々はお気をつけください。




