ローファンタジー万能説
ローファンタジー:現実世界に近しい世界にファンタジー要素を取り入れた小説。
小説が書きあがったので、投稿することにした。
年齢制限は特になし。区分は短編小説、おすすめキーワードは……特に当てはまるものもないので、無しとしよう。
なんてことはない普通の光景であるが、ここで僕は深呼吸を一つした。
「次へ」ボタンを押下すると、ジャンルを選択する画面が現れた。
これが厄介である。自分の小説が一体どのジャンルに当てはまるのか、分からなくなる時があるからだ。
ファンタジー?ううむ、モンスターが出てくるわけでもない。
純文学?こんな駄文に文学性など期待できようもない。
ホラー?別に怖がらせるつもりもないし。
アクションってほど動きがあるわけでもないし、コメディーみたいなドタバタものでもないしなあ。
SFの様な論理立ったジャンルでもないし、かと言って、エッセイにあるような思想もない。
形容するならば、この小説はとても中途半端だ。どれにも属していないような、そんな感覚。
しかし、安直に「その他」とするのも考え物である。ジャンルというのは、小説を分類する重要な観点。他ユーザーもこれを基に小説を探すことになるからだ。
うがあと唸り、回転椅子の背もたれに寄りかかる。一体、どのジャンルを選べばよいのだ。
上を向いて、額に手を当てる。観念した時のポーズだ。そしてそのまま目を閉じる……
「ローファンタジーを選べばいいじゃん?」
後ろを振り向くと、体長三十センチ程の半裸のおっさんがこちらを見ている。
突っ込みどころの多い状況であるが、とりあえずおっさんと話してみようかと思った。
「あなたは一体?」
「私はローファンタジーの妖精だよ。是非ともローファーと呼んでくれたまえ」
だが、おっさんが履いているのはローファーではなく草履である。全然、ファンタジーではない。
「一体、何のためにここに来たのですか」
「ローファンタジーというジャンルの汎用性を世間に知らしめるためにさ」
・
「ローファンタジーの汎用性ですって?」
「うん、ローファンタジー。とりあえず困ったらそれ選んどけば、間違いないから」
「ローファンタジーと言っても……この小説はモンスターも出てこなければ、勇者もいないんですよ?」
ごくごく当たり前の指摘をしたつもりだが、おっさんに鼻で笑われた。
「君はローファンタジーを根本的に誤解しているようだなー」
「どういうことです?」
「ローファンタジーとは、別にモンスターや勇者を登場させる必要はないんだ。そういう異世界モノはハイファンタジーに属するものになるからね」
成程。従来のファンタジーっぽいものは「ハイ」ファンタジーとして扱われるのか。話を続けてみよう。
「でもファンタジーである必要はあるんでしょう?物理法則を無視したりとか、変な法則があるとか……」
「いやいや。そんな必要もまるでないよ。『想像している』世界の上での出来事なんだから、それは立派なファンタジーさ」
そんなものなのかな。僕の書いた小説の舞台は、まんま現代日本だったりするんだけど。
しかし、そう言われると、そんな気もしてくるな。
「分かったよ、変なおじさん。この小説のジャンルは『ローファンタジー』で決まりだね」
・・
「よし。ついでだから、執筆中の小説についても、ジャンルの方を決めていこうか」
ええ。別にいいんだけどな。もう決まってるも同然のものばかりだし……
そんな僕の思いをまったく無視して、おっさんが小さな手でマウスを動かす。
「えー、どれどれ。一作目……タイトルは呪いのマンション」
処女作を見知らぬおっさんに読まれるというのは、結構応えるな。
要約すれば「激安のマンションに引っ越した金欠主人公。そこはいわくつきと称されるマンションで、色んな異変が襲い掛かってくる」というありがちな作品なんだけど。
あまりにありがち過ぎてお蔵入りになったという、何とも恥ずかしい作品である。
まあ、言うまでもないがジャンルの方は……
「これはローファンタジーだね」
いやいや、おかしいって。どう見たって、「ジャンル:ホラー」でしょうが。
読者を怖がらせる気満々でしょうが。
「あの、これはどうみても、ホラーなんじゃないでしょうか……」
「ああそうだね。これはローファンタジーだね」
朗らかな笑顔で見当違いの言葉を発してくる半裸のおっさん。
おっさんの表情にぷよぷよと連動する三段腹が憎たらしい。
「いやだって、幽霊とか出てきますよ。これはホラーでなければ、おかしいでしょう」
「えっ、君って幽霊とか信じるんだー?」
黄ばんだ歯を見せて小馬鹿にする半裸のおっさん。
堪らなく腹が立つが、反論するしかない。
・・・
「いいですか。ホラーというのは、直訳すれば『恐怖』なんですよ。幽霊がいる、いないはともかくとして、この話の目的は読者を怖がらせるものなんです。よって、この話のジャンルは……」
「ああ、『ホラー寄りのローファンタジー』だね」
駄目だこのおっさん。
意地でもローファンタジーであることを諦めてくれない。
「じゃあ、聞かせてくださいよ。どうしておじさんは『呪いのマンション』のジャンルがローファンタジーだと思ったのですか」
