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僕を見つけて  作者: 九重
7/8

番外編 手紙 前編

おかげさまで2018年9月に書籍化されます。

お礼の番外編をお楽しみいただけたら嬉しいです!

(私ったら、なんで忘れていたのかしら!)


うら若い少女が、柔らかな金の長髪をたなびかせ薔薇の庭園を走って行く。

赤、白、黄色にピンク――――色とりどりの豪華な花は、まるで少女に(かしず)くように次々に(こうべ)を垂れ、道を開いた。


少女の手には長い杖がある。魔法に詳しい者ならば、微かに光るその杖が魔法の杖だとわかるだろう。

少女は走りながら風の魔法を操り、薔薇の花々を傷つけぬように脇に退けていた。たいへんデリケートな力加減を必要とする風魔法で、そんじょそこらの若者には絶対できない魔法であるのは言うまでもない。

それを苦も無く行いながら、少女は猛スピードで走っていた。


(もうもう! 大失敗だわ!)


今にも泣きそうな顔で焦っているのは、エクレール・ルシエルナガ伯爵令嬢だ。

つい最近、この国――――いや世界一の英雄と呼ばれるランビリンス侯爵の婚約者となった。

金の髪に青い目。取り立てて美しいわけでもなんでもないごく普通の令嬢――――だと、本人は思っている。


ここは王宮の中庭で、普段の彼女ならば決して走ったりしない場所だった。にもかかわらず、彼女はものすごいスピードで走っている。


(だって、緊急事態なんですもの!)


エクレールは心の中で、誰にともなく言い訳した。

彼女の目的地は騎士団の訓練場――――この中庭を突っ切ったすぐ先にある場所だ。つまり、中庭は訓練場への近道なのである。

彼女が今すぐどうしても会いたい人物がそこにいた。


あともう少しで目的地というところで、彼女の目の前に大きな池が現れる。真ん中に噴水のある直径二十メートルくらいの人工池で、エメラルドグリーンの水面が美しい。

ただ、どんなに美しい池でも今の彼女には邪魔以外の何物でもなかった。

遠回りするのが嫌なエクレールは、咄嗟に魔法を唱える。


「ウィング!」


言葉と同時に彼女の背には一対の白い翼が現れた。

一度羽ばたいた彼女はスッと空に浮かび上がる。そのまま滑るように池の上を飛び越えた。

幾層にも重なったドレスのスカートがフワリと広がり、エクレールの細く形良い足がチラリと見える。貴族の令嬢としてはありえない失態だが、周囲には誰もいないからセーフだろう。

高度が上がったことにより彼女の視線も上がり、中庭と訓練場の境に立つ樹木の向こう側の景色が視界に入った。


「あ!」


陽の光を浴びて青銀に輝く人物が、見える。

それこそが彼女の捜していた相手であり、輝いているのは彼が背に流す長髪だ。

迷わずエクレールは、その輝きを目指した。


「チェム!」


大声で名を呼ぶ。

チェム――――チェムノター・ランビリンス侯爵が、弾かれたように振り向いた。青紫の美しい目がエクレールを映し、驚きに見開かれる!


「エクレール!」


彼女に向かって伸ばされた手の中に、エクレールは迷わず飛び込んだ! 同時に背中の翼をスッと消す。

彼女の婚約者――――ランビリンス侯爵は、スマートな外見からは考えられないほどの安定感で、がっしりとエクレールを受け止めてくれた。


「良かった! ……どうやら間に合ったようね」

「エクレール、どうしたの? 今日の午前は、お義母(はは)上とドレスの採寸ではなかった? 僕との結婚式に着る用のドレスで当日まで見ちゃダメだって言われたから、僕は泣く泣く一緒にいるのを諦めたんだけど。……うっぷん晴らしに騎士に稽古をつけていたんだよ」


エクレールが空を飛んできたことには驚かず、ここにいること自体に驚いたチェムは不思議そうに小首をかしげる。その拍子に青銀の長髪がサラリと流れ落ち、陽を弾いてキラリと輝いた。


(くぅ~っ! 今日もチェムは最高に可愛いわね)


エクレールは心の中で悶える。


御年六十五歳ながらクォーターエルフの血のおかげで二十代にしか見えないとんでもない美形のチェム。今の彼は、騎士団の軽装であるストイックな白い服に身を包んでいる。月の化身と評される彼の騎士姿は確かに眼福もので、エクレールが悶えるのも無理もない。

ただし、そんなチェムの背後には、うっぷん晴らしの結果叩きのめされた騎士たちが点々と地面に転がっていた。まさに死屍累々の状況で、これを見た上でチェムを『可愛い』と評せる猛者(もさ)は、世界広しと言えどエクレールだけだろう。


