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正義のヒロインは悩み多き恋をする?

作者: 龍ヶ崎太一


「―くちゅん」

 小さなくしゃみとともに、日向晴(ひなたはる)は目を覚ました。

 かけていた布団と毛布は、ベッドの上からずり落ちてしまったようだ。頭は重く、身体中が汗ばんで、気だるさを覚えながらもベッドから降りた。

 寝る前につけた熱冷ましの貼り薬が、粘着力と効果がなくなってぺろんと落下する。

 熱はまだ下がりきっていないことだけは体感でもよくわかった。

 白いパジャマを一度脱いでブラジャーを外すと、同級生より大きめの胸が重力に引っ張られて小さく揺れる。

(また、大きいの買わないといけないのかな……)

 そこから連想する悩みを頭の淵に追いやりつつ、近くに置いてくれていたタオルを手に取り、体温が奪われるのを防ぐために手早く汗を拭き取った。

 リビングに出ると、日はとうに沈み電気もついていないことから、同居人はまだ戻ってないようだ。

 明かりをつけて、暖房も入れる。 時計を見ると、午後六時を回ったところだった。

 温まるまでの間に一度寝室へ戻って、寒さをしのぐために一枚の布を羽織った。

 ソファーに腰を下ろしつつ、体温計を脇に挟む。まだ薬の世話になるかどうか、明日は学校へ行けるかがこれで決まる。

 その待ち時間を埋めるために、テーブルの上にあったリモコンでテレビをつけた。

 朝から寝ていたために、昨日今日で何が起きたかもわかっていない。この時間ならばどこかしらのチャンネルでニュースがあるはずだ。

『私たちは光の姫騎士。リュミエール・シュヴァリエ!』

 チャンネルを合わせた瞬間、高らかに名乗りをあげる二人のヒロインがポーズを決めている映像が出た。

「……はぁ」

 どうやら、テレビが特集を組んだようだが、おそらくリュミエール・シュヴァリエの故郷”エトワール王国”が、映像情報を提供したのだろうと納得してため息をついた。

 シュヴァリエ達は、カラスの仮面をかぶった黒マントの剣士、ノワール幹部の”黒騎士コルボー”とそれが率いる戦闘員達と戦っていた。

 だが、戦いの途中から降り出した雨が次第に強まっていき、最後には金色のコスチュームを着た戦士、リュミエレイユが位置取りを誤って崖から海へ落ちていく姿で終わっていた。

 リュミエレイユの安否に関して大げさに煽るナレーションから、専門家の意見やら視聴者からのメッセージが表示され、アナウンサーがあーだこーだと口論を繰り広げる。

「……やっぱりここまでなんだ」

 晴は冷めた表情でテレビを消すと、同時に電子音が耳に届いた。体温計を見ると37.8℃と表示されている。

 あとは油断せず、しっかり体を休めれば明日には学校へ行けるだろう。

 晴は自分が羽織った布をきゅっと握りしめて包まった。彼女の金髪とは対照的な黒く大きなマント。

(皮肉だなぁ……)

