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僕を見つけて  作者: 九重
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ナナムジカさまの曲「Ta-lila~僕を見つけて~」を聞いていてふと浮かんだお話です。

曲は素晴らしいのに、何故か私が書くと、シリアスになりきれぬコメディに……

ナナムジカファンの皆さま、すみません!

それでも、少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

半径百メートルほどの大きな円形闘技場を、三十段の観客席が囲むコロッセウム。

数万人の観客が見守る中で、本日最後のメイン戦が行われている。

既に日は落ち、魔法で光を増幅されたかがり火が、煌々と闘技場を照らし出す。空には三日月よりもなお鋭い、(せん)月が地上を見下ろしていた。


行われているのは、剣士と魔法使いが二人一組で戦う、典型的なデュオ戦。しかし、闘技場に立っているのは三人で、片方は一人で戦っている。

しかも、戦いを制しているのは、あきらかに一人の方だった。


「相変わらずランビリンス卿の魔法攻撃は見事だな」

「同時に二種類の攻撃を別々に仕掛けられるのは、彼以外いないでしょう」


貴賓席の一角で、感心しながら身なりの良い男たちが話し合う。

彼らの言葉通り、二人組の闘士は、自分たちを狙う魔法攻撃を防戦一方で防いでいた。ちなみに、魔法使いを襲っているのは烈火の炎で、剣士の方は雷撃から必死に逃げ回っている。


「やはり、今日の勝負も彼の圧勝ですかな」

「間違いないでしょう。やれやれこれでは賭けになりませんな」


肩をすくめる男たち。目には称賛の色を称え、ランビリンス卿と呼ばれるたった一人の男を見つめている。


近くの席で、同じ戦いを彼らの夫人たちも見ていた。しかし彼女たちがランビリンス卿に送る視線には、夫とは全く別の光が宿っている。


「ああ、今日も麗しいお姿ですわ」

「見て、あの横顔。まるで月の化身のよう。私、あの方の光で、夜の間だけ花開く黄色い月見草になりたいわ」

「まあ、月見草は白い花ですわよ。あなたのおっしゃるのは、マツヨイグサの間違いではなくて? ランビリンス卿は、闘士でありながら博識でも有名なお方。そんな間違いをする方が、お側に寄れるかしら?」


ホホホと笑いながら、別の夫人が扇で口元を隠す。間違いを指摘された夫人は、悔しそうに唇をかんだ。


自分の妻たちのランビリンス卿をめぐる争いを、夫たちは苦笑しながら遠巻きにながめる。

彼女たちは、明らかに彼に懸想していたが、それに嫉妬する夫は一人もいなかった。

この国――――いや、世界最強の闘士にして、先の戦の英雄。その功績により、侯爵に叙爵された最強の男に張り合おうだなんて気概を誰も持っていないのである。おまけにランビリンス卿は、この世のものとも思えない絶世の美男子だった。その容姿は、神々のつくりし奇跡とまで言われる男に、誰が勝とうと思えるだろう。

そして、それより何より――――ランビリンス卿は、純粋な人間ではなかった。噂によれば、彼は滅多に人里には姿を見せないハイエルフの血を引く混血で、寿命は人間よりはるかに長いと言われている。実際、彼の容姿は、ここ十年以上何一つ変わっていなかった。

