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僕を見つけて  作者: 九重
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4

数日後、エクレールの通っていた学園では、卒業前の試験が予定通り行われた。


「ありがとう、エクレール。君の援護魔法のおかげで、決勝戦も危なげなく勝つことができたよ」


試験終了後、国王陛下の御前試合を控えた待合室の中で、エクレールは王太子殿下から声をかけられる。

大方の予想通り、王太子とエクレールのペアが、優勝したのだ。


「私の力など取るに足りません。殿下の剣技が素晴らしかっただけです」


エクレールはこんな時の臣下としての模範解答を返した。内心完璧だと自画自賛する。


「いや、そうだとしても、君の魔法は実に的確だ。いつでも私が必要とする時に、最適な魔法を使ってくれる。……まるで、私の心がわかるかのように」


――――そんなもの、当たり前だった。

十五歳の少年の素直な戦闘パターンが、百戦錬磨のメルの記憶を持つエクレールに、読めないはずがない。王太子が次にどんな動きをするかなど、エクレールには目を瞑っていたってわかった。


「やはり、私たちの相性は抜群だ。そう思うだろう?」


思うはずなど、絶対ないのに、そんなことを聞かれても困ってしまう。


「……畏れ多いことです」


エクレールは、恐縮したふりをして、頭を下げた。


「まったく、君は、……いつまで経っても私に心を許してくれないのだね」


悲しそうに王太子は、小さなため息をこぼす。首を二、三度横に振ると、エクレールを真っ直ぐ見つめてきた。


「この後の御前試合。相手は団長クラスで、流石に勝つことはできないだろうが、少しでも善戦し、父上からお褒めの言葉をいただけたなら……私は、君との婚約を父上に願い出ようと思う」


「殿下!」


エクレールは焦って声を上げた。絶対、止めて欲しいと思う!


「我が家は、伯爵家でも末席に連なる家格の低い家です。父も家族も、私が王太子妃になることなど、望んでおりません。どうか、その話は、なかったことに!」


「君の家に、迷惑はかけないよ」


そんなはずがあるか! と、喉元まで出かかった罵声を、かろうじて呑みこんだ。フルフルと、首を横に振って、否定の意思を伝える。


王太子殿下は、今度は深いため息をついた。


「そんなに、私の妃になるのは嫌かい?」


嫌に決まっていた。

そもそも貴族でいることだって、エクレールは嫌なのである。ただ、愛して育ててくれた両親と、チェムのことがあったから、今の立場にとどまっていたに過ぎない。


先日、無事チェムからメルの記憶を消したエクレール。これで万が一夜会などで出会っても、チェムが彼女に気づく心配はなくなったが……実は、エクレールは、それとは別に、学園を卒業したら隣国に留学しようと、画策していた。両親は悲しむかもしれないが、どの道いつかは他家に嫁がせるつもりでいるのだ。少しばかり、時期と行き先が変わったと思って、諦めてもらえばいい。


彼女は、チェムのいるこの国に、これ以上いたくなかったのだ。

メルを忘れたチェムは、いずれ誰かと結婚するだろう。侯爵の地位に相応しい美しく可憐な花嫁を迎えるはずだ。

そんなチェムを、彼女は見たくない。


(隣国に行って、その内こっそり出奔して、また流れの傭兵になるのもいいかもしれないわ)


チェムのいない一人旅は寂しいだろうが、この国で、痛む胸を抱えながら悶々と生きていくより、余程いい。



だから、王太子妃なんて、論外だった。

とはいえ、ここで、きっぱり「嫌です」なんて、エクレールの立場で言えるはずもない。


唇を噛んでうつむく彼女に、王太子は肩を落とした。




「まあ、いい。今はそれより御前試合に集中しよう。……話は、それからだ」


それからもこれからも、話なんて少しもない。

王太子が、父王に余計なことを言わないように、わざと無様に負けようかとまで、エクレールは、考えてしまう。



「……エクレール、まさか君は、手を抜いたりしないよね?」



そんな彼女の考えを、王太子は、すっかり見抜いているようだった。

まだ十五の少年ながら、彼は案外、人の心の機微を読むことが上手い。それを利用した駆け引きにも優れていた。

おかげで、エクレールは王太子妃の話を、完全に断ることができないでいるのだった。


(腐っても、王太子ってことかしら?)


