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僕を見つけて  作者: 九重
5/8

5

戦闘シーンは難しい……




開始の合図が言い終わらぬ内に、ランビリンス卿が放った雷属性の最大級の攻撃魔法が、一直線に王太子を襲う!


「くっ!」


咄嗟に、王太子の前に出たエクレールは杖を掲げ、その攻撃魔法を防いだ。

彼女の障壁に当たった電撃が、バチバチと稲妻を走らせ、飛び散り、消えていく。


はっきりきっぱり、当たれば一瞬で黒焦げになる威力の魔法だった。


長いローブの魔術師長が、ガタン! と、椅子を蹴立てて立ち上がる。パカンと開いた口が、呆気に取られてエクレールを見つめた。口元がわなわなとわなないて、大声で叫ぶ。



「どうして、あの魔法を防げるんだ!?」



防がなければ、王太子が黒焦げになるからである。

当然のことを聞かないでほしいと、エクレールは思う。


当の王太子は、あまりに早い攻撃に、一歩も動けず呆けていた。


パリパリと音を立て、電撃の余韻が、エクレールの杖から、足元にこぼれ落ちる。



「……そいつを庇うの?」



低く、ランビリンス卿が聞いてきた。


「当たり前でしょう!」


王太子を黒焦げになんてしたら、間違いなく反逆罪で一生指名手配犯だ。可愛いチェムを自分のために犯罪者にするわけにはいかないと、彼女は思う。


なのに、不機嫌そうに眉をひそめたランビリンス卿は、次々と攻撃魔法を放ってきた。


燃え盛る炎の塊と、鋭い(やいば)と化した暴風、石をも穿つ水流が、次々と王太子と彼を庇うエクレールめがけ襲い来る!


その悉くを、エクレールは防いだ。


ゴォ~!! ブォォ~ン!! ガガッ!! という、炎と風と水の音が、絶え間なく響き渡る。


立ち上がっていた王宮魔術師長は、ヘナヘナと声もなく座り込んだ。解説らしい解説は少しもしていないのだが、観客も驚き解説を聞くどころではないので、問題ないのかもしれない。




「……こ、これは!?」


ようやく気を取り戻した王太子が、顔色を青くしてエクレールに聞いてきた。


「ランビリンス卿の攻撃魔法です! それでも、多少は威力を落としてあるようですから、当たっても即死はしないでしょうけれど、……危険です。動かないでください!」


即死はせずとも重傷となるのは間違いないレベルである。

動くなとエクレールは、はっきり王太子に伝えた。


なのに、何を聞いているのか、王太子は「そうか」と頷き、剣を握り締める。


「殿下!」


「私が斬りかかる。エクレールは、そのまま持ちこたえていてくれ!」


言うなり王太子は、エクレールの背後から飛び出して、ランビリンス卿めがけ突進した!


(バカなの!!)


エクレールは、心の中で罵声をあげる。

彼の剣技でランビリンス卿にかすり傷一つ付けられるはずがなかった。


慌てて後を追ったエクレールは、反対にランビリンス卿から瞬殺されそうになった王太子を焦って庇う。

魔法を唱えながら、自分の杖でランビリンス卿の剣を受け止めた。


ガッキッ! と、剣と杖とがぶつかり合う音が、場内に響く!


ちなみにエクレールの杖は、彼女特別仕様の魔法で強化した岩をも砕く剛杖である。この杖に、衝撃緩和の魔法と、彼女自身の肉体強化の魔法を加え、ようやく剣を受け止めることができた。

チェムの馬鹿力は、相変わらず健在だ。


今度は、解説席から軍服に身を包んだ左将軍閣下が、勢いよく立ち上がった。こぼれ落ちんばかりに目を見開き、大声で叫ぶ。



「どうして、あの剣を受けられるんだ!?」



受けられなければ、王太子が真っ二つになるためである。

なんとしても受けざるをえないだろうに、何を言っているのだと、エクレールは思う。


当の王太子は、腰を抜かしてエクレールの背後にへたり込んでいた。



「動くなと言ったでしょう!! 一切、余計なことはしないで!」



たまらずエクレールは、王太子を怒鳴りつけてしまう。

魂の抜けた王太子は、コクコクと首を縦に振った。



剣と杖を交わしながら、至近距離でエクレールとランビリンス卿は睨み合う。


「――――ああ。やっぱり、流石メルだ。僕の剣を受け止められるなんて、メルくらいだよ」


うっとりとランビリンス卿は、美しく笑った。

チェムに剣技を教えたのは、メルである。勝てずとも受け止めることぐらいできる。


ギリギリと歯を食いしばり、杖を構えながら、エクレールは、やはり彼は自分の正体を知っていたのだと、確信した。


(いったいどうして?)


