表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/27

第9話:閑話:カネンの大商人

 大頭カネンはサガイ兵団と共に、遠征軍に合流していた。


「サガイのカネン。お前に兵站へいたんの部隊、任せる」


 カネンは蛮族軍の幹部から、兵站を運用する役職に任命された。

 兵站とは戦に必要な物資の補給や連絡など行う任務。これまで蛮族軍にはなかった部隊である。


「なるほど兵站ですか? ……まあ、大船に乗った気分で、このワシにお任せください!」


 カネンは快く承諾する。

 この蛮族軍で細かい礼節は不要。カネンは前と変わらない、調子のいい口調である。


「では、さっそく部隊の編成に行ってきますわ!」


 そう言い残しカネンは、幹部たちのいる家屋ゲルを後にする。



「兵站……初めて聞く単語でしたね、カネン様」


 家屋ゲルを出てから、一緒に付いてきた小姓リットンは首を傾げる。

 何故ならこの大陸で“兵站へいたん”という概念はない。戦の物資は随伴する荷馬車隊、または本国からの輸送を随時に利用している。


「そうやな、リットン。実はワシも初めて聞く」


 自信満々に承諾したカネンであったが、実は空返事からへんじだった。

 商人同士の駆け引きで、“知らぬ”は相手の付け入るスキを与えてしまう。それもありカネンは自信満々だったのだ。


「だが兵站部隊の概念は分かる」

「なるほど。さすがです、カネン様」


 蛮族軍の幹部の指示してきた兵站は、物資の輸送だけが任務ではなかった。

 戦における部隊の移動と支援を計画し、それを実施する特殊な任務である。こんな概念の兵法はカネンですら今まで聞いたことがない。


「だが大遠征には必要不可欠かもしれん」


 兵站部隊の内容を思いながら、カネンは感心する。

 今この蛮族軍は大陸制覇を掲げで大遠征を実施していた。


 始まりの地は彼らの縄張りがある東の大森林。そして東西に横長のこの大陸は、最終目的地である西まではかなりの距離がある。

 その横に伸びた補給線を持続するために、兵站という部隊は打ってつけであった。


(実に面白い戦の理論や。やはり、この蛮族軍の中に、かなりの知恵者がいるのか?)


 カネンは蛮族軍の幹部がいた、先ほどの陣幕内の面々を思い出す。

 屈強な蛮族兵をはじめ、統合した各諸侯の騎士たちもいた。


(いや、やはり、あの中に、この兵站の概念を生み出した知恵者はいない……)


 カネンは人を見抜く特殊な才を持っている。

 だが、どうしても蛮族軍の数々の戦略革命を発案した者。その正体だけは未だに見つからなかった。


(知恵者はん……まさにぜにの生る木や)


 カネンは慈善事業や名誉のために、この蛮族軍に合流した訳ではない。

 一番の目的は商人にとっての利益を生み出す、“金の生る木”を見つけるためである。

 

(情報と技術は銭……そして情報と技術は人や)


 カネンが注目しているのは。この蛮族軍の数々の改革を発案している者の存在。その者と交流を深めて親密になることである。

 その者の知恵がカネンの配下になり、産業の革命を起こす。その技術を独占した日には、カネンが大陸の経済を裏で操れる可能性があるのだ。


(知恵者はん……まあ、その内に分かるやろう)


 カネンは特に焦っていなかった。

 今のところは蛮族軍の中枢に潜り込めただけでも御の字。今後については大陸の情勢を見ながら、動いていけばいいのだ。



「あら、カネン殿。任命の儀は終わりましたの?」

「おお、これはミリア公女」


 そんな家屋ゲルの外にいたカネンに話しかけくる者がいた。同僚となったバルカン公国の公女ミリアである。


「それにしても自治を大事にする商国サガイのカネン殿が、蛮族軍に降るとは意外でしたわ」

「いてて……それを言い返されたら、かなわないですな、ミリア殿」


 先日カネンに言われた皮肉を、ミリアは丸ごと言い返す。にこりと微笑みながら。


「まあ、これはバルカン冗談ジョークよ。これからは同僚として、よろしく。カネン」

「こちらこそよろしくです、ミリアはん」


 親子ほどの年の差が二人にはあるが、この蛮族軍では細かい階級や礼節は不要である。

 二人は同じ“千人長せんにんちょう”という階位になり同格。言葉使いも以前とは違いフランクなものとなる。


「そういえばミリアはん。サガイに……このワシに蛮族軍の情報を流してきたのは、ミリアはんでしょう?」

「さて、何のことかしら?……と言っても、バレているみたいね」


 そう言いながらミリアはカネンの推測を肯定する。これから同僚になる仲間に隠し事は不要である。

 