つまり、彼と同じ土台で競うなんて、おこがましい以外のなにものでもないのだ。

彼らの妻のランビリンス卿に向ける想いも、手の届かぬ相手に対する憧れ。あまりに神格視した夫人たちの言葉は、不倫や浮気を疑うような生々しい現実感に著しく欠けていた。

アイドルやイケメン俳優に熱をあげている妻に、本気で嫉妬する夫はあまりいないだろう。要は、そういうことだった。


呆れ半分、諦め半分で妻を眺める彼らの元に、一人の中年男性がやってくる。


「おや、ルシエルナガ伯爵。遅いお出ましで」

「もう最終戦ですよ」


仲間に迎えられた男――――ルシエルナガ伯爵は、白いハンカチで柔和な顔から滲む汗を拭きながら、彼らの間に腰をおろした。


「いやいや。コロッセウムには、既に一時間も前からおりましたよ。ただ。娘にせがまれましてね。場内のあちこちから、さまざまな角度で試合を見ておりました」


白いハンカチで、ルシエルナガ伯爵が示す先には、丁度彼らの妻の席に加わろうとする伯爵夫人と、彼の娘であろうほっそりとした少女がいる。


「ああ、ご息女の」

「確かご息女――――エクレール嬢は、今年学園を卒業されるのでしたね」


仲間の質問に、ルシエルナガ伯爵は、相好を崩す。


「そうなのですよ。つい先日、もみじのような手で『()ぅたま』と、私に抱っこを強請っていた娘が、もう卒業。……月日の流れるのは早いものですなぁ」


親ばか丸出しのルシエルナガ伯爵に、それはいったい何年前の“先日”なのかと、仲間たちは呆れた。学園の卒業は十五歳。その“先日”が十年以上前なのは、間違いないだろう。


「では、今日は、卒業前の最終試験のための見学ですかな?」

「そう言えば、エクレール嬢は最終試験で、王太子殿下とペアを組むのだとか。それは熱も入るというものですな」


最終試験とは、学園を卒業する者が、今まで学んできた成果を外部に示すための模擬戦のことである。戦いであるため勝敗がつき、評価されるから試験と呼ばれているが、この模擬戦で惨敗だったとしても、卒業できないことはない。ただ、一位になったチームには、最後に、国王陛下のご臨席を賜った上での御前試合に挑むことができるという特典があった。相手は、各騎士団の団長クラスである。もちろん、そんな試合に生徒が勝てることはないが、御前試合に出ることそのものが、たいへんな名誉である。そのため、生徒たちは熱心に最終試験に挑むのだ。

ルシエルナガ伯爵の娘が、試験の参考のためにとコロッセウムに足を運ぶのも不思議なことでは、まったくない。


「それにしても、王太子殿下とペアを組まれるなど。ご令嬢が殿下と婚約されるという噂も、ますます信憑性が高まってまいりましたな」


探るように仲間に聞かれて、ルシエルナガ伯爵は、白いハンカチでまた汗をぬぐう。


「いやいや。それは、本当にまったくの噂で、そんな話は、我が家では、何も――――」

「しかし、ペアのお話は、殿下の、たってのご所望だったと聞きましたぞ」

「たまたま娘の魔法が、殿下の攻撃スタイルに合っていただけで――――」

「卒業後の社交界デビューも兼ねた夜会でも、殿下がエスコートなさるそうですな」

「いったい、誰がそんな――――」


仲間に追及され、ルシエルナガ伯爵は、ますます汗だくになっていく。白いハンカチは、もう水が搾れるほどに濡れていた。





(……お父さま、頑張って)


そんな伯爵を少し離れた席から、娘のエクレールは、そっと応援している。できれば助けに行きたいのだが、こちらはこちらでたいへんなのだ。


「王太子さまとご令嬢の婚約式はいつですの?」


扇を持ったご夫人が、ルシエルナガ伯爵夫人に優雅に話しかける。


「まあ、そんな。正式な話もないのにそんな話は。……不敬にあたりますわ」


伯爵夫人は、とんでもないと、こちらも扇を優雅に揺らしながら首を横に振る。


「でも、夜会のドレスを殿下が直々に選んで贈ってくださったとか」

「夜会では、最終試験の表彰式もございますから。殿下と並んで立っても見劣りしないようにとのお心遣いかと思われます」


別の夫人にたずねられ、ルシエルナガ伯爵夫人の扇を揺らすスピードが速くなっていく。


「まあ。では、ドレスの噂は本当だったのですね。ドレスと一緒に内々のお話もあったのではなくて?」

「ありませんわ。娘は、まだ学園生ですから」


鋭いツッコミに、扇の揺れはますます速くなった。


「子供なんて、親が知らない内に大人になるものですわ。ねぇ、エクレールさま?」


母に向かっていた攻撃の矛先が自分に向いて、エクレールは心の中で舌打ちする。あいまいに笑いながら視線を逸らし、「ああ!」と、大きな声をあげた。


「ランビリンス卿が、攻撃されていますわ!」


エクレールの言葉に、ご夫人たちの視線は、あっという間に闘技場に向けられる。


「まあ、ホント!」

「ランビリンスさま!」


視線の先では、エクレールの言葉通り、対戦相手の剣士がランビリンス卿を目指し、特攻をかけていた。一方的に攻められていた剣士が、我慢できずに飛び出したのだろう。魔法使いとの連携も何もない攻撃だが、それゆえ意表をついた攻撃となる。

