表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/27

第7話:大商人とサガイ風お好み焼き (中編)

 不思議な料理を作っていたのは黒髪の青年だった。

 この者はメシ番という蛮族軍の役職。他国との交渉後の晩餐の食事を任された料理人シェフである。


「なるほど、メシ番はん、ですか……ほう、これは奇妙な料理を作っていますな?」


 初っ端は動揺したカネンだが、すぐに平常心を取り戻す。

 声質を変えて黒髪の料理人に声をかける。

 

 相手に不快感を与えないように、距離を一気に縮める口調。だが会話の主導権を握るリズムである。

 これは商人独特の交渉テクニックの一つであった。


「これは鉄板料理ですか? ワシらの国サガイにも、鉄板料理は沢山あります。それも高級食材を堪能たんのうできる料理がね」


 カネンは青年をまくし立てるように言葉を続ける。

 何故なら国家間の交渉では、隙や弱みを見せた方が負けである。


 こうして相手国の用意している食事に、難癖をつけるのも常套手段の一つ。精神的に揺れ動いた料理人は、思わぬミスで自滅するのだ。


「それにしても奇妙な鉄板料理ですな? キッシュかピザの一種……いや、違いますな……」


 黒髪の青年が調理していたのは不思議な料理であった。

 ドロドロの液体と野菜と肉、それらお熱々の鉄板の上で焼いている。野菜も肉もサガイでもよく見る食材ばかり。


 だがカネンですら見たこともない奇妙な組み合わせである。カネンは言葉巧みに相手の料理を妨害しようとする。


「それに、その食材は……」

つばが料理に飛ぶ。少し黙っていろ」


 カネンの妨害に反応して、黒髪の青年が口を開く。料理の邪魔をするなと。


「なっ、ワシのことを誰だと、思って……」

「黙れ」

「なっ……」


 激高したカネンは思わず言葉を止める。言葉を続けようとしても声が出ないのだ。


(バ、バカな……このワシが……)


 心の中でカネンは驚愕する。

 何故なら自分の肝の太さは尋常ではない。

 

 曲者揃いの商人たちを跳ね除け、商国サガイの頂点までたどり着いた猛者。そんな自分が明らかに年下の青年の眼光に、恐怖して絶句してしまったのだ。


(こいつ……どんな修羅場を……)


 青年の鋭い視線がカネンを射抜いてくる。

 それは、まるで歴戦の猛者のような気をまとった眼光。サガイが雇う荒くれ傭兵団でも、これほどの鋭さは見たことがない。


「そうだ。静かにしていたら大丈夫だ」


 青年はそう言い放ち、再び口を貝のように閉じる。

 そして何もなかったかのように調理を続ける。先ほどのドロドロの液体と具材が鉄板の上に形を成していく。

 両手のヘラを自由自在に使い、次々とその円形状の料理を完成させていく。


「これは凄い……」

 

 青年の動きにカネンは思わず称賛の声を発する。少しなら声も出るようになってきた。


「ワシらのサガイでも見たことがない技や……」


 青年は見たことのない見事な調理の手際の良さであった。

 大陸中の料理人が集うサガイでも見たことがない料理と技。カネンはその動きに思わず見とれてしまう。


「ひっくり返すぞ。気をつけろ」


 その時である。青年は忠告を発する。

 それは鉄板を食い入るように見ていたカネンへの警告であった。


「なんやて? ……うわっ!?」

「カネン様、危ないです!」


 目の前で料理が飛び上がり、カネンは思わず腰を抜かす。

 黒髪の青年が料理を空中で半回転させたのだ。一歩間違えばカネンの顔に料理がぶつかっていただろう。


「キ、キサマ、もしや、カネン様の命を狙っての蛮行か⁉」


 突然のことに従者リットンは腰から短剣を抜き構える。

 蛮族軍の料理人シェフは調理に見せかけて、カネンの暗殺を画策していたのか?


 主を守ろうとするリットンは、多少の剣の心得はある。だがその手は震えていた。


「まて、リットン。これは調理法の一つらしいぞ……」

「えっ……カネン様……?」


 興奮した従者をカネンは制止する。

 何故なら黒髪の青年は、こちらに一瞥いちべつもしていなかった。先ほど同じようにひたすら調理に集中している。


「なるほど……そうか! 鉄板で両面を焼きながら、中身を蒸し焼きにしているのか!」


 凝視してカネンは思わず声を上げる。

 青年は円形の料理を半回転させることで両面焼きにしている。つまり表面をこんがりと焼きながら、同時に蒸し焼きにしたのだ。

 初めて見るその調理法にカネンは心から感心する。


「最後の仕上げだ」


 青年はそうつぶやきながら料理の仕上げに入る。褐色の液体を取り出し構える。


「ソースが跳ねるかもしれない。気をつけろ」

「そのソースは一体?……うおぉぉお⁉」


 青年がソースを料理の上に塗り始める。それと同時にカネンは声を上げる。


「カネン様! お怪我はないですか⁉」

「大丈夫や、リットン。それに分かったぞ! そのソースか! 先ほどの香ばしい匂いの正体は⁉」


 料理からこぼれたソースが鉄板と反応する。

 先ほどの何倍も香ばしい匂いが、カネンの鼻孔と胃袋を直に刺激する。熱々の鉄板の上でソースはグツグツ蒸発していたのだ。


「これは数種類の香辛料と野菜……それにスープと……」


 香りを嗅ぎながらカネンはソースの消褪を分析する。

 大商人であり美食家でもあるカネンは食にも通じていた。

 色と香りからその不思議なソースの正体を突き止めようとする。サガイの大商人を舐めたらいかんとばかりに。


(だが最後の一つが分からん……何だ、この決め手となる材料は……)


