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僕を見つけて  作者: 九重
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この世界には、転生がある。


ほとんどが前世の記憶を持たずに転生するのだが、ごくまれに前世を覚えたまま新たな生をはじめる者もいる。

例えば、現国王がそれで、彼が望んで平民から迎えた王妃が、前世で片思いの相手だったというのは、国中知らぬ者のいないラブロマンスだ。

そんなもの、好いた女をどうしても王妃にしたかった国王の作り話だと一笑にふす者もいるが、エクレールは本当だと信じている。


(だいたい、嘘をつくなら“片思い”じゃなく“恋人”でしょう。前世からの“片思い”なんて、下手すりゃストーカーよ)


現国王は、うざいくらい王妃が好きな以外は、たいへん優秀な執政者である。だから誰も何も言わないのだろう。


彼女の前世は、魔女だった。

とはいっても、怪しい不老不死のおばあさんではなく、ただの、魔法が使えるだけの女性である。魔法使いの女性は、全て魔女と呼ばれている。


名は、メル・マードレ。


同時にメルは、傭兵でもあった。当時この国は戦争中で、戦争孤児の彼女が、生きる手段として傭兵稼業を選ぶことは、ごく自然な流れだったのだ。

金で雇われ戦って、一仕事終われば次の戦場を求めて放浪する。彼女の腕を見込んで、自分に一生仕えないかと申し出る雇い主も多かったが、縛られることの嫌いな彼女は、申し出を丁重に断り旅を続けていた。


そんな日々が過ぎるのは、早い。

メルが、十歳のチェムノター・ランビリンスと出会ったのは、彼女が三十歳になった頃だった。

場所は、昼なお暗い魔の森の最深部である。


その時メルは、なんでこんな魔の森に“天使”がいるのだろうと、本気で思った。幼い頃のチェムは、それくらい可愛らしかったのだ。

大の男でも滅多に入り込まないような鬱蒼とした森の中。彼がそんな場所にいたわけは、すぐ知れた。チェムは父親に捨てられ、魔の森で迷子になっていたのだ。

とはいえ、それは児童虐待でもなければ、育児放棄でもなかった。

チェムの父はハーフエルフ。身体能力や魔力が人間とは比べものにならないほど優れているエルフは、子供の親離れも早い。エルフの血と一緒にエルフの考え方も引き継いだチェムの父は、十歳の息子を家から放り出したのだという。エルフなら当然の行為だそうだ。


チェムにとって不運なことに、人間の常識を持って、父を止めるはずだったチェムの母は、彼が八歳の時に流行病で亡くなってしまっていた。その結果、十歳のチェムは、右も左もわからない魔の森に、たった一人で放り出されたのだ。ちなみに魔の森は、入り口付近だけならエルフの故郷であるエルフの森によく似ているそうだ。チェムの父に悪気はなかった。ついでに言えば、常識もなかっただけだ。


どこをどう歩いたのか、いつの間にか魔の森の最深部を彷徨っていたチェム。彼がメルと出会えたのは奇跡だっただろう。襲い来る魔物を一瞬で撃退し、助けてくれた彼女に、幼いチェムが懐いたのは、言うまでもない。

そして、メルの方も天使のようなチェムの容貌に、一目で堕ちていた。――――決して恋愛感情ではない。母性本能である。


この世界の女性の結婚適齢期は、十七歳と言われている。三十歳になったメルにとって、チェムは我が子と言ってもおかしくない年齢だ。かてて加えて、この時メルは、自身の結婚や、家庭をもつことを諦めていた。流れの傭兵稼業をしている女が、子を産み育てることなど、夢のまた夢だ。


そんな風に考えていた彼女が、自分の子供のようなチェムに出会った。

だから、これも何かの縁だと、メルは思ったのだ。

その場で彼女は、チェムに話をし、彼を養子にしたのだった。


(あの時は、まさかそれから四十年も一緒にいるようになるなんて、思ってもみなかったけれど)