「今思えば蛮族軍の情報は、不自然なほどバルカン経由で流れてきましたわー」

「一か八かの情報操作だったけ、上手くいったみたいね」


 商国サガイとの戦を前に、ミリアはあえて情報を流していた。

 蛮族軍の野戦の強さを誇張して、籠城戦に仕向ける。また謎の存在である蛮族王が、交渉の場と宴だけに現れることを。


「サガイの大頭カネンといえば、食通でも知られていたからね」


 そして強欲で好奇心が強いカネンが、本人自ら交渉にやって来るように仕向けた。

 宴には見たこともないような料理が出されると、ミリアは情報を流していたのだ。


「ちなみに、あの“猿滑さるすべりの木”もミリアはんが設置を?」

「まあね。そのお蔭で無益な戦は回避できたわ」


 “猿滑さるすべりの木”を伐採して、陣内に置いておいたのはミリアであった。蛮族の戦士たちの遊び道具として。

 その結果、蛮兵の凄さを目にしてカネンは降伏を選択したのだ。


「噂とは違いミリアはんは、策略家だったんですな?」

「寝る間を惜しんでひねり出した策よ。早く宴を開催したかったから……」

「こりゃ、ミリアはんに一本取られましたな」


 ミリアは必死で、サガイ攻略の策を編み出したと暴露する。戦いの前は三日三晩寝ずに部下たちと協議を重ねたと。


「そういえば次はフラン王国ね。あそこは小さい国だから、手間取ることはないと思うけど」


 蛮族軍が次に攻め込むのはフラン王国である。

 歴史はあるが何の特産もない小国。これまでのバルカン公国や商国サガイに比べたら、屈強な蛮族軍の相手ではない。


「ですが、ミリアはん。噂ではフラン王国は“死神しにがみ”を雇っているらしいです」

「何ですって⁉ あの“死神”を⁉」


 まさかの傭兵の名がカネンの口から出てきた。余裕を持っていたミリアは息を吐き出し、気を引き締める。


「死神の率いる“鮮血傭兵団”……まずいわね」


 “鮮血傭兵団”は大陸でも有名な傭兵集団である。

 特に“死神”と呼ばれる団長は、この大陸でも五本の指に入る剣豪と名高い。


「まあ、ミリアはん。それに関して、今回はワシに一計があります」


 カネンは自信満々に笑いながら、周囲に生えている“猿滑さるすべりの木”を見つめる。


「それは有り難いわ。さっさと片付けて、また交渉の場を設けないとね」


 ミリアも笑みを浮かべながら、口元に手を当てる。

数日前に食べた不思議で美味なる料理。お好み焼きとソースの味を思い出しながら。


「ところで、ミリアはん。あの黒髪の料理人シェフ……メシ番のサエキはんのことなんですが……」

「サエキなら、もう出かけていないわ」


 新参者であるカネンの問いに、ミリアは答える。

 あのサエキという青年は、いつも所在は不明。いつも一歩先の土地の食材を探しに出かけ、姿をくらましていると説明する。


「この私でも、まだプライベートのサエキには会えていないわ」

「なんやて⁉」


 カネンは思わずサガイ弁で叫ぶ。

 この大商人はどうしても料理人サエキと接触して、あの料理の秘密を解明したいのだ。


「どうりで……ワシの部下も無駄足だったですわ」


 実はカネンもお抱えの工作部隊を使い、極秘裏にサエキの素性を調査していた。

 だが一向に有益な情報は得らえなかった。プロの工作員でも、あの青年の尾行に失敗してしまうのだ。


「それにしても、カネン。この間の“おこのみやき”は美味しかったわね……」

「そうですな、ミリアはん。あの“おこのみやきソース”は絶品や……あれだけで銭は儲かります」

「ちなみに私の食べた“はんばーぐ”も最高だったわ」

「なんやて⁉ ……くっ、ミリアはんに嫉妬ですな!」


 あの黒髪の青年は蛮族王の専任の料理人シェフであるメシ番。つまり確実に次に会えるのは、次のフラン王国をくだす直前しかない。


「カネンには悪いけど、次の戦いもバルカン騎士団が手柄をもらうわ」

「ワシらサガイ兵団も負けてられへん!」


 この遠征軍の中で彼ら合流兵は競い合っていた。


『遠征軍への軍役の義務。戦の手柄に身分の差はない。平等に恩賞を与える』という軍規に従い。

 祖国に残してきた者のために戦っていた。つまり同僚でありながら、最大のライバルなのだ。


「次の料理は、何やろう……」

「そうね。楽しみね……」


 だが、その一つの想いだけは合致していた。


 こうして蛮族軍は新たなる味方を得て、次なる戦いへと突入していくのであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