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【8歳】前世の知識は全く役に立ちませんでした。

 博物館でぶっ倒れて周囲を心配させましたが、次の日には普通に目が覚めました。いやー、何て言うか、前世の記憶って長編アクション映画を観ている感じですね。始祖の女王って、なかなかに波乱万丈な人生だったようです。


 他人事みたいに言うなって?……そりゃあ、三千年も昔の人ですから共感はしても、自分の人生とは全然違います。始祖の女王が、家族と引き離されて異世界こっちに来た憤りや悲しみに胸を打たれても、私の家族は目の前で笑っていますから、その気持ち分かるッ!とまでは言えません。


 ええと、ざっくり女王の人生を説明しますと、斎川恵理那サイカワエリナという名の日本人で、大学の法学部で司法を学んでいたようです。ある夜、大学からの帰り道、ふっと路地を覗き込んだら、この世界に立っていたのだとか。魔法でいうところの、空間転移、いや時空転移でしょうか。この世界でも、かなり高度な魔法で、恐らく人間では誰もなし得ない、神の御業と言われています。


 しかも、当時は、ドルワイム公国の建国前。小さな国々が領土争いを繰り返している状況で、降り立った場所も戦場のど真ん中。突然、何もない空間から現れた異世界の女性に、兵士たちは驚いて一斉攻撃をしかけたそうですが、彼女はものの見事に撃退し、瞬く間に戦争を鎮圧。争っていた国々と終戦協定をまとめ、『ドルワイム公国』を作ったそうです。




「故に、彼女は『始祖の女王』と呼ばれ、彼女の作った法律や政策は、当時としては革新的なもので周辺各国の手本となったそうじゃ。以来、我が国は『始祖の女王が作った始祖の国』として知られておる。姫様のお名前も女王様から頂いたありがた~い御名ゆえ、立派な女王になるのじゃぞっ!」

「……第4子の第二王女では女王になる確率など皆無ですわ、リッカル先生」


 話をしているうちに興奮してきたのか、ご高齢のわりに熱弁をふるうリッカル先生に、冷静な突っ込みを入れてみました。ルーラン・リッカル先生は、かつては大学で教鞭をとるほどの優秀な人材で、彼の教え子たちの中には幾人もの著名な人物がおります。それなのに、50歳を機に世界を漫遊するという理由で退職。72歳の現在は、漫遊時に見知った研究内容を著書にまとめるなど、精力的に活動されていたところを父上の頼みで私の家庭教師になったのだとか。


 我が父ながら、猪突猛進する性格ですので、かえすがえずも申し訳ございません。


「分かりませんぞ。この世界の神羅万象は、人知では計り知れぬもの。まったく予期せぬ出来事が起こりえますからな。始祖の女王とて、まさか異世界の王になるとは予期しておらなんだでしょうなぁ」

「……まあ、確かに先生の仰る通りかもしれませんね」


 とても優秀な先生ですが、熱血なのと、時折、意味不明な発言をするのが玉に瑕です。ここはさらりと流しておきましょう。


 え~現在、私は8歳になり、リッカル先生という家庭教師がついて、今は歴史の授業の真っ最中です。元・日本人の始祖の女王が制度を作ったせいか、我が国では、小学校、中学校、高校、大学と存在します。多分、彼女は勉強好きだったのでしょうけれど、大半の国民にとっては16年も勉強に費やす時間は取れないのが実情です。


 そんな訳で、現在、農家や商家の一般庶民は、小学校で読み書き、計算、初歩の歴史や理科など習っておしまい。基本的に7歳で入学しますが、家庭の事情で来られない人もいるので希望者は何歳でも受け入れ可能です。あまり多くはありませんが、読み書きを習いたいと大人になってから入学する人もいます。


 ちょっと余裕のある庶民は、中学校にも進学し、レベルの上がった勉強+初歩の外国語や外国の歴史を習います。他国と商取引をしている商家の子どもたちが主な生徒たちです。勿論、小学校レベルの学力があって試験に合格すれば中学校から始めることも出来ます。