剣士はいかにも闘士といった筋骨隆々の大男で、それでいながら動きも素早かった。諸刃の大剣を軽々と振り上げ駆けていく。


「きゃぁっ!」

「ランビリンスさまが!」


ご夫人たちは甲高い悲鳴を上げた。ランビリンス卿は、敵の剣士に比べ、背は高いが、横幅は問題にならないほど細い。剣士の大剣が受け止められるとはとても思えなかった。

幾人もの貴婦人が、その場でばったりと気絶する。



一方、エクレールは――――


(バカな男だな)


一人冷静に、剣士の男をそう評していた。


(チェムが、反則ものの剣闘士だと知らないのか?)


チェムノター・ランビリンス――――あまり呼ばれることのないランビリンス卿の本名である。なんでも気軽にファーストネームで呼ぼうとしたお調子者の王族が殺されかけた事件があって、誰も呼ばなくなったのだと言われている。


(魔法攻撃を多用しているが、チェムの本分は剣士だぞ。……勝負あったな)


なのに、ランビリンス卿をチェムと気軽に愛称で呼んだエクレールは、冷静に戦いの結果を見据えている。

彼女の予想通り、ランビリンス卿は、打ちかかってきた剣士の大剣を瞬時に弾き飛ばした。そのまま鋼鉄の鎧で覆われた剣士の腹部を自分の剣で薙ぎ払った。

ドコッ! と、鎧のヘコむ鈍い音と共に剣士は、十メートルは吹き飛んでいく。


(相変わらず、馬鹿力だな)


あの外見であの腕力を、反則と呼ばずにどう呼ぼう。見かけは優美な男を、エクレールは半眼で見つめる。

間髪おかず身を翻したランビリンス卿は、突然の出来事に立ち竦む魔法使いに、瞬く間に肉薄し、その首に手刀を落とした。

魔法使いは、呆気なくその場に昏倒し、動かなくなる。


「勝負あり! 勝者! ランビリンス卿!!」


相手を戦闘不能にすれば、勝利が確定する。高らかにあがった勝利のコールに、コロッセウムが大歓声に揺れた。

先ほど気絶していた貴婦人もいつの間にか復活し、歓声をあげていた。

見事な試合に惜しみなく賞賛が送られる。


――――しかし、中にはそうでないものもいた。

エクレールの父がいるのとは反対側の貴賓席から、忌々し気な舌打ちが聞こえてくる。


「……まったく、ランビリンス卿は強欲だな。爵位も領地も十分に与えられていながら、まだこんな闘技に出場する。地位も名誉も金も、まだまだ彼には不足らしい」


厭味ったらしく言った男は、手に持った券をピリピリと引き裂いていた。彼は、ランビリンス卿の対戦相手の勝利に賭けていたのだろう。……たまにいるのだ。一獲千金の大穴を狙い、大損する人間が。そして、こういった人間は、自分が招いた当然の結果に対する不満を、他人にぶつけて解消する。

エクレールは冷たい目で、その男を見つめた。


(残念ね。チェムの目当ては、地位でも名誉でも金でもないわ)


彼女は視線を闘技場へと戻す。勝利を得、なのに喜びを表すでもなく、静かに観客席を見回すランビリンス卿の姿を見る。

彼女の目に映る彼は、まるで何かを探しているかのようだった。



(彼が、戦い続けている理由はただ一つ。――――私に、見つけてもらいたいからよ)



エクレールは、心の中で、深いため息をついた。



チェムノター・ランビリンス侯爵、御年六十五歳にして、いまだ青年であるクォーターエルフの男は、今年十五歳のエクレール・ルシエルナガ伯爵令嬢の、……“養子”だった。


――――彼女の、前世において。


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[気になる点] 誤字報告ですすみません! 行われているのは、剣士と魔法使いが二人一組で戦う、典型的な【ディオ戦】。 ここは“デュオ戦”ではないでしょうか……!
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