 だがカネンはソースの現在を分析できなかった。

 どうしても分からない材料と調味料があるのだ。数多の高級食材やソースを食べ尽してきたカネンでも、知らない香りである。


(これ食べたら分かるのか……いや、だが、ここで食べてしまったらワシの負けや……)


 商人にとって交渉の後の宴は戦いの場である。

 敵の出した料理を欲に負けて食べるなど、負けを認めると同義。食を制するものは大陸を制するのだ。


(だが……これを知らずに……食べずにいたら成仏もできないぞ……)


 カネンは無意識のうちに唾をゴクりと飲み込む。そういえば今日は朝から何も食べていない。


 ここまま料理に手を伸ばして、直接自分の口の中に放り込み食べたい。そんな原始的な食の欲求に襲われる。


「さあ、できたぞ」


 そんな食の欲望と化したカネンの夢が、現実のものとなる。

 完成した料理を乗せた皿が、青年から差し出されてきた。鉄板の最前列に並んでいたカネンへのご褒美である。


「カ、カネン様はお前たち、蛮族軍の飯など、食べない!」

「早く食え。熱い方が美味い」

「ひっ……」


 カネンを守るためにリットンは虚勢を張る。だが青年から差し出された料理の皿に腰を抜かす。


「リットンよ。ここは相手のお手並み拝見といきますか」

「は、はい……カネン様が、そうおっしゃるのなら……」


 カネンは辛うじて残る理性で平静を装う。

 大商人としてのプライドが自分を支えていた。この奇妙な料理の味を品評してやろうと提案する。


(これのデキたてを食べて、早くこのソースの味を!)


 だが内心ではカネンの欲求のダムは崩壊寸前だった。目の前の木皿の上の料理を凝視しかできない。


(早く! 早く!)


 口の中で洪水のような唾液だえきあふれていた。

 大頭の地位に就いてからカネンは飽食な食事の日々だった。そんな自分が久しく忘れていた大きな欲望。


“食欲”という人の巨大な欲求の、激しい津波にカネンは襲われていた。


「それはフォークだけで食べられる」

「そ、そうですか。なら、いただきますか……」


 カネンは青年の言葉に従って、フォークの側面をおそるおそる押し当てる。

 その言葉の通り、表面はほどよく焼け、中はふんわり柔らかい。


「なら、いくぞ、リットン」

「はい……カネン様……」


 二人は切り分けた料理を口に入れる。褐色のソースがたっぷり塗られた料理を一気に食す。


「むむむむ!?……こ、これは⁉」


 料理を一口食べたカネンは、またもや言葉を失う。

 いや口を開きたくても出来ない。ソースと料理が口の中で絡み合い、言葉を発することができないのだ。


(熱い!……だが、美味しいぞ! 美味いぞ……具材とソースが!)


 カネンは心の中で叫ぶ。料理の美味さに絶叫していた。

 鉄板で焼いていた料理には絶妙であった。食感と味わいが見事なハーモニーを奏でている。


(特別な食材を使っていた訳ではないのに、なんや、この美味さは⁉)


 先ほど見た感じでは野菜と肉しか入っていなかった。

 だが食べたカネンには分析不可能であった。生地にはしっかりと味が仕込んであり、野菜の甘みとマッチしている。


(このソースか⁉ このソースが美味さの原因か⁉)


 そして、あの褐色のソースだ。

 この濃い味が決め手となり、複雑でありながら一体感のある味が口の中で弾ける。

 もはやカネンは考えることを止めて、ひたすら皿の上の料理にかぶりつく。

 

「はふ……はふぅ……美味かった……実に美味かったぞぉお……」


 気がつくとカネンの手元から料理はあっとう間に無くなっていた。何とも言えない満足感にカネンは茫然自失ぼうぜんじしつとなる。


「次は豚肉をたっぷり使った、豚玉ぶたたまもあるぞ」


 青年はお替わりの料理を差し出してくる。その表面にはカリカリ焼かれた豚肉が乗っていた。

 もちろんあの褐色のソースをたっぷりかけて。


「なんやてぇぇ⁉」


 茫然自失となっていたところに、まさかの追撃。サガイ語を全開で絶叫してしまう。

 こうしてしてカネンの理性と記憶は吹き飛ぶのであった。



「……カネン……様……カネン様……」


 気がつくとカネンは立ち尽くしていた。

 従者リットンに揺さぶられて意識を取り戻す。

 

 その左手には何回もお替わりして空になった木皿が。そして調理した黒髪の青年も既にいない。


「ワシは一体……?」


 カネンは記憶の一部を喪失していた。

 青年の料理に一心不乱に食べすぎて、記憶障害を起こしていたのだ。


「では、食事の時間。ここで終わる」


 その時、蛮族の外交官が口を開く。

 商国サガイからの客を招いての食事の時間が終わりだと宣言する。


「なん……やて……!?」


 食事の宴が終わり、蛮族王は警護と共に立ち去っていく。

 つまりカネンは持ってきた高級食材と料理。蛮族たちを上回る秘策を出すタイミングをいっしたのだ。


「まさか……この料理が蛮族軍の……策だったのか……?」


 カネンは呆然としながら、その場でしばらく立ち尽くすのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