【10歳】お茶会で友達が出来ました。
初めてのお茶会。姉上の時のハプニングを参考に、打てるだけの手は打ちました。
幼児には、飽きないよう砂場や遊具を用意。家庭教師もまだついていない小さな子供たちには、玩具の貸し出しや侍女による絵本の読み聞かせコーナーを作り、もう少し大きくなった子供たちには、バイキング形式でお菓子のコーナーを作り、あちこちにテーブルと椅子を設置。席を移動しても良いし、遊んでも良いような形式にしました。
面白くないのに、ひたすら座っているのも苦痛ですし、出来れば楽しいお茶会だったと帰路について欲しいですよね。だから、ムリはさせたくないと思いました。
ええ、確かに思いました。けれど、目の前に広がる光景は、どうしたことでしょう。
砂場では玩具の取り合いが勃発し、子供たちが砂と水に塗れ、つまり、泥まみれになって転げまわっています。誰です、水まで用意したのは?そして、絵本や玩具は一部の子どもたちに独占され、他の子どもたちが徒党を組んで不平不満を叫んでいます。うーん、お互い見事な舌戦で、なかなかに戦況は拮抗しているようです。
極めつけは、私と同年代の子どもたちがお菓子をふんだんに乗せたテーブル周辺に集まり、文字通りケーキに群がっています。です。ええ、勿論、最高級の材料を使い、最高級のお菓子を出すよう命じましたけど、貴族の子どもたちも群がるほど?
みなさま、淑女教育されてるのではないですか?そんなにガツガツしていて大丈夫でしょうか?まあ、楽しそうに生き生きとしているのが救いでしょうか。
とはいえ、本日のお茶会の主役である私が、ボッチというのは、どうなのでしょう。ええ、勿論、私はお客様をもてなす立場ですから、みなさんに喜んで頂くだけで十分ですし、お世辞を言われて媚びられるのも真っ平ですが、いや、しかし、やっぱり、この凡庸とした存在感の薄い顔が、忘れ去られてしまうのでしょうか。
ああ、勿論、『友達作りは待っていても出来ない、こちらから果敢に攻めろ!』といわれますが、正直、どこのグループにも混ざる気は起きません。というか、万一、混ざっている姿をスミルラーク侯爵夫人に見られでもしたら、それはもう恐ろしいことが起きるに違いありません。
ふう、と息を吐き、ティーカップのお茶を飲みます。最高級ポルヴェル産の茶葉が醸し出す、フルーティな香りが口から鼻へと抜け、少しだけ渋みと酸味、そして柔らかい甘みが喉を潤していきます。うーん、いつ飲んでも癒されるお茶ですね。
束の間、現実逃避をしていると、隣に人の経つ気配がしました。顔を上げると、キッとした強い眼差しの可愛らしい少女が立っていました。
「どうぞ」
「お初におめにかかります。私は、ユイガド伯爵が娘、サミュカ・ユイガドと申します」
小さな手がドレスをつまんで淑女の礼の姿勢になりました。慣れない感じが初々しいですね。確か、ユイガド伯爵のお嬢様は、私と同じ年の筈なのに、何だか自分が一気に年老いた気分になりました。って、まだ10歳ですけどれも。ふう。
貴族社会のマナーとして、位の高い方から声をかけます。本来であれば、初対面同士、私も自己紹介をすべきでしょうが、ここは私の城。そして、私主催のお茶会に招待されたからには、たとえ子供であっても第二王女の名前を知らないなんてありえません。
といか、ありえない前提で、自己紹介はしません。夫人にきつく申し渡されました。では、こんな時どうするのかと言いますと、視線で着席を促すそうです。何か傲慢そうなので、誰にも聞こえないよう小さな声で、お座り下さいと告げました。
なぜ小さな声かというと、うっかり侍女の口から夫人の耳に入れば大変、恐ろしいことが起こりますから。大事なことなので2度言いました。その間にも、ユイカド伯爵令嬢は「失礼いたします」と再度、淑女の礼を取り、腰を掛けました。直ぐに、近くで控えていた侍女が近づいてきて、ドリンクメニューを手渡します。彼女は、しばし眺めたものもパタンとメニューを閉じて、がっくりと俯きました。
「申し訳ありません。私、あまり詳しくなくて……」
最後の方は消え入る様に呟いていました。ありゃ、てっきり選択肢が多い方が良いだろうと張り切りましたが、言われてみれば、普段、飲んだことがないドリンクばかりという招待客もあるでしょう。ちょっと失敗しました。でも、知ったかぶりをせず、きちんと説明したところが好感持てます。
「では、私と同じもので宜しいかしら」
「はい!お願いいたします」
出来る侍女は、私たちの会話を聞き、直ぐに同じものを持ってきました。ポルヴェル産のお茶と、私の大好きなチョコレートタルトも一緒です。ユイカド伯爵令嬢は、小さく切り分けたチョコレートタルトを口に入れ、目を丸くしています。
そうでしょう、そうでしょう!私の一番大好きなお勧めタルトですから!しかも、あちらのケーキビュッフェでは出さず、侍女に注文して初めて口に出来る逸品です。
あ、ビュッフェの方は、殆どケーキがありませんね。侍女にケーキではなく、ガッツリ系の軽食を出すよう指示します。みなさま、食べ盛りですからお腹いっぱい食べて貰いたいです。ええ、みなさまの『当初の目的』は既に忘れ去られたようで助かります。
侍女も、了解したとばかりキラリと目を光らせて下がりました。ユイカド伯爵令嬢は、今のやり取りに思うところがあったらしく、可愛らしく首を傾げています。
「あ、あの、二の姫様っ、このたびの茶会は……」
「ふふ、小さな『レディ』のみなさま、元気で楽しそうで何よりです」
彼女は、二、三度、口をパクパクしましたが、結局、口を閉じ、頭を下げました。
「もっ、申し訳ございませんっ!」
「ユイカド伯爵令嬢が謝罪することではないのでは?」
ふふふ、と首を傾げると、食べかけのタルトに突き刺そうとしていたフォークを置き、先ほどより更に深々と頭を下げました。
「いえ、父も同類です。母が止めてくれなければ同じ過ちを犯すところでございました」
「……過ちではありません。みなさま、素敵なご令嬢ですから」
ははは、ここで『過ち』を認める訳にはいきません。何が何でも、このお茶会は成功させなければならないのですから。それにしても、ユイカド伯爵が奥方に頭が上がらないというのは本当のようですね。こういうのを、内助の功というのでしょうか。ご令嬢も母上を見習って、良い淑女になるでしょう。
「不躾でなければ、私のことはサミュカとお呼び下さい」
「では、私のこともアンナ、と」
こうして、サミュカは私の初めての友達となったのです。