チェムが立派に一人前になるまでの五、六年。どんなに長くても十年間くらいを育てるつもりで、メルはいた。


しかし、いったい何をどう間違ったのか、すくすく成長し、立派な青年になったチェムは、メルを母ではなく、一人の女性として好きになってしまったのだ。


「メルは僕を優しく庇護し、厳しく鍛え、教え、導いてくれた。そして、何より僕を愛してくれたんだ。……僕がメルを愛さないはずがないよ」


目も眩むような美青年に成長したチェムは、ある日、メルを押し倒しながらそう言った。

チェム十七歳、メル三十七歳の春である。


おいおい、と、頭痛をこらえたメルだった。くどいようだが彼女がチェムに持っていたのは、愛は愛でも、母性愛。間違っても男女の恋愛感情ではない。


当然のことながら、この時彼女はチェムを殴りとばし「十年早い!」と怒鳴りつけた。決して十年後なら良いという意味ではなく、絶対ムリだという意味でのセリフだ。

エルフの血をひき、抜群の身体能力と強い魔力を持ち、メキメキと頭角を現してきていたチェムだったが、この時点での実力は、剣はともかく魔法ではまだまだメルに遠く及ばない。大きなたんこぶを作り、涙目になったチェムは、しかし、この後も、決してメルを諦めなかった。


縋りつき、泣き落とし、毎日毎日メルに「愛している」と繰り返し告げる。一緒にいるのが悪いのかと、チェムの元から逃げ出したこともあるメルだが、どんなに離れようとしても、彼は必ず彼女を見つけ出し、追いついてきた。


(正真正銘ストーカーよね)


これが嫌いな相手なら、何が何でも逃げたのだが、チェムは、嫌いどころか、大、大、大好きな我が子だ。


突き放しきれなかったメルは――――最終的にチェムにほだされた。



「十年早い」と言った十年後。――――メルは、チェムの愛を受け入れ、自身も愛を返したのだった。



「嬉しい! メル、もうずっと一緒だよ。永遠に離れない!」


大きくたくましくなった体で、メルを抱き締め、子供のように泣いて喜んだチェム。

この時、メル四十七歳、チェム二十七歳。

夫婦となった二人は、その後、仲睦まじく暮らした。


――――死が、二人を分かつまで。





メルの享年は七十歳だった。

百年を生きる人間がいる中で、七十年の人生は短いと言われるかもしれないが、傭兵なんて死と隣り合わせの仕事を長年続けてきたのだ。七十年は、彼女にしてみれば十分な長さだった。

チェムはその時五十歳。エルフとしてはまだまだ青年で、外見は二十代でも充分通るくらいの若々しさに溢れていた。


(よく、おばあちゃんと孫に間違われたわよね)


せいぜい良くて母と子だ。間違われる度にチェムは激怒し、最後には、自分に貫禄がないせいだと落ち込み、慰めるのが面倒くさかった。

メルが死の病にかかった時は、心身ともにひどく消耗して、どっちが死にそうなのかわからないと医者に呆れられもした。


「自分を置いて逝くな!」と、「一人にするな!」と、「勝手に死ぬなんて、ひどい!」と、散々なじられた。

あげくの果てに「メルが死んだら僕も死ぬ!」とか言い出したから、病の床から懇々と説得する羽目にもなった。

もう少しもつかもと医者から言われた自分の寿命が、呆気なく尽きたのは絶対チェムのせいだと、彼女は信じている。


「後追い自殺なんかしたら、絶対許さないから!」

「転生の輪から外れてやる!」


そう彼女が脅したら、顔を青ざめさせ、チェムは前言を撤回した。


「メルの相手は僕だけだ。生まれかわっても、絶対僕を見つけて!」


無茶を言うなと思った。

前世の記憶を持ったまま転生できる人間は、ほとんどいないのだ。だいたいどこに生まれかわるかもわからない。世界の果てかもしれないし、チェムだってずっとここに居られるとは限らない。


「こんな広い世界の中、お互いどこにいるのかわからないのに、会えるはずもないでしょう」


病の床で、メルはチェムにそう言った。死んだ後まで、自分にチェムを縛りつけたくないと思ったのだ。

なのに、チェムは頑なに首を横に振る。




「それなら、僕は、どこにいてもメルにわかるように、一番強くなるよ! 僕の名前が世界の隅々にまで届くくらい強くなって、メルを待っている! ずっとずっと、待っている! だから、お願い、僕を見つけて(・・・・・・)!」




キレイな顔をぐちゃぐちゃにしてチェムは泣き縋った。

誰より愛した人のそんな姿を見て、どうしてその願いを断れるだろう。


死の間際、メルは必ずチェムを見つけると約束し、事切れた……。





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