 テーブルの上に置かれた金のペンダントがふと目に入る。

 太陽を象った装飾が施されたそれは、自分が授かった力の証。心を照らす金色の太陽リュミエレイユである証だ。



   *   *   *



 明らかに自分の不手際だった。

 乱戦の最中で、幅の狭い岬まで敵を追い詰めたまでは良かったが、補正のかかった身体能力に飽かせてジャンプ攻撃を繰り返し、着地した地点が崩れてしまったのだ。

 冬の冷たい水の中で、誰かに抱き上げられたような感覚だけを記憶に残して意識は闇に呑まれていった。

 そして、意識が戻りかけた時、口元に何か暖かい感触があり、目が覚めると黒いマントをかけられ、寝かしつけられていた。

「気がついたか? リュミエレイユ」

 くぐもった声が耳に入る。

 ザラザラした背中の感触から自分が砂浜にいることがわかった。そして、近くには火が焚かれていることも。

 自分が生きているということに安堵したいところだったが、心から喜ぶことはできそうにない。

 目の前にはつい先ほどまで戦っていた敵、黒騎士コルボーの姿があったからだ。

「っ! 何を企んでいるの!?」

 立ち上がって応戦の構えを取ろうとしたが、体は重く足からガクンと姿勢が崩れる。

 コルボーがとっさに手を伸ばして体を支え、砂の上に背中を下ろさせた。

「自分の状態考えろ。溺れかけていたんだ。まず体を温めろ」

 その言葉は、倒すべき敵の発するものとはとても思えないほど、気遣いに溢れているように感じる。

 そして、弱っている自分がそれに従うしかないことも事実だった。

「どうして殺さないの? 絶好のチャンスじゃないの?」

 相手は悪の組織、目的達成のためなら手段を選ばない卑劣漢の集まりのはずだ。

 助けるなら間違いなく裏がある。

(ま、まさかこのまま、アジトに連れて行かれて。『くっ、殺せ』なんて言わされて、友達が書いてたエッチな薄い漫画みたいなことされちゃうんじゃ)

 明らかに年齢制限のかかる最悪な展開が頭をよぎった。

「今この場で弱ったお前を殺して、俺にしてみれば手柄にはなるが、名誉にも実績にもならん。

 黒騎士コルボーは先陣を切る役割でありながら、弱った女の寝首を掻くことしかできない小心者なんて評価はいらないんだよ」

 そう言われてみればとも思った。ノワール四天王の作戦には特色がある。

 この男は戦いの最中に利用できるものは利用するが、戦う前から相手を陥れる真似をした記憶はなかった。

 ”鉄火のウルス”は、施設防衛に特化している。

 ”妖艶なるメデューズ”ならば、女の求めるものを奪い尽くす。

 ”浸蝕するセルパン”は、社会構造を蝕むような手を好む。

 そして”黒騎士コルボー”は、直接的な武力を用いて敵を斬り伏せる。

「セルパンの野郎ならともかく、俺が卑劣な策を用いてお前を葬っても横と下の連中は納得しないし、ついてこない。

 万全の状態を整えたお前たち二人を、正面から打ち破ってこそ真の意味での勝利だ」

 黒騎士はまるで正義の味方のようなことを言う。

「そんなこと言うなら、ヒーローを目指せばよかったのに」

「無理だな。正義は職業じゃない。無償で他人に奉仕できるほど、裕福な人間じゃないとそもそも選ばれないんだろう?」

「なんですかそれ! 正義の味方だって苦しいことはいっぱい……っ」

 思わず声を荒げてしまうが、まだ弱っている体は言う事を聞いてくれない。

「だから無理に動くな」

「嫌なことなんていっぱいあるんです。

 子供達の憧れなんて言われてても、ネットには胸やお尻の盗撮が載せられてたり、戦いでスカートがめくれてパンツが見えても、受けがいいからって理由でレギンスも履かせてもらえないし。

 戦いが終わったとしても、好きでもない婚約者の王子とエトワール王国の未来のために政略結婚しなきゃいけない。それでも、正義の味方でいれば家族がお金に困らなくて済むから……っ!