 更に上級の高校は下級貴族が進学し、大学まで行くのは上級貴族とランク分けが出来ております。


 私も大学へ進学予定ですが、それまでの間、庶民向けの学校で初歩の授業ばかり習っている訳にはいきません。5歳から我が国の『華の重鎮』と呼ばれるスミルラーク侯爵夫人に教えを請い、礼儀作法、ダンスなど立ち居振る舞いを徹底的にしごかれました。


 あまりの激しさに夢にまで出てきましたし、8歳になった今では、反射で動けるようになりました。特に、ワルツの音楽を聴くと勝手に背骨が伸び、足がステップを踏んでしまうのが恐ろしいですわ。ふっふっふっ。


 同時に、座学の練習も始まりました。所謂、文字を覚えたり、簡単な計算を覚えるのですが、ただ覚えるだけではありません。ノートを取るだけでも、美しい文章の書き方、書く時の美しい姿勢、優美な算盤の弾き方など徹底的に教え込まれました。王族は常に美しくなくてはいけないそうです。


 最初は驚きましたが、言われてみれば、家族全員、ほれぼれするほど所作が美しいので納得です。あの美しさの裏側には、こんな苦労があったのか!と感動ひとしきり。まして、私は凡庸ですから人一倍頑張らなければ!あの星を目指すのよっ!巨人の星をっ!


 こほん、ちょっと興奮してしまいました。リッカル先生に感化されたようです。とまあ、これら美しい所作を覚えた8歳にして初めて、リッカル先生の講義を受けることが許されたのです。


 それにしても、当初、頭の中で、「前世の知識があるから講義なんて楽勝よッ!オーホホホホッ!」と腰に手を当てて高笑いをしていましたが、自分がいかに甘ちゃんだったか思い知りました。


 まず、歴史と地理。何しろ三千年も昔の知識。しかも、建国期です。結果的に歴史は、最初の数十年しか役に立たず、しかも、将軍は浮気者だったとか、宰相は陰険野郎だったとか、どうでもいい知識ばかり思い出し、まったく勉強に身が入らないというオマケ付き。くうぅっ!


 地理なんて、ドルワイム公国は変わらないものの、周辺諸国が統合したり分断したりで昔の知識など無用の長物となり果てました。辛うじて昔より国の数が減ったため、覚え直す国の数が減ったことは不幸中の幸いですけれど。


 では、国語こそ!と思っても、三千年前の言葉なんて死語です、死語!……いや、むしろ古語!前世で日本語もどきの数々の流行語を生みだした女王の言葉も、今やすっかり古典です。ほら、小学生がいきなり『春はあけぼの。やうやう白くなりゆく……』なんて言葉遣いで喋ったらビックリするでしょ?あれと同じ原理。ああ、つまらない。


 算数や理科はどうかって?実は、この世界、魔法が存在するのです。魔法って前世の知識では、イメージを思い浮かべるだけで使えたのですが、現在では、小難しい定理と数式が必要となります。例えば、火をつける魔法を使おうとすると、火の定理にそって空気量や燃焼材などを数式に当てはめ、最後に魔力を注ぐと魔法が発動する仕組み。


 ええ、女王は日本という国の最高学府で学んでいたぐらいですから、計算などお手のモノです。普通の十進法であれば!……悔しいことに、魔法だけあって(?)発動条件によって二進法になったり、五進法になったりと様々なのです。……誰だ、こんな難しくしたヤツ!!出てこ~いっ!なのです。


 三千年もの間に、何が起こったんでしょう。もうすっかり浦島太郎な私です。


 え?前世みたいにイメージだけでは使えないのかって?それが出来れば嘆いてなどいません。なんと、現世の私には魔力がないのです。これっぽっちも。かつて強大な魔力を保持し、戦争を終わらせ、国を統一した女王と同じ姿なのに何ということでしょう?!


 まあ、魔力については追々説明していきますが、とにかく何が言いたいのかと言いますと! 


 前世の知識なんて何の役にも立ちません!ほんっとうに何の役にも立ちませんっ!……こほん。大切なことなので2度言いました。お忘れなきようお願い致します。


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