疑念は浮かぶが、しかし、今は考えている場合ではない。


エクレールとランビリンス卿は、両者同時に一度剣を引き、バッと距離をとると、今度は、そのままものすごいスピードで、打ち合った。

剣と杖とが、火花を散らしてぶつかり合う。


目を丸くしてその様子を見た左将軍閣下は、王宮魔術師長同様、ヘナヘナと声もなく座り込んだ。

やはり解説らしい解説の言葉は、何もない。

彼らが学園からもらう謝礼金は、返還しなければならないだろう。




戦う二人は、まるで高速の舞踏を踊っているかのように美しく、隙の無い動きを見せていた。


しかし、エクレールは必死で、ランビリンス卿は、余裕たっぷりに陶然と笑っている。

それが、そっくりそのまま、今の彼女とチェムの力の差だった。


(このままじゃ、どうやっても勝てない)


元々、勝つつもりなど微塵もないエクレールだが、今、力を抜けば、彼女はともかく、彼女の庇う王太子は、間違いなく大ケガを負うだろう。

ランビリンス卿は、そのへんの力加減をしながら、久しぶりの彼女との戦いを楽しんでいるだけなのだと思われた。


このまま延々とエクレールと戦うもよし。彼女とペアを組み、あまつさえ名を呼び捨てている王太子を、うっかり打ち据えるのもよしと、考えているに違いない。


(本当に、性質が悪いんだから!)


親の顔が見てみたい! と思ったエクレールは、それが自分の顔であることに、がっかりする。



ともかく、このままではまずかった。


(……仕方ないわ。この手は、本当に使いたくなかったのだけれど)


エクレールは、覚悟を決める。

ギュッと杖を握り締めた。




「メル?」


彼女の雰囲気が変わったのを、敏感に悟ったのだろう。剣で攻める勢いを変えずに、ランビリンス卿が問いかけてくる。


エクレールは――――フワリと、笑った。



「…………チェム」



名を、呼ぶ。



一瞬、ランビリンス卿の剣が止まった。


その瞬間を逃がさずに、エクレールは魔法を唱える。



「―――― ファントム!」



たちまち、その場に何人もの“メル”が、現れた!

チェムと出会ったばかりの若かりし頃のメルや、年をとり、髪に白いものが混じりはじめたメル。立つことができなくなって、椅子から手を伸ばすメルの姿もある。


『チェム?』

『チェム!』

『…………チェム』


それは、エクレールが魔法で作り出した幻影だった。

幻影たちは、口々にチェムの名を呼ぶ。


訝し気に、怒ったように、……そして、甘えたように。




ランビリンス卿は、――――目に見えて、狼狽えた。

相手は、幻影だ。剣を一閃させ、薙ぎ払えばいい。

それは、わかっているだろうに。



「……だ、ダメだ! できない! 僕には、メルの姿を消すなんて! とってもできない!」



背の高い、威風堂々とした美丈夫は、そう叫んで立ち竦んだ。




幻影の中から、一人だけ姿の違う少女が進み出る。

それも“メル”だと、チェムは知っていた。


「メル」


ランビリンス卿の呼びかける声を聞き、少女は、ギュッと杖を握り締める。




「チェム! あなたって子は、……反省しなさい!!」




エクレールは、杖を振りかぶり、そのままランビリンス卿の脳天めがけ振り落とした!


ゴッキ~ン! と、いい音がして、杖が美しい男の頭にヒットする。


グラリと傾いた英雄は、そのまま仰向けに、ドウッ! と倒れた。


何故か、その口元には、嬉しそうな笑みが浮かんでいる。




シ~ン! と、会場中が静まり返った。


物音ひとつしない中、メルの幻影が次々と消えていく。


最後に残ったのは、エクレール一人だけである。


闘技場に立っているのも、また彼女一人だけだった。




「――――っ! 勝負あり! 勝者! エクレール・ルシエルナガ伯爵令嬢! …………と、王太子殿下?」




判定のコールが、場内に響く。

最後に疑問符をつけるのは、やめてあげてほしいと、エクレールは思った。


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