 あなたはいいでしょうね! 悪の組織で気に入らない人や物を斬ったり壊したりできるんでしょう!」

 今まで戦っていた相手に、どうして自分の感情をぶちまけてしまったのか。

 もしも、誰かに聞かれてネットに拡散されようものなら、正義の味方でいられなくなるかもしれないのに。

「……さっきのは失言だった。忘れてくれ」

 そう言って、コルボーはリュミエレイユの体を抱き上げた。

「相棒のところまで連れていく。通信はできるか?」

「……是非そうしてください。これ以上あなたの顔なんて見たくありませんから」



   *   *   *


 結局、晴はあの後風邪をひいてしまい、こうして学校を休んで養生しているのだった。

 ガチャリとドアを開ける音がする。

「ただいま。遅くなってごめん!」

 買い物袋を二つ抱えて同居人、白銀美月(しろがねみづき)が帰ってきた。

 長い銀髪をポニーテールにまとめ、晴よりも背は高く、胸は自分より小さいが細い腰回りにスラリとした美脚はモデル顔負けだ。

 むしろ、性的な目で見られることが少なそうで、晴は内心では美月が羨ましかった。

 心を導く白銀の月ことリュミエルーヌである彼女と同じマンションの一室に住んでいるのもわけがある。

 寝食を共にしていた方が情報を共有でき、エトワール王国から出されている住居及び光熱費が一軒分ですむ。

 晴の実家はさほど裕福な家庭ではなく、美月は両親を失い天涯孤独の身となってしまっている。

 そんな彼女たちに一定水準以上の生活能力はないため、こうしてルームシェアをしているわけだ。

「ハル、あんたまたあいつのマント使ってるの?」

 美月は呆れ気味に聞いてくる。

「その……ごめん」

 晴は謝る以外何も言えなかった。

 コルボーが何も言わずに被せたままで退散し、それ以来これにくるまっていると不思議と落ち着くのだ。

 敵を心の拠り所にしているような姿を見れば、美月が怒るのも無理はない。

「まぁ、あの変態王子が相手なら現実逃避したくもなるだろうけど、あいつだってノワールの一員なんだから。

 助けたことが作戦のうちかもしれないって考えとかないと、一番辛いのはハルなんだよ?」

 厳しい物言いは、晴の事を本当に心配しているからだというのはわかる。

「夕飯どうする? まだお粥の方がいい?」

「じゃあ、お願い」

「そうそう、これ黒羽が差し入れだって」

 美月が持っている買い物袋の一つには、スポーツドリンクが五百ミリリットル入りのペットボトルで三本ほど入っていた。

「そうなんだ。治ったらお礼言わないと」

「べつにそんな気ぃ遣わなくっても、あのバカなんだし」

「そんなこと言ってると、嫌われちゃうよ? もし美月ちゃんにうつったら黒羽君に看病に来てもらおうと思ったのになぁ」

「は、はぁっ!? なんでそういう話になんのよ!」

 晴はくすくすと笑う。

 美月が編入生の黒羽玲(くろばれい)に片思いしていることは気がついていた。

 自分が婚約を断らなければ、相棒は自由に恋愛して幸せをつかむことができる。

 せめてそれだけでも、晴は成就させたかった。自分の未来が切れ間のない曇天だとしても、その遥か先の夜空に月が輝き続けてくれればいいと。



   *   *   *



「お兄様、最近はリュミエレイユの映像の比率が上がりましたね。8:2ぐらいでしょうか?」

「気のせいだろ」

「別に隠さなくても構いませんよ。お兄様にとって貧乳はステータスでも希少価値でもなく、あのたわわに実った禁断の果実を、カラスだけど鷲づかみにして揉みしだきたいと」

「そんなんじゃねぇよ! ただ、なんでこんな風に笑えるのか、わからねぇもんだ」

「冗談です。以前より少し真面目になりました。では次の作戦はいかがいたしますか?」

「エトワール王国のクレプスキュル王子に”名誉の戦死”を遂げてもらおう。唯一の世継ぎがいなくなれば大なり小なりダメージを与えられる」

「リュミエール・シュヴァリエのきわどい衣装や武器をデザインしたり、年齢制限ギリギリの写真集を出させている、はっきり言って女の敵のような王子ですね」

「向こうが弱体化してれば、和平もさせやすくなるだろ。ボスとセルパンとメデューズあたりの首をこっちも差し出せばいい」

「まったく、お兄様の夢想ぶりにも困ったものです」




『悪の幹部〜』の方を投稿した直後に、どうせなら正義の味方側のキャラも書いてみたいなぁと思ったのが発端です。

晴→変身後に恋 美月→変身前に恋

というめんどくさい構図の三角関係になった上に、設定周りが無駄にシリアスになってしまいました。

でも、これ以上先のことを書く気も長編に切り替える気もないので悪しからず。

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― 新着の感想 ―
[一言] オチのつけ方、終わり方がスッキリしていて良いと思います。
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