権謀術数渦巻く王宮で暮らしていれば、そんな特技も身に着くのかもしれない。

ますます王太子妃になりたくないと、エクレールは思った。

あいまいに笑う彼女に、王太子は真剣な目を向けてくる。


「君とペアを組んで戦える最後の試合だ。……いい試合にしよう」


そんな風に言われてしまっては、無様に負けるわけにはいかなかった。


(こういうところが、喰えないのよね。……まあ、とはいっても“私”が手を抜かないで戦うわけにもいかないけれど)


メルが本気で戦えば、騎士団長クラスなんて瞬殺だ。そんな悪目立ちはしたくない。

「はい」と返事をしながら、エクレールは考えを巡らせる。


(今まで通り、王太子殿下の動きに合わせた適度な魔法で、善戦空しく負ければいいわよね)


この時、彼女はひどく気楽にそう思っていた。

まさか、この後、全身全霊、全力で戦う羽目になるなんて、わかるはずもないエクレールだった。





コロッセウムには及ばないが、ほどほどの規模の学園に設置された闘技場に、王太子とエクレールは入場する。

今期の卒業生ナンバーワンを決めるこの大会は、学園内のみならず王国内の注目を集める大会で、今回も沢山の観客が詰めかけている。既に勝者は決まったが、メインがこの後の御前試合なのは周知の事実で、誰一人帰った生徒も観客もいず、割れんばかりの歓声に、二人は迎えられる。


一段高い場所には、特別な観覧席が設けられ、既にその場に国王と王妃が並んで座っていた。

我が子の雄姿を興奮して見下ろす国王夫妻の様子は、王というより父兄参観に近い。

苦笑を堪えながら、エクレールは優雅に一礼をした。

王太子から既になんらかの話を聞いているのだろうか、国王も王妃も食いつくような視線で彼女を見てくる。


その視線にも戸惑ったが、もっと戸惑うことがあった。

王太子とエクレールの対戦相手がまだ入場していなかったのだ。

この戦いの主役は、あくまでも卒業試合を勝ちぬいた二人。いくら相手が騎士団長クラスから選ばれるとはいえ、普通、対戦相手は、先に入場していて、主役二人を待っている。

例年とは違う手順に、エクレールだけでなく、王太子も観客も怪訝そうに首を傾げた。


そんな雰囲気の中、御前試合の開始が、高らかに告げられる。


「それでは、これから国王陛下のご臨席を賜り、御前試合をはじめます。そもそもこの試合は――――」


学園の歴史からはじまる前口上を、エクレールは適当に聞き流す。

事ここに至っても、対戦相手は現れない。これは明らかに異常なことだった。

いったい何が起こるというのか?


(ドラゴンとでも戦わせるつもりなのかしら? まあ、どんな魔獣が相手だって、私は、動揺なんてしないけれど)


しかし、王太子殿下は、流石に驚くかもしれなかった。現に今も彼は、不安そうな顔をしている。

エクレールは、安心させるように微笑みかけた。

彼女の笑みを見た王太子は、ハッとして、少し恥じ入るような笑みをこぼす。しっかり前を向くと、背筋をピンと伸ばした。


王太子の気持ちが持ち直したことを確認し、エクレールも試合開始の挨拶に集中する。

長かった挨拶は、ようやく終わりにかかったところだった。



「――――今回、王太子殿下が勝ち残られる可能性が大きかったため、対戦相手には、特別な方が名乗り出てくださいました!」



興奮を隠せない司会の声が、拡声魔法を使って闘技場に響き渡る。


(特別な方?)


何故か、エクレールの背中に悪寒が走った。

身体が、ブルリと震える。



「対戦相手は! ―――― なんと、あの、チェムノター・ランビリンス侯爵です!!」



大音声のコールと同時に、闘技場内のあちこちに、音と煙だけの小爆発が起こる。もうもうと湧き上がる煙の中から、背の高い美貌の騎士が現れた!


