私のおバカな妹
私はドルワイム公国、第二子の一の姫。世間は、私を美姫だの天使の歌声の持ち主だの褒め称えるけど、本当は自分でいうのもなんだが、かなり男勝りで苛烈な性格だと思う。
10歳になるまで1歳違いの兄と一緒に育てられたが、スミルラーク侯爵夫人も手を焼くほどの生徒だった。覚えるのは人より早い。真剣に見ていなくても、何となく、で出来てしまう。あとは、にっこり笑顔で誤魔化せば何とでもなるから、正直、家庭教師なんて必要ないと思っていた。
割と早い内から、周囲にちやほやされて、天才だ神童だと持て囃された。勿論、兄は、私が神童などではないことを知っている。母も知っているが、父と弟はいまだ気付いていない様子。
いや、父は気付いているかも知れない。以前、兄に万が一のことがあったら、私に女王になれと言った。その苛烈な性格は、始祖の女王の血筋だから、と。まあ、この平和な国で万が一などありよう筈もなく、それでもまあ、始祖の女王に似ていると言われて悪い気はしなかった。
そんな私の栄華は、9歳にして終わりを告げる。何故なら、正真正銘の始祖の女王が現れたのである。いや、正確に言うと始祖の女王と瓜二つの妹が生まれたのである。その時の城の大騒ぎは今でも覚えている。父も宰相も、侍女たちも歓喜に沸き、ボンとショーガツが一度に来たようだった。
ボンとショーガツというのは、始祖の女王が異世界からもたらした古語の言い回しで、兎に角、めでたく浮かれ騒ぐことを意味する。生まれて初めて使ってみたが、なかなか悪くない。
「お前たちが生まれた時も、こんな騒ぎだったよ」
兄が弟を慰めている。弟は筋肉バカだから、ころりと騙されて喜んでいたが、私は騙されない。大体、兄だって私が生まれた当時、1歳の幼児なんだから覚えている筈がない。
「バレたか。でも、まあ、仕方ないよな。なんて言ったって始祖の女王なんだから」
兄も自重するように笑っていたから、てっきり私と同じように妹が苦手になるだろうと思っていたのに、妹が3歳になる頃には、家族の誰よりも妹の世話を焼いていた。裏切者。
最も、兄は異性だから良いのだろう。私は妹と同性ゆえに何かと比較されることが多かった。勿論、妹の方が出来が良いからだ。一緒に食事をしていても、その洗練された所作に、はっとさせられる。私のような付け焼刃ではなく、体の内側から滲み出るような美しさに完敗した。
それでも、私の本性を知らない侍女や貴族の子弟などは、相変わらず美しいだの、天上の歌声だの持ち上げてくるが、以前のように素直に聞こえなくなった。陰で、バカにされているんじゃないかと怖くなった。適当に褒めておけば調子に乗って、ほいほい言うことを聞くだろうと。
全員が全員、そんなことは思っていない、と信じたかったが、一度、疑心暗鬼に憑りつかれると自分ではどうにもならなかった。そして、感情が高ぶり、制御できずに苦しんだ。
そんな時、妹が、小さな手を胸の前で握りしめて近づいてきた。やめろ、今来られると何するか分からない。とにかく、あっち行けっ!とか邪魔だっ!とか、そんな暴言を吐いた気がする。けれど、妹は意に介さず、近寄ってきて、泣いた。ぽろぽろと、まろい頬を滑り落ちる涙を見て、はっと我に返った。
「あねうえ、いたい?おむねが、いたいの?」
自分の痛みのように泣きじゃくる妹を見て、それでもまだ、抗いたくて、うるさいっ!と一喝した。
「何様のつもり?ちょっと顔が似ているからって始祖の女王だなんてちやほやされて、みんなお前をバカにしているのよ?本当は何もできない愚か者なのに」
ああ、そうだ。愚か者は私だ。女王に似ていると浮かれて、バカにされて。妹は、違う。顔も似ているが、何よりその凛とした佇まいが、威厳にあふれ、慈愛に満ちている。文献には残されていないが、始祖の女王も苛烈な性格だけでは誰もついて行かなかっただろう。
自分の放った言葉がブーメランのように跳ね返る。自分の言葉に自分で傷ついて、私も涙が溢れ出て止まらなくなった。相変わらず泣き続ける妹と2人、わんわん声が枯れるまで泣いた。
「ぐしゅ、あねうえは、かっこいいでしゅ。しゅぐに、なんでもおぼえて、できてしまいましゅ。わたちは、なんどもなんども、くりかえしゃないと、おぼえれないのにっ。ひっ、んっ、ぅうたも、とってもぴかぴかちて、あねうえのうた、きくと、みんな、げんきになりましゅ。ほかのだれにも、できないれしゅ」
涙交じりの告白は、思いあがっていた私の胸に深く突き刺さった。そうだ、妹だって何もしないで完璧な所作を身に着けた訳じゃない。夫人が帰った後も独りで何度も何度も繰り返し練習している。それだけの苦労を経て身に着けたのに、表面的に出来る気になって練習なんて一度もしなかった私が、同列に並ぶことすら烏滸がましい。
でも、歌だけは好きだから何度も何度も練習した。空いている時間はすべてと言っていいほどに。妹はそれを知っていたのだろう。だから、私の歌声はみんなを勇気づけ、誰にも出来ないことだと言った。その瞬間、荒れ狂っていた私の小さな狭い世界は、穏やかに落ち着きを取り戻した。
ここに味方がいる。独りじゃないと、理屈ではない本能が理解したから。
そして、今日も私の馬鹿正直な妹が、お茶会の準備に奔走している。適当に力を抜けと忠告したが、それでもおバカな妹は手を抜くことをしないだろう。そうして、何だかんだとお茶会を成功させる。彼女自身は気付かないが、日に日に妹を慕う者たちが増えていく。
だが、もう嫉妬はしない。だって、私も兄に次ぐ妹バカになったのだから。
私は第二子だから、いずれは結婚するか、仕事をして城を出る身だ。だけど、歌は、みんなの癒しの為に歌うから職業にはしない。そうだな。妹に似合うドレスを作るデザイナーになろうか。今度、叔母上に相談してみよう。