「……急にチェムの顔が見たくなったのよ」


エクレールがそう言えば、チェムは破顔一笑。ものすごく幸せそうに笑った。


「本当? 嬉しいな。……でも、さっき『間に合った』とか言っていなかった?」


天真爛漫に笑いながらも、チェムは鋭いところを聞いてくる。こういうところが油断のならないところだ。

エクレールは、わずかに顔を引きつらせた。


「え、えぇっと…………今日はチェムの誕生日よね」


何に“間に合った”かは、言いたくない。

考えたエクレールは、差しさわりのない部分だけを話そうとした。


「嬉しい! 覚えていてくれたんだね」

「当たり前よ! 私がチェムの誕生日を忘れるわけがないでしょう。産まれた時間だってきちんと覚えているわよ。太陽が一番高い位置にいる時間に産まれたんだって教えてくれたじゃない」


だからエクレールがメルだった前世で、メルはチェムの誕生祝を誕生日のお昼に行っていたのだ。

あの頃は、それが時には旅の途中の難所だったり戦場だったりもしたけれど、必ずその日のその時間にメルはチェムに「おめでとう」と伝えていた。


思い出したのだろう、チェムの顔がくしゃりと歪む。

今日は晴天。太陽はもうすぐ天の頂に達する時間だ。


「それで急いで走ってきてくれたの? 僕に『おめでとう』を言いに?」


――――実はそれだけではなかったのだが、エクレールはとりあえず頷いた。

感極まったチェムは、エクレールを抱く腕に力をこめる。


「ありがとうエクレール。また(・・)エクレールに誕生日を祝ってもらえるなんて、僕は本当に幸せ者だ!」


ギュッと抱きしめられて、エクレールはホッとしながらチェムの周囲を探った。


(……本当に良かったわ。まだ届いてないみたい)


心の中で呟き、なおも辺りをうかがう。


(これからどうしよう? 気づかれないように結界を張った方がいいかしら?)


――――実は、エクレールがチェムに会いに来た理由は、誕生祝の言葉を告げるためだけではなかった。

今日、今からチェムの元に“あるもの”が届くのだ。

エクレールは、それを阻止したいのである。


(本当に、今の今まで忘れていたなんて――――私のバカ! “あれ”がチェムの元に届いたら、恥ずかしすぎて死んじゃうわ! それに――――)


どこからどう現れるかもわからないものを警戒し、エクレールはキョロキョロと周囲を見回した。

やっぱり結界で城ごと覆ってしまうしかないかと、手に持つ杖を握り直した時――――


エクレールの体に回した手はそのままに、チェムが少し体を離した。視線を合わせ顔をのぞきこんでくる。

期待に満ちた青紫の目が彼女をジッと見つめていた。


なんだろう? と考えたエクレールは、思いついてハッ! とする。


(私ったら、誕生祝のプレゼントを持ってきていないじゃない!)


今日がチェムの誕生日だと知っていたエクレールは、サプライズのプレゼントをきちんと用意をしていた。ほんのついさっきまで、ドレスの採寸を理由にチェムを遠ざけて、丹精込めて作った品を可愛らしくラッピングしていたのだ。


その作業の途中で、何がきっかけだったのか、不意に彼女は十五年前――――自分が死ぬ間際のチェムの誕生日のことを思い出してしまった。病床で、もちろんプレゼントなどできるはずもなく、苦しい息の下途切れ途切れに伝えた『誕生日おめでとう』の言葉にチェムが泣き出してしまったことを――――

同時に、そんなチェムがあまりに可哀想でメルが最期の魔法を使ったことも思い出したのだ。

その内容に青くなり飛び出してきたのが、今の状況だ。


「……あっ、と。その、プレゼントは家に置いてきたの。守護の魔法を編み込んだ腕輪なんだけど――――」

「うん。ありがとう。大切にするね」


恐る恐るプレゼントを忘れたことを告げれば、チェムは落胆もせずにあっさり頷く。

しかし、視線はいっこうに外れる気配がなかった。

キラキラ輝く目に見つめられ、エクレールは首を傾げる。


(プレゼントでないのなら、チェムったらいったい何を期待しているの?)


考えている間にも太陽は空を進み、二人の足元の影は小さくなっていく。

その影を目に止め――――エクレールは再びハッ! とした。


(あ! そういえば私、お祝いを言うために走ってきたなんて言っておきながら、肝心のお祝いを言っていないわ!)


ようやく思いつく。



「た、誕生日、おめでとうチェム!」



焦って告げた。

おりしも太陽は天頂に至る。


「ありがとう。エクレール」


チェムがこの日一番の笑顔を見せた。

心の底から幸せそうな美形の笑みは破壊力満点で、エクレールはボーッと見惚れてしまう。ずっとずっと、もう何十年も見慣れた笑みなのだが、いつでもこの笑顔は彼女の心を奪った。


(もう! もう! もうっ!!)


心の中で地団駄を踏む。



その時――――

真上の太陽の中を影がよぎった。

後編は21日朝6時公開予定です。

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