場内に大歓声が起こり、熱気が満ちる。




(なっ!?)


エクレールは、驚きに言葉を失った。

どうして、ここにチェムがいるのだろう?


呆然とする彼女が見ている前で、派手に登場した男は、洗練された仕草で、国王に一礼している。


(……偶然なの?)


見つめるしかできない彼女の目と、顔を上げこちらを向いたランビリンス卿の目が……合った!


美しい男の目が、甘く、うっとりと、彼女を見つめてくる


(……っ!)


それは、間違いなく、チェムがメルを見る目で。


その瞬間、エクレールは、何故かはわからないが、先日の自分の魔法が破られ、彼がメルを見つけてしまったことを悟った。


(どうして?)


頭の中が、真っ白になってしまう。

それなのに、彼女の心臓はバクバクと鼓動を早め、身体は喜びに震えていた。

こんなに近くにチェムがいて、彼女を見つめてくるのだ。仕方ないだろう。


「――――御前試合は、本来デュオ戦で行われますが、ランビリンス卿がソロでしか戦わないことは皆さまご存知でしょう。今回の戦いも、二対一で行われます! また、今試合の解説には、我が国屈指の魔法使いである王宮魔術師長さまと、近衛騎士団長の左将軍閣下が名乗り出てくださいました!」


司会の紹介を受けて、長いローブを着た白い顎髭の老人と、軍服に身を包んだ体格の良い中年男性が立ち上がり、観客の拍手に応える。

気づけば、戦いのルール説明は、終わりかかっていた。後は、開始のコールを待つだけである。



(……戦う? チェムと? 私が?)



正確には、彼女と王太子が、である。

エクレールは、混乱して考えがまとまらない。

ただ、そんな戦いが無茶だということだけは、わかった。


どうしたって、勝てるはずがない!



「待っ――――」


待ってください! と、エクレールは叫ぼうとした。

既に、前世で死ぬ段階で、チェムの力は、総合力においてメルを上回っていた。――――それから十五年。彼女に見つけてもらうために、強くあり続けた男に、生まれ変わり赤ん坊からやり直した彼女が、敵うはずがない。

準備万端に、時間をかけて魔法を使ったコロッセウムの時とは違うのだ。


王太子など、いないも同然。むしろ、足かせだった。



エクレールは、戦う前に白旗を上げようと決める。それが最善で、唯一の手だ。

なのに、そんな彼女の行動を、王太子が遮った。


「なんと! なんたる僥倖だ。私たちは、ランビリンス卿と戦えるのか!? 剣士として、これ以上の喜びは、ない!」


感激に声を震わせて、叫ぶ王太子。――――英雄ランビリンス卿は、彼の憧れの人だ。


「私などが、卿に勝てるはずもないが、……力の限りを尽くさせてもらおう。よろしく頼む、ランビリンス卿!」


喜びも露わに、声を張り上げる王太子。


当のランビリンス卿は、そんな彼に、はじめて気づいたという風に、目を向けた。訝しそうな表情は、王太子を認識していなかったのかもしれない。入場した瞬間から、王に一礼した以外は、エクレールしか見ていなかった彼だ。仕方ないだろう。


「よろしく?」


思いっきりハテナマークをつけて、ランビリンス卿は首を傾げた。

しかし、興奮している王太子は、それを、挨拶を返してもらえたと受け取ったようだ。



「ああ、胸が高鳴る。……さあ、行くぞ、“エクレール”!」



王太子は、勇ましく、エクレールに声をかけた。


その途端、ランビリンス卿の目が、ギラリと光る。

引き締まった体から、ユラリと殺気が立ち上る――――のが、見えた気がした。



(ひっ!……怒っている?)


そう言えば、独占欲の強いチェムは、他の人間がメルを呼び捨てにするのを極端に嫌っていた。迂闊に名を呼んだ男たちが、何人も血の海に沈んだのを、エクレールは思い出す。


彼女の顔から、ザッと血の気が引いていった。


(まずい!)


そう彼女が思うのと、開始のコールがかかるのが、同時だった。



「はじめ!」



戦いの幕が切って落とされた。

すみません。6話くらいになりそうです。

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