「現代世界が舞台となっていて、幽霊がファンタジー要素になっているから」
「そりゃあ、ハロウィンみたいな幽霊ならそうかも知れませんが……ここに出てくる幽霊というのは、貞子みたいな人に害を与える怨霊なんですよ。ファンタジーなんてものじゃありませんよ」
「害を与える、与えないも関係ないねー。要するに『想像した』架空のキャラクターがいるんだろう?それは立派なファンタジーだよ」
「想像したキャラクターがいるだけでファンタジーって……」
「だから言ったろう?迷った時はローファンタジーにしとけば、問題ないって」
そんなの暴論じゃないか。
この理屈がまかり通ったら、ほぼすべての小説がファンタジーということになってしまう。
想像していないキャラクターが登場する小説なんて、一体何があるというのだ。
あった。
これなら小憎たらしいチビおっさんの鼻をへし折ってやれる。
「いいでしょう。ならば、これはどうですか」
そう言いながらクリックした先にあった小説。
題名は「死病にかかりましたが、今は元気です」。
親戚の身に降りかかった病との闘いを描いた、正真正銘のノンフィクション作品である。
・・・・
おっさんは本文をしばらく読んでいた。
その顔には余裕が無いように見えた。気持ち伏し目がちにも見える。
当然だろう。ノンフィクション作品では、ファンタジーも何もあったものではないのだから。
「良い話だなー」
全文を読み終えたおっさんの第一声はこれであった。
不覚なことに、少し嬉しくなってしまった。
調子に乗って、よせばいいのにジャンルを聞こうとしてしまう。
「どうですか。ジャンルはやっぱり「ヒューマンドラマ」ですかね」
「ローファンタジー」
え?
思わず、二度見してしまう。
「今、なんて言いましたか」
「ジャンルの事なら『ホームドラマ寄りのローファンタジー』だよ。ふああああ」
手を口元にやり、大あくびをする色黒のおっさん。
「なんでですか。『ファンタジー』のふの字もないでしょう!」
「だからさ。実在してようが、してまいが関係ないんだよ。この登場人物は、君が『想像した』ものだろう。そんでもって、現代世界が舞台になっている。ならば、結局変わらないんだよ」
「じゃあ、なんですか。あなたにとっては、闘病をした現実世界にいる人すらも「ファンタジー要素」だって言うんですか」
「君の主観……『想像』が入っている限りはね」
暴論ここに極まれり。僕は心からそう思った。
仮に闘病したのが僕自身で、記憶そのままに書き出したとしても、このおっさんの結論は変わらなかっただろう。
「主観」抜きで小説が書けるはずがない。どんな情報だろうと、文章に落とした時点で脚色が加わることは避けられないのだから。
そして脚色部分を『ファンタジー要素』と言い張るのであれば……全世界の小説はファンタジー小説となるであろう。
異世界ならハイファンタジーに。それ以外ならすべてローファンタジーに。小説のジャンルはわずか2つに集約されてしまうわけだ。
そもそも、ファンタジーの意味をはき違えているような気がしないでもないが……
・・・・・
「全部判別してもいいんだけど、あいにく時間も無いんだ。これで最後にさせてもらうよ」
無視した。
大人げないと言われればそこまでだが、論理のごり押しをされて、なんでもかんでもローファンタジーに結論付ける、この小人の方が余程大人げないのだから仕方がない。
そんな僕の気持ちなど知る由もなく、おっさんはユーザー画面を眺める。
どうしようもないな。
ノンドキュメント小説すら、ファンタジーにさせられてしまったのだ。
恋愛小説だろうが、推理小説だろうが、童話だろうが、色々曲解してローファンタジーの仲間入りだ。
それにしても、ローファンタジーとは一体何なのだろう。
現代世界に近しい世界を舞台にしたファンタジー小説と定義されているが、この「近しい」の受け取り方によって、随分と適用範囲が変わってくるのだ。
ジブリ作品で例えれば、となりのトトロは「ローファンタジー」なのだろう。ファンタジーの要素たる異世界の存在はいたりするが、キャラクターや場所はほぼ日本の田舎に準拠しているのだから。
天空の城ラピュタは若干、古代文明などが絡んでくるが、それでもピストルやバズーカ砲が登場しているわけだから、やはり近しい世界なのだろう。
風の谷のナウシカはどうか。奇抜な生物達。巨神兵。退廃的な雰囲気。これは、世界観そのものが異なっていると判断してもよいのだろうか。そうなれば、ハイファンタジーということになるが……そこは屁理屈のお上手なおっさんのこと。「人間が出ているのだから、ローファンタジーだ」なんて言い出すのだろうか……
妖精らしい、お気楽な思考回路だな。
ぼんやりとした目で前を見つめていると、おっさんが呻きだした。
どうしたのかと思って、モニター画面を見てみる。
「キミ……これは一体、何のために書いたんだね」
マウスポインタの先にある執筆中小説を見て、僕は力なくはにかんだ。
ああ、これならローファンタジーじゃないかもしれないな。
しっかし。なんだろうな。これ。
何のために書いたのかすらも分からないや。
『法華経を写してみたんだが